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今宵、白雪の片隅で  作者: 香澄かざな
第一話 今宵、白雪の片隅で
2/14

後編

白雪を模したお城の厨房で、フォルトゥナートが目にしたものとは。多人数参加型西洋ファンタジー世界創作企画『ティル・ナ・ノーグの唄』投稿作品、後編です。

 女性と呼ぶのには少々語弊があるのかもしれない。

 ピーコックブルーの瞳に腰まで届く長い黒髪。それだけを見ればただの人間で通用しそうなものだが、異なっていたのは身体を覆う灰色の毛並みだった。ところどころに縞模様の入ったそれは人と呼ぶよりも獣、とりわけ猫と呼ぶにふさわしい。もっとも女性や目前のリザですらも、魔眼の力と引き替えに視力を失ったフォルトゥナートにとっては外見など全く意味をなさないのだが。

「シリヤはどうしたの?」

 なぜか強ばった声でリザが問いかける。どうやら目の前の女性はシリヤと呼ばれる者とは違うらしい。

「まだ眠ってますわ。こんな夜更けに出歩く方がおかしいでしょう?」

 真夜中にレディを起こそうとするなんて礼儀がなってないんじゃなくて? 続けて言われ、その彼女に呼び出されてきたんだけどと応じるリザ。心なしか声が弱々しく感じられる。

「君こそこんなところで何してるのさ」

「ここは私の家ですもの。いて都合の悪いことでもおあり?」

 二人の会話を聞きながら、なぜ自分がここにいるのかをフォルトゥナートはぼんやりと考える。時刻は真夜中。彼の捜し人ではなかったものの、話の流れから察するに当人が現れるのも時間の問題だろう。賊(別のものはいるが)がいないとわかった以上、早急に自室にもどり休息をとるべきだ。

 だが意志とは裏腹に体がいうことを聞いてくれない。なぜならリザに体の動きを遮られていたからだ。詳しく言えば、背後からしがみつかれて身動きがとれなくなってしまったのだが。

「君、さっきから妙にとげとげしくない? オレ、何かしたかな。今日が初対面だと思うけど」

「ええ。初めてですわ。でもなぜかしら。あなたを見ているとちょっかいをだしたくなりますの。食指が動くと言うべきかしら。目の前に大きなお魚をぶら下げられたみたい」

「……言っとくけどオレは食べても旨くないから」

 二人の会話の長さに比例してフォルトゥナートの肩と腕に込められた力が強くなっていく。というよりも痛い。これはもしかしなくても。

「怯えてる?」

「そ、そんなわけないじゃないか」

 問いかけに覆い被さるような早さで、かつうわずった声で言われれば信憑性に欠けることこのうえない。

「全然怖くなんかないよ? こう見えてオレってすっごい長生きしてるんだから」

「じゃあなんで僕の後ろに隠れるの」

 なぜか本来の口調にもどり――ばかばかしさにいい加減、敬語を使うのが億劫になってきたからだが――問いかけるも、男の手は離れることはない。それどころか不毛な会話が続いていく。

「オレを甘くみないほうがいい。もし変な動きでもしたら、ここにいるフォルトゥナートがただじゃおかないよ!」

「変な動きをしてるのはあなたではなくて?」

 フォルトゥナートは目が見えない。見えないが十数年もたてばある程度のことは把握できるようになる。よって、今、自分の背後にいる男の状態もまるわかりだ。現在の彼を表現するならば、得体のしれない動物に怖がっている子ども以外のなにものでもない。そして大の男が男の陰に隠れて猫を威嚇する様はなかなかにシュールだ。

 冷たい視線に気づいたのだろう。ごくりとつばを飲んだ後、意を決したように藍色の髪の男は口を開いた。

「知ってるかい、フォルト。あいつ(猫)は魚を食うんだ」

「猫が魚を食べるのは当然の行動では? そしてさらりと人を愛称づけで呼ばないでください」

 そして、口から出てきた言葉は堅い声色とは裏腹に、非常に仕様もないものだった。

「いいじゃないか。減るもんじゃないし。それよりも見てよ。あの恐ろしそうな爪。何を考えているかわからない闇色の瞳。まさに化け物以外の何者でもない」

 正しくは彼女は本物の猫ではない。猫の姿になる一歩もしくは二歩手前といったところか。足は獣のそれではあるが両腕、とりわけ手指は人間のものであるし耳に届く声は明らかに人間なのだが、やはり視力を失ったフォルトゥナートにとっては意味をなさない。それでもリザにとっては彼女は猫という扱いになるらしい。

「さっきからずいぶん言いたい放題ですのね。お望みなら本当に体をかじってさしあげようかしら」

「ほら。あんなひどいこと言ってる」

 中身のない会話が延々と繰り返されていく中、フォルトゥナートは持っていた錫杖しゃくじょうを強く握り直した。この杖、見た目とは裏腹に特別な加工がほどこされてあるため実際はとても軽い。精霊と心を通わせたり魔眼の力を使う際に大きな手助けとなってくれる。つまりは貴重なマジックアイテムなのだ。

 貴重な代物ではあるのだが。

「てい」

 フォルトゥナートが杖を軽く振り下ろすと藍色の髪の男はぱったりと床に倒れた。

「うわ。今わざとぶつけなかった?」

「気のせいです」

 頭をさすりながら立ち上がった男にフォルトゥナートはそう、うそぶく。いい加減事態に辟易していたからなのだが口にするのも馬鹿馬鹿しい。

「それよりも早く捜し人を見つけてください」

 当初の目的を指摘すると、だから捜してるけど見つからないんだと半泣きの顔をされた。これでは事態の収集がつかない。というよりも腹立たしい。いっそのこともう一度杖を振りかざしてみようかと思案していると。

(「そのくらいにしてやれ。ヤーヤ」)

 声とともに現れたのは、ようやくリザが探し求めていた人物――精霊だった。

「あらシリヤ。眠っていたのではなくて?」

 腰まで届く長い白髪に薔薇色の瞳。髪と同じく白い肌と同じ色の装い、華奢な外見からは一件すると深窓の令嬢のようにも見える。

(「あまりにうるさくて目が覚めてしまった」)

 だが口から出たものは容姿とは百八十度違ったものだった。

(「新顔か。それに珍しい組み合わせだな」)

「そっか初対面になるのかな。彼はフォルトゥナート・バルタザール。この城の領主の側近でオレの友達さ」

「勝手に人を友達よばわりしないでください」

 異論を唱えるフォルトゥナートをよそに、精霊はふむとうなずいて言葉を発した。

(「我はシリヤ。帰結の精霊だ。隣にいるのはヤーヤ。人間――とは異なるだろうな。屋根裏に住み着いた人語を解する猫だと思ってくれ。もっともそなたが我の言葉を解せなければ意味はないが」)

「……わかりますよ。それくらいは」

 ため息とともにフォルトゥナートは言葉を交わす。幼い頃から博学で本を読むことが大好きだった彼。城に滞在し、さらに膨大な知識を手に入れたことで精霊の言葉の仕組みを理解できるように、ひいては精霊との対話も可能となった。

「あなた達がうわさ話の元凶だったんですね」

 なったのだが、まさかこのような場面で言葉を交わすことになるとは思ってもみなかった。ましてやいとも簡単に、三人の者に不法侵入されるとは。この城は人間の外敵が侵入しないように造られてはいるが、それ以外の者に対しては対策がなされていなかったらしい。

「シリヤが大声を出すから気づかれてしまうのよ」

(「我は精霊だ。普通の人間に我の声が聞こえるはずがなかろう。それよりお前が部屋を掃除してないからこういうことになる!」)

 うわさ話について解説すると、二人は口論をはじめた。

(「これでも日頃から手入れはしている。大目にみてくれ」)

「だってさ。オレからも頼むよ」

 もっとも不法侵入者、しかも人間ではない者が三体に増えただけだが。

(「忘却の呪いに囚われた者と、自らすすんで呪いを受けた者か。これも何かの縁なのかもしれないな」)

 シリヤの漏らした声にフォルトゥナートは首をかしげる。

「呪いとは一体……?」

 リザが膨大な魔力を身に秘めているということはわかる。人間ではないと確信をもって断言もできる。だが呪いの話は一度も聞いたことがなかった。しかも会話の内容から察するに、自称友人と隣にいる猫娘は同じ類の呪いを受けたということになる。

(「それで。頼んでいたものは手に入ったのか?」)

「入ったからこうして来たんだよ」

 やっと当初の目的を果たさんとリザが手にしたのは水色の大きな袋。そこから取り出されたのは袋と同じ色をした一本の瓶だった。気泡が浮かび、瓶の底には薄桃色の花が浮かんでいる。

「ちゃんとしたさかずきはなかったからこれを使って」

 ごそごそと取り出したのは透明なグラス。ご丁寧に四人分そろえてある。

「もしかして、このためにやってきたんですか」

 夜中に人を厨房まで案内させて、やりたかったことは酒飲みなのか。あきれてものも言えないとはこのことだ。

「これはオレの生家で実際に使われてる酒さ。互いに杯を酌み交わすことで親交を深め、ひいては兄弟分の関係を築くことができる」

(「固めのかためのさかずきと呼ぶそうだ。リザの故郷での古くからの習わしらしい」)

「でもシリヤ、あなたはお酒が飲めないのではなくて?」

(「気分だけでもまた一興。話を聞いているうちに真似事をしてみたくなってな。我がままを聞いてもらったというわけだ」)

 ヤーヤの疑問に帰結の精霊はグラスをかたむける仕草を見せる。親睦を深めるのは結構なことだがよそでやってほしい。

 そんな彼の胸中を見透かしたかのようにリザが声をあげる。

「そう肩肘はることもないんじゃない? ものは考えようって言うだろ。賊はいなかったんだから城の警備は万全ってことでいいじゃないか」

 そういう問題ではない。相手が目の前の三人だったからよかったものの、本当に賊であれば主君の命が危ないのだ。

「じゃあさ。主君を守るための誓いの杯にするのは? こう見えてシリヤもオレもそれなりの能力チカラを持ってる。護衛役にはうってつけだと思うよ。もしかしたらそちらの彼女もだけど」

 自分のグラスを片手にヤーヤを見つめるリザ。見つめられた女性はお酒の入ったグラスを興味深そうにのぞいている。 

(「その点については我も保証する。我らの滞在を許可してくれるのなら、城の安全は保証しよう」)

「だってさ。ああ、もちろんオレもその中に入るよ? 家の家訓で『受けた恩は二倍にして返せ』って教えがあるから」

 もっとも売られた喧嘩は千倍にして返せって教えもあるけど。とそら恐ろしい発言とともにグラスを渡される。どうやら厨房にいる四人全員で酒を酌み交わすということらしい。

「だとしても僕までお酒を飲むことはないでしょう。僕と親交を深めて何の得があるんです」

「嬉しかったから」

 楽しげだった男の声が急にまじめなものに代わり、フォルトゥナートは言葉に詰まった。

「みんながオレを忘れていく。でも君や君の主君はオレを助けてくれたし、何より覚えていてくれた」

 くどいようだがフォルトゥナートは視力を失っているためリザの姿を把握することができない。

「本当に。嬉しかったんだ」

 できないが。だからこそ、目の前の男の言葉が本物だということが理解できた。

「君はさ。ずっとここにいるつもりなのかい?」

「当然でしょう。主君を守るのが私の役目ですから」

 正確には主君であり友人であるのだが。彼の手助けとなるために自らすすんでリアンと契約したのだ。主君のもとを離れる側近がどこにいるものか。

「故郷にもどれとは言えないけど、色々と見聞は広めておくといいよ。

 胸には常に新しい風を。ここで一生を終わらせるつもりはないだろ」

 そのようなことは考えたこともなかった。視力を失ったとはいえ自分が望んだことであるし側には尊敬する主君や友人たちがいるのだ。だが、彼の発言に興味を惹かれたのも事実だった。

「どちらにしてもさ、視野は広めておくべきだと思うよ。ひいては主君のためになる」

 たとえばオレみたいなさ。片目をつぶられて再度言葉につまる。口車に乗せられているような気がするが、リザが口にしたのはまごうことなき正論だ。ここで魔力を浪費するよりも、不本意ではあるが協力したほうが得策だ。

「……あなた方を私の客人と見なします」

 これでいいでしょう? とばかりにフォルトゥナートが声をあげると残された面々は笑みを浮かべた。

「これで正式に住処が決まりましたのね」

(「うむ。我も安心してここを拠点として動き回ることができる」)

「ただし。一度でも問題を起こせば強制的に排除しますから」

 念をおすように視線をめぐらせるとリザは表情を再び明るいものに変えた。

「わかってるよ。心配性だなぁ」

 わかっていないからこうして牽制しているのではないか。そう告げても無駄なことはわかっていたので周囲にならってグラスをかたむける。まったく奇妙なものたちと関わりあいになってしまった。だが彼らの言葉を借りるなら、これも何かの縁ということになるらしい。審議のほどはわからないが、ここは彼らの案にのるとしよう。

『乾杯』

 真夜中の厨房の一角で。複数の声とグラスを合わせる音が響いた。



 後日。夜中に物音がする厨房の怪談は陰を潜め、代わりに『城内を徘徊する謎の男』という怪談話が持ち上がったのはまた別の話。

ヤーヤちゃんは猫乃鈴さん、シリヤ姐さんはsteraさん・夕霧ありあさんからお借りしました。

ちなみに『ちょっかい』とは1.猫が一方の前足で物をかきよせる動作をすること。2.脇わきからよけいな手出しや干渉をすること。また、たわむれに異性に手を出すこと。になるようです。猫と魚の対決(?)もそのうち書いてみたいなあ。

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