大陸について3
書見台を前に座る私の後から、フレイは覆い被さるようにして勝手にページを捲る。
鼻腔をくすぐる石鹸のような、花のような香り。首筋に触れる髪の感触。そして、私の背中にあたるフレイの柔らかな胸の感触に、同性なのにドキドキする。
「……あ、あの、ちょっと、フレイさん。あんまりくっ付かれると読みにくいです。それに私、まだそこ読んでいません」
「いーのいーの。この辺は詰まらない情報しか載って無いから」
「でも……」
「良いわ。じゃあ、読んでみなさい」
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大陸の名称は便宜上「テラ・インコグニタ」と呼ぶ。
陸地の総面積・約一千万㎢
海岸線の長さ・約三万km
平均標高・約四百m
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「……フレイさん。さっぱり意味が分かりません」
「ね、面白くないでしょ? でも、安心なさいエフェメラ。こんな情報、何の役にも立たないわ」
そう言われながらも、私は続きを読んでみる。
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大陸は北半球に位置し、その形状はやや南北に伸びた楕円形である。
では大陸最北部から順に説明しよう。最北端は冬季には氷点下を下回る日が続き、年間を通して厳寒である。永久凍土がみられ、土地の起伏は少なく平坦な大地が広がる。
事実上、農作が不可であり、人間族が生活をするには適さない土地だが、一部の亜人族や寒冷な気候に適応した生物が少ないながらも生息している。
最北部から南下し、大陸北部に移動すると、マツやスギなどの針葉樹林が広がっている。そこはキツネ、クマ、ヘラジカ、オオカミなどの生息域である。稀に魔銀狼が見られるが、遭遇頻度の高さから考えると灰色熊が最も危険である。
夏季は気温が二十度以上まで上がり農業が可能であるが、主に遊牧、狩猟、漁業が盛ん。冬季の寒さ対策により、この地域での居住は十分可能である。
過酷な環境下で生産活動を維持するには、人間族は共同体を作らざるを得ない。その為、この地域の集落は大規模になりやすい。なお、大陸北部最大の都市は「山王都」である。
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「……大陸北部は厳しい土地なのですね」
「寒いし雪も積もるし生きていくには大変な地域よ。ヨーロッパ北部に似ているわ」
「……はい? よーろっぱ?」
「ん? 何でも無いよ。私は暑いの苦手だから寒いところがスキ。ねえ、雪合戦とかしたくない?」
「……雪が積もれば学院都市でも出来ますよ」
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大陸北北部から南東部にかけては険しい山脈が連なっているが、それ以外の大陸中西部から南西部は平坦な土地が広がっている。街道は正しく整備され、都市から都市、人々の交流が盛んである。
大陸中部は年間を通して温暖で過ごしやすく農業に適しているため、大陸で最も豊かで人口の多い地域である。
人間族による開拓が進んではいるが、手つかずの森林や草原も多く、多種多様な動植物や昆虫類を目にする事が出来る。危険な生物は各自治体が駆除しているが、野犬などの害獣の出没は後を絶たない。だが、最も気を付けたいのは人間族の盗賊団や追剥ぎであるのは皮肉としか言いようが無い。
この地域の主な都市は、大陸西部の海に面した商業都市「海王都」、そして大陸のほぼ中央の巨大な湖に浮かぶ学術研究都市「魔導学院都市」である。
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「……このページは、この辺りの土地柄について書かれていますね」
「そうね。大陸中部は日本に近い環境ね」
「……はい? にほ?」
「ん? 何でもないわ」
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大陸南部は未踏地が多く、正しく調査が及んでいない。南部全体には大型河川が多く、地形は起伏に富み、移動には困難を伴う。
「魔導学院都市」以南は、まず広大な森林が広がっている。主にエルフ族のテリトリーとなるため、迂闊な侵入は危険を伴う。だが、森林の浅い地域には「魔導学院都市」へ通じる街道が整備されているので移動は容易である。
森林地帯から見て南東部には、北東部から連なる山脈が続いており、ドワーフ族やノーム族が小規模な集落を作り生活をしている。この辺りは良質な鉱物資源が採れるため、彼ら亜人族は金属加工品を主な交易品として生産している。
森林地帯から南部は湿原地帯であり、荒野然とした地形が続いている。酸性を帯びた土壌であるため農耕には適していない。生活に適さない土地で、ほんの少数の亜人族が遊牧的な生活を営んでいる。また、危険な生物が徘徊する地域でもある。野牛を襲う猫科の大型獣、また、それすらも捕食する大型生物には十分な注意が必要である。特に「陸王」とも称される「大巨獣」との遭遇は死を意味するだろう。
大陸最南部は荒涼とした砂漠地帯である。かつては豊かな平原だったと伝えられているが、現在では強い南風からくる塩害で、この地帯の砂漠化は進む一方である。
無価値な地域とも言えるが、六英雄時代には多種族で構成された小規模ながらも平和な国があり、その遺跡からは貴重な埋蔵物が発掘されている。その為、この地を訪れる研究者や探検家、冒険者は後を絶たない。
この砂漠地帯に適応した生物は、少ない獲物を確実に捕えるためか猛毒を有する物が少なくない。サソリを始めとした小型の生物でさえ致命的な毒を持っているので、十分な対策が必要である。
「砂走り」とも呼ばれる巨大昆虫の「サンドバイター」や「巨大蠍」との遭遇は、砂地である足場の悪さもあり大変な危険を伴う。だが、もっとも危険な生物は、全長が二十mにも及ぶ「砂竜」だ。砂漠に生きる生物の頂点に立つ巨大ミミズは砂ごとあらゆる物を飲み込んでしまうだろう。
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「大陸南部はロマン溢れる地域ね」
「……え、フレイさんはそう思いますか?」
「だって、まだ誰も見た事がない物が沢山あるのよ。それってとってもステキじゃない?」
「……私にはユークロニア図書館で十分です」
「この地域は東南アジアに似てるわ。美味しそうな物もいっぱいありそう」
「……はい? とーなん?」
「さ、次のページは大陸三大都市についてね」
まだ読み込んでいないのに、フレイは、さっ、とページを捲ってしまった。
彼女は、私には分からない単語を沢山知っている。私もこの「時の止まった図書館」で無限にも等しい蔵書を読めば、私もフレイみたいになれるだろうか。