墓標で紡ぐ笛の音は
(「そこの青いの、どいてくれ。通行の邪魔だ」)
君だって『そこの白いの』じゃないか。
(「おかしな事を言う。我はどこからどう見ても『可憐で儚げな美少女』ではないか。その点、お前はどこからどう見ても『ただの青い通行人』だな」)
それって屁理屈って言うんだよ。そもそも本当に可憐で儚げなら自分で言わないから。
(「つれないことを言うな。情緒があってよいではないか」)
確かに黙っていれば『可憐で儚げ』なのかもしれない。けれど、両手を腰に当ててふんぞり返る様は、どこからどう見ても『現世に未練がありすぎて成仏しそこなった幽霊』だ。
風貌と目と中身の差が激しすぎるって言われたことない?
(「それはほめ言葉と受け取ってよいのだな。存分にあがめるがよい」)
別にほめてるわけじゃないんだけど。
って、そうそう。オレは君とこんな話をしたいわけじゃない。
……君は精霊かな。
(「よく言う。我を精霊と認識していたからこそ声をかけたのだろう?」)
まあね。
そもそも君って足がないし雰囲気だって常人とは明らかに違っている……って、言いたかったのはそんなことじゃない。
君にお願いがあるんだ。
(「初対面の精霊が初対面の男のいうことをきくと思うか?」)
ものは試しって言うだろ。言うだけなら銅貨1枚も使わなくてすむし。
(「では訊くが、お前は我に何を依頼したいのだ」)
――呪いを解いてくれるかな――
(「妖精の息子のおまえがそれを言うのか」)
あれ。さっきオレと君は初対面だって言ってなかったっけ。
(「キーラ(風の妖精)のささやきが聞こえたのだ。『大きな者』の血統でありながら里を離れた『滄海の一粟』に成り果てた輩がいると」)
まいったな。そんなに有名になった覚えはないんだけど。
(続きもあるぞ。輩のかつての誠名は『つよき者』だったと。確か――)
「オレの名はリザ・ルシオーラ。それ以上も以下もない」
それが、オレ達の始まり。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(「ようやくたどり着いたか」)
「おかげさまでね」
やっとの思いでたどり着いた霊園には先客がいた。
「来たことがあるなら教えてくれてもよかったじゃないか」
(「それではつまらないだろう」)
「つまる、つまらないの問題?」
(「そういう問題だ」)
もっともヒトの目から見れば人間の男が宙にむかってぶつぶつとつぶやいているようにしか見えなかっただろうけど。そこにいたのは一体の海霊と一体の帰結の精霊。口をとがらせたオレに帰結の精霊は諭すように応えた。
(「おまえはこの場所に来たかったのだろう? だったら自分の力でたどり着かなければ意味がないではないか」)
「そんな大袈裟なものでもないでしょ。そもそもこの大陸にたどり着くまで一体どれだけの年月を費やしたと思ってるんだ」
(「それに比べれば今回のことくらい、どうってことないではないか」)
「……まぁね」
痛いところを突かれ、ただただ苦笑するしかない。
ティル・ナ・ノーグという単語を耳にしたのは、ちょうど帰結の精霊が生をうけたころ。
かつての魚と女の子の日々がお伽噺になったのはそれから100年が過ぎたころ。
そして今、ここまでたどり着くのに200年近くの月日を要してしまった。
「やっとここまできたよ。テティス」
目前の墓標にひざまづいてつぶやく。あたりには誰もいない。夕暮れの墓地にたたずむのはオレ、ただ一人。墓石にはこうかかれてあった。
――テティリシア・ランゲージ ここに眠る――
墓地っていうのは海の世界にも存在する。墓本来の由来は遺骨や遺体を葬ってある所だし、その上に立てた石塔などの墓碑をしめすこともある。後生に自分の生き様を刻みつけようと生前から躍起になって創ろうとする奴もいるし、名前も性別も刻まれることなく静かに眠る奴だっている。体が朽ち果ててもその者自体がもつ能力が留まり続けることもあれば、建物自体が迷宮と化してしまうこともある。
「たどりついたのはつい最近なのに、本当に墓まで作られてるとは思わなかった」
幸か不幸かオレの友人は墓に名前を刻まれる程度には有名だったらしい。
(「このあたりではちょっとした逸話になっているらしいからな。記念碑くらいあってもなんら不思議ではあるまい」)
もっともここでは幽霊屋敷以外のなにものでもないがな。そう告げる精霊に苦笑して背負っていた水色の袋を地につける。取り出したのは銀色の笛。それは男が遠い昔に譲り受けたものだった。
(馬鹿の一つ覚えだな。もう少し味のあることをしてみてはどうだ?)
「ほっといてくれ」
ふてて見せた後、銀色のそれに唇をあわせる。
「……これが、オレ達の新しい逢瀬だ」
真夜中にやさしい笛の音が響く。
それは、かつての少年と少女が語り合ったうたかたの夢。
テティス、オレの声が聞こえるかな。
やっとここまできたよ。来るのが遅すぎるってきっと怒ってるかな。けれど、来たかいはあったと思う。
君の言った通りだった。ティル・ナ・ノーグ。ここは本当に世界で一番綺麗な場所だ
男の声が笛を通じて空にとけていく様を、帰結の精霊は、いつまでもいつまでも視界にとどめていた。
――となれば、綺麗にまとまるところだったんだけど。
「え!? あいつらに遭ったの!?」
(「正確には上から見ていただけだがな。なかなかに見物だったぞ」)
というか君、知ってて黙ってたんだね。
(「彼とは一度騒動を起こしていたからな。我は常人には見えぬのだ、霊体であるこの身が残念でならない」)
仮に見えたとしても、絶対黙ってたよね。わかっていたけど絶対性格よくないよね。
そんな指摘をする余裕もないくらい、彼女から耳にした事実に絶句するしかなかった。アールという少年に降り注いだ数々の苦難。彼に矛を向けたのは吾が同胞で、さらに仕切っていたのは片眼鏡をかけた銀色の髪の女性。
(「どうした? 顔色が悪いぞ」)
「……なんでもない」
シリヤの話だと、間一髪のところで女性はなぜか矛をおさめたそうだ。後日アールから聞いた話だと、彼は最近パッシオと呼ばれる男と飲み友達になったそうだ。彼は運がいいのかな。それとも危ない綱渡りをするのが好きなだけなのか。
そして、人間の心配をする余裕なんかこれっぽっちもなかったことに気づくのは、さらに時間がたってからの話。テティス、さっきの台詞に加えておくよ。常若の国はオレや君が思っていた以上に雄大で綺麗で、とてつもなく刺激的なところみたいだ。