アリス イン ザ マイ ハウス
翌朝、いつも起床する時間にアリスは目を覚ました。自然と目は開いたものの、全身がだるく、中々起き上がる事が出来ない。ぼーっと、しばらくの間天井を眺めた。すると、コンコンとノック音が聞こえてきた。
「はーい。誰ですか?」
「おはようアリス。体調はどう?」
「ティファナ! 少し体がだるいけど、もう大丈夫! 今から家に帰る所なの」
アリスはベッドから飛び降りると、ティファナの元に駆け寄る。近くで見ると、その顔色があまり良くない事に気が付いた。
「どうしたの? 何だか、元気がなさそうだけど……」
ティファナは言いにくそうに目を伏せた。
「……実は、昨日の晩に……マリーヌが殺されたらしいの」
「え!?」
「村では今大騒ぎよ。学校帰りに襲われたらしくて、その……頭と首が切断された状態で見つかったらしいの」
「……」
「私、すごく怖くて……犯人はまだ見つかっていないし……」
ティファナの身体は恐怖からか、小刻みに震えている。
マリーヌは昨日、自分が子ネコに対して行った所業と全く同じ方法で殺されたのだ。
「……もしかして、バチが当たったのかしら」
「……」
「アリス?」
口元に手を当て俯き、アリスもまた震えていた。
「……あ、あたし、マリーヌの事がすごく嫌いだった……でも、こんなの、何だか少しも喜べないわ」
顔を上げ、複雑そうな表情でティファナを見つめる。アリスの瞳には涙が溜まっていた。
「アリス、私も同じ気持ちよ」
「早く犯人が捕まると良いのに」
「本当に。そうね」
「ティファナ? 良かったらこのココアを飲んで。母さんがさっき淹れてくれたの。あなた顔色があまり良くないわ。飲んだら、きっと落ち着くわよ」
「ありがとう、アリス」
ティファナは差し出された温かいココアをゆっくり嚥下していく。
「そういえば、今日学校は? もうすぐお昼じゃない? 行かなくていいの?」
「今日はあんな事件があったからお休み。これからは大人達が送迎するって事で明日から、始まるらしいの」
「そっか。あたし、もう家に帰るわ。帰りは医者が送ってくれるらしいけど……ティファナは誰かと一緒に来たの?」
「私は母さんと一緒に。だから、母さんと帰るわ」
「そう……じゃあ、また明日。気を付けて帰ってね」
「ええ、アリスも。また明日ね」
手を振り、病室を後にするティファナ。その背中を見送って、アリスは医者の所に向かった。
「医者、準備出来ましたよ。医者?」
アリスが呼びかけるも、医者は背を向けたままこちらを振り返ろうとはしない。がさがさと棚を漁っているようだった。その中には様々な薬瓶が陳列されている。
「医者? どうかしたんですか?」
アリスは隣に並び、自分より頭一つ分くらい高い医者を見上げた。
「ア、アリスか。いや、何でもない。」
何でもないと言いながらも、その顔には焦燥の気色が表れている。
「その、一つ聞きたいんだが、昨日、この部屋に誰か入っていくのを見なかったかい?」
「……見ませんでしたけど。何かあったんですか?」
「いや、何でもないよ。さあ、送ろうか」
アリスは差し出された手を躊躇いながらも繋いだ。医者の表情が少し気になったが、それ以上は追及しようとせずに談笑しながら無事に家に到着した。
家に着くと、机の上には昼食のオムライスが用意してあった。それをキレイに完食し、母親が帰ってくるまでの間、アリスは家中を掃除していた。居間、台所、風呂場と順番に隅から隅まで清掃していき、残すは母親の部屋と自分の部屋のみとなった。自分の部屋は後回しにして、はたきと雑巾、バケツを持って母親の部屋に入る。
順調に掃除していき、アリスの身長より何十センチか高いタンスの上の埃を拭こうとした時の事だ。アリスはある物を見つけた。椅子を台にして上がると、奥の方に四角い箱が置いてある事に気が付いた。高いタンスの一番奥に置いてあったそれは、何か台にでも乗らない限りは下からは見えない。実際、アリスも今までその存在に気付く事が出来なかった。
観察するように眺めていると、一つおかしな点に気が付いた。その箱周辺は埃まみれであるにも関わらず、何故か箱自体はキレイな状態のままなのだ。塵一つ付いていない。これは箱から毎日何かを取り出しているか、つい最近そこに置いたかのどちらかだろう。
アリスはゆっくりと箱に手を伸ばした。そして、中身を確認する為、蓋を開ける。
「……」
箱の中身は、小さな薬瓶だった。
「アリス、ただいま」
「おかえりなさい、母さん。あらっ、そのイヌどうしたの?」
仕事から帰ってきた母親をアリスはいつもと変わらぬ笑顔で出迎える。
「診療所の近くで倒れていたの。外傷はなさそうなんだけど、軽く叩いてみても反応がないから心配で……届けようと思ったんだけど首輪もしていないから、何処の家のイヌなのか、野良犬かどうかも分からないのよ。まあ、本当は医者に見せるつもりだったんだけど、ノックしても出てこないから留守らしいし。だから家に連れて帰って来たの」
「……そうだったんだ。あたし明日、学校帰りに医者の所に連れて行ってみるわ。もしかしたら、医者も帰ってきてるかもしれないし」
アリスは母親の抱えている小柄なイヌを見て、頭を乱暴に撫でる。反応は無いが呼吸はしているので一応、生きてはいるのだろう。
「こら! そんな乱暴に触っちゃダメよ!」
「あっ、ごめんなさい。本当に起きないのかと思って」
アリスはすぐに手を離し、イヌの様子を窺う。ピクリとも反応せず、目は閉じられたままでイヌが起きる気配は全く感じられなかった。
「ところで、アリス。体調はもう大丈夫? ココアは飲んだ? 昼食のオムライスはおいしかった?」
「ええ。どっちもすっごくおいしかった。やっぱり母さんのご飯は最高ね」
ココアに関しては飲んでいないのだが、また母親を心配させたくないのか、アリスは嘘を吐いた。満面の笑みを浮かべるアリスを見て母親もホッと安心した表情を見せる。
「そう、それは良かったわ。じゃあ、夕飯にしましょうか」
「はーい」
アリスは明るく返事をした。