プロローグ
その部屋には二人の人物が居た。
一人は足を怪我しており、酷く怯えている。
もう一人は手に何かを持ち、その人物を無表情で見下ろしている。何の感情も灯さない無機質のような瞳で一歩ずつ近づいてくる。
一人は足を引きずりながら必死で後ずさった。
「お、お願い! やめて! こ、殺さ、ないで!」
心の何処かで無駄だと分かっていても、見上げながら懸命に命乞いをしていた。恐くて目を逸らす事も出来ずに、それでも口と、手足は震えながらも必死で動かした。けれど、そんな抵抗は無駄だとばかりに相手は一歩ずつ、確実に距離を縮めてくる。自分の脚から滴り落ちる血を踏み付け、じりじりと追いつめてくる。その冷たい瞳を見れば、否応なしに悟ってしまう。
〝自分は此処で殺される〟
背中に小さな衝撃が当たる。振り返った。どうやら壁にぶつかったようだ。恐慌しながら、前を向く。居ない。
「ひッ!?」
相手は真横に居た。自分と同じ目線までしゃがみ込み、膝を抱えるように座り込んでいる。反射的に身体がのけ反った。が、
「いッ、つッ!」
腕を掴まれ、引き戻される。爪が皮膚に食い込む程の力。痛みから、さらに涙が溢れてくる。
――自分は一体今、どんな顔をしているだろうか?
きっと、顔全体の毛穴という毛穴から汗が吹き出し、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだろう。その醜い顔に彼女は美しく微笑んだ。
「た、助けて」
言葉になっていたかどうかは分からない。もう、掠れてしわがれた声しか出なかった。
口と口がくっつきそうになるくらいに距離を詰められ、視界一面が彼女の顔で占拠される。目が笑っていない氷の微笑。彼女はゆっくりと、大きく口を開いた。
「だーめ」
痛烈な痛みと共に、自分の視界が赤く染まった。
彼女の顔面に赤い飛沫が降り注ぐ。それを拭おうともせずに、もう息絶えている人物に向かって何度も何度も斧を振り下ろした。
「キャハハハハハハハハハハhhhhhhhhhhhh」
言葉になっていない狂った彼女の高笑いが部屋に響く。全身が真っ赤に染めあがる頃、ようやく斧を床に放り投げた。
「あんたが裏切ったりするからいけないのよ。この子を傷つける奴はどんな奴だろうと許さない!」
今、この部屋には一人しか居ない。
勢いよくドアが開いた。
「うッ……アリスを、アリスを返して!」
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後書きを使って、随時、解説していきます。
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すいません。連載のサブタイトルを間違えました。特に記載する必要のなかった項目なので、そのままにさせて下さい。