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今宵、白雪の片隅で  作者: 香澄かざな
第二話 暁に魚が奏でる唄は
4/14

その一。雨の日に思うことは

前回の『猫と魚の雨宿り』から微妙に続くような続かないような。

(「さかな、さかな、さかな~」)

 床に白墨チョークで模様を描いて。

(「魚を食べると~」)

 波を模した図柄。これがまた難しいんだ。描き方ももちろん順番だって一つ間違えれば大惨事になるし。子どものころ何度練習させられたことか。おかげで今はそらで描けるようになったけど。

(「あたま、あたま、あたま~。あたまーがー)」

「何? その歌」

 描いていた手を止めて声のする方へ視線をうつす。

(「人間の子ども達が歌っていた。はやりの曲らしいぞ」)

 教えてくれたのは外見だけなら白ずくめの可憐な少女――シリヤだった。本当なのか部屋にいる唯一の人間に訊いてみると、詳しくはわかりませんが多分そうなのでしょうとのことだった。変な歌もあるもんだなぁ。というよりも魚を食べること前提の歌なんかつくらないでほしい。

「それで、頭が……何?」

 続きを促すと彼女はさも面白そうにこう言った。

(「頭、頭、あーたーま。頭がはげーるーぅ」)

「何? その歌」

 もう一度同じ言葉を繰り返すとこれまた似たようなことを返された。

(「禿げるらしいぞ。『魚を食べれば頭が禿げる』というのは本当か?」)

「ハゲません」

 訂正しつつ本当にそうなのかとこれまた人間の友人に訊いてみると詳しくはわかりませんが多分そうなのでしょうとの返答があった。

(「我でなく、れっきとした人間がそう言ってるのだ。間違いあるまい」)

 まるで鬼の首でもとったかのような表情。惜しいなぁ。黙ってさえいれば物語にでも出てきそうな可憐な少女で通用するのに。ヒトは見かけによらないのいい例だ。ああ、彼女の場合は『精霊は見かけによらない』になるのか。

 それにしても人間の習慣には時々わけのわからないことがある。自然の摂理だろうから同胞を食べるなとは言わないけど、せめてもっと有意義なことで捕食してもらいたい。そもそも禿げるために魚を食べるってどんな理屈なんだか。

(「先を続けなくていいのか?」)

 もっともな指摘をされ再び作業に戻る。描きかけていた模様の中央に家紋を入れて、ついでに母国語の筆記も添えて。

「ところでさっきから何をやっているんです」

 背後から部屋にいるただ一人の人間、フォルトゥナートが声をかける。

「んー。実験?」

 使い終わった白墨を背負っていた水色の袋にもどして。準備はととのった。あとは効果があるか実証するのみ。

「なんなんですか」

 戸惑い気味の友人を引き連れ図形の中央に移動する。指を口元に運び、指笛を鳴らせば図形が――陣が光を放って、やがて消える。軽いめまいにも似た感覚が体をおそい思わず目を閉じてしまう。でもそれはほんの数秒のこと。目を開けてあたりを見回せば、広がるのは大きくてシンプルな形の調理台と洗いあげられた巨大な鍋、食材を料理するときに使われたであろう包丁をはじめとした調理器具の数々。さらに視線を上に向ければ、そこにはシリヤやヤーヤが潜んでいるであろう屋根裏部屋への入り口がひっそりと顔をのぞかせている。間違いようもない。ここはブランネージュ城の――

「厨房?」

「つぎはこっち」

 戸惑いを増した友人をよそに今度は軽く指をならす。再び軽いめまいが体を襲った後、

(「戻ってきたか。思ったよりも早かったのだな」)

 目前では帰結の精霊がのんびりお茶をしていた。ちなみに彼女は精霊であり実体はないので本当に飲むことはできないけれど彼女曰く香りや雰囲気を楽しめればそれでいいらしい。追加すれば彼女が飲もうとしているお茶はフォルトゥナートが自分で飲もうと準備していたものだけどね。

「説明してください」

 もっとも彼は現状についていけずお茶を飲むどころではなかったらしい。かいつまんで話をすれば、城中を歩いているとこれまた城を散策していたシリヤと遭遇。聞けばふだん一緒にいる猫娘のヤーヤは屋根裏で眠っていて起こすのもしのびなかったとのこと。お互い暇だしせっかくだからもう一人の友人の元へ遊びに行こうとシリヤの案内でここへ来た。私はあなた方ほど暇ではないんですがというつぶやきは聞こえなかったことにする。

 せっかくだから今後も城内で迷わないようにしようとフォルトの部屋に細工をして。まずはお試しにと友人の部屋から厨房までの実験をした。屋根裏ではなく厨房にしたのは女性側を配慮してのことだ。もっとも試作段階だからまだまだ改良の余地はありそうだけど。

 一通りの説明が終わると友人は真顔で一言。

「人の部屋に勝手に変なものをつくらないでください」

 目が笑ってなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 魔法使いが魔法を使うようにオレ自身も魔法を使うことはできる。でも強大な魔法を使うには相応の魔力が必要になるし、できあがった魔法をイメージしたり維持するための手段が必要になってくる。本性ならいざ知らず、今のオレは人間の姿を模倣もほうしているからこの風貌で魔法を使う際は一般的な人間の魔法使いと同様に声と言葉を用いた手段、詠唱えいしょうを使うことが多い。あと当然のことながら方法を理解してなければどれだけ魔力があっても未完成に終わってしまう。

 遠い場所を手軽に行き来する魔法。方法は知ってるしこれまでにも何度か試したことはあるけれど詠唱に時間がかかるからあまり使ってなかった。だったら別の手段を用いようと図形や文字を使った術――『転移陣てんいじん』ができあがった。もっとも図形や文字は海の世界に通ずる古来からの言葉――海言葉うみことばだから解読するのは難しいかもしれないけど。人間からしてみれば、ただの変わった落書きにしか見えないんじゃないかな。

(「そう言うな。いざという時はお前が使えばいいではないか」)

 お茶を堪能しおえたシリヤが口を開く。あと陣を描いただけでは術の発動はしない。陣の上に乗って何かしらの決められた行動を起こさなければ発動しないわけだ。今回は指笛や音に関するものだったけど、これもアレンジは自由だし好きに使ってくれてかまわないからと説得して床に描かれた紋様は消されずにすむこととなった。

(「考えてもみるがいい。『城内を徘徊する謎の男』という噂がはびこっているのだろう? これがあればリザも人間にとがめられることなく我やお前の元にたどりつくことができる。むやみに城の七不思議を増やすこともあるまい」)

「それはそうですが」

(「なら主君が窮地に陥ったときのことを考えるといい。我なら簡単に抜け出せるが人間はそうもいくまい。対応策は大いにこしたことはないだろう? ひいては主君のためになる」)

「以前もどこかの誰かが似たようなことを言ってませんでしたか?」

(「ああ。横にいるこいつの受け売りだ」)

 オレを指しながらこの台詞。どうでもいいけどシリヤ、フォローと思わせておいてずいぶんな物言いだね。

 それにしてもと前置きしてフォルトゥナートが息をつく。

「いつまでここにいるんですか」

「雨がやむまで」

 そう言うと椅子に体をあずける。豪雨と呼んでいいんだろう。夜中から降り始めた雨はなかなかやむそぶりを見せない。ちなみに今は夜明け前。常人なら夢の中かもしれないが、彼ならきっと起きて読書でもしているだろうとふんだオレの勘は正しかった。

「私としては早急にあなた方にお帰り願いたいのですが」

 だって雨宿りをする場所といったらここしかないじゃないか。海竜亭でもよかったけどなんとなく気分がのらなかったし。

(「そう急くな。たまには雨をめでるのも面白いだろう」)

「そういうわけにもいきません。あなた方に自室を占拠されてはたまりませんから」

 真面目な顔でこの発言。前々から思っていたけど彼にとってのオレは害虫か何かの類なんだろうか。

「大丈夫だよ。日が昇るころにはやんでるから」

「どうしてわかるんです?」

(「こいつはこう見えて我よりも長生きしてるからな。それくらいのことは造作もない」)

「精霊のあなた(シリヤ)よりも?」

「……なんでそこで驚くかなぁ」

 どうもオレは、この姿だと並の人間よりも軽く見られてしまうらしい。シリヤにいたっては子ども扱いされることもある。まったくもって心外だ。

「それもあなたの能力なんですか?」

「ただの勘」

 強いて言えば長年の経験からなんだけど。そう言うと本当にやむかどうかも怪しいところですねとため息まじりで返された。オレってそんなに信用ない?

 雨はお茶を飲んでいる間もずっと続いていた。せっかくだからと水色の袋から取りだしたチョコレートケーキを皿に並べて、それを食べ終える間も続いていた。ついでに『朝食も食べてないのに洋菓子なんか食べれるわけがないでしょう』とも言われた。友人はなかなか融通がきかない。ケーキ美味しいのに。これさえあれば酒が何杯でもいけるのに。

(「そうだ。この前のあれを聴かせてやれ」)

 シリヤが妙案だとばかりに顔を輝かせる。この前のって、あれのこと? 

(「部屋を借りているのはお前だろう。少しは友人の退屈しのぎにつきあってやれ」)

 僕は退屈していませんし友人の部類にしてほしくないんですがという声は黙止された。でもこんな時間にやって大丈夫なのかと問いかけると、部屋の周囲には人がほとんどいないんだそうだ。まあ勝手に転移陣を創ったのは悪かったしここはシリヤの提案にのるべきなんだろう。

「じゃあ一曲だけ」

 袋の中から取りだしたのは銀色の横笛。古ぼけているから心配だったけど唇に寄せて息を吹き込むとピイィと甲高い音が部屋に響いた。うん。悪くはないみたいだ。

 続けて吹いたのは一つの旋律。


 それは。歌うように。

 それは。物語を紡ぐように。


 ――ずいぶん上手になったのね。もう少しで完成じゃない――


 高く低く。笛の音が夜明けの空に響き渡る。

 演奏が終わるとシリヤは聞き入るように瞳を閉じ、もう一人の友人は惚けたような顔をしていた。

「フォルトゥナート?」

 名前を呼ぶと彼ははっとしたようにまぶたをしばたかせる。

「あなたにそんな特技があるとは思いませんでした」

 紫の瞳を丸くさせて、ひどく驚いた顔をしている。そんなに意外なことをしてるつもりはないけれど。

(「こやつの一族は歌や踊りをひどく好むからな。腐っても海精ワダツミとはよく言ったものだ」)

 ああ、どうりで無駄に膨大な魔力が感じられたんですねと納得された。『腐っても』って心外もいいところだ。付け加えるなら酒も大好きですけどね。海の一族は総じて祭り好きなんだ。

「笛は誰から教わったんです?」

「これをくれたヒトから直接ね」

 笛を握りしめてつぶやく。懐かしいな。もうどれくらい前になるんだろう。

(「曰く付きのようだな。ものはついでだ。それにまつわる話でも聞かせてもらおうか」)

「オレが話すの?」

(「思い出話の一つや二つあるだろう。無駄に長く生きてるわけではあるまい」)

 なんでそんな流れになるのかはわからないけど聞く気満々らしい。そして『腐っても』だの『無駄に』だの友人たちのオレに対する評価はとことん厳しい。

 でもシリヤは聞きたくてももう片方の友人はオレの話になんか興味ないだろうと視線をうつすと。

「……気になるの?」

「少し」

 シリヤはもちろん、なぜかフォルトゥナートまで椅子に座っていた。珍しい。彼が興味を持つこともあるんだ。

「長い話になるよ?」

「かまいません」

(「かまわぬ。早く話さぬか」)

 どうやら話さなければ帰してくれないらしい。

 まあ。いいか。


 ――はやくこえをきかせてね。わたしのかわいいおさかなさん――



 ずいぶん前のことだ。もう誰かに告げてもいい頃なんだろう。

「知ってると思うけど。オレは海精ワダツミなんだ」




 それは遠い昔。魚がヒトになる前の物語。

フォルトゥナートくんはタチバナナツメさんから、シリヤ姐さんはstera さんからお借りしました。

これから先、にーさんの過去話になります。たぶん。

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