氷雪のMA
セナのMAによる実地試験と、ガルム、フェンリルとの戦闘を終えて数日後。
俺は隔離施設の共用スペースで、セナと神代と一緒に、例の釈明配信のアーカイブを見返していた。
いや、正確には見返していたのは俺とセナで、神代は端末で別の資料を確認している。
『トリニティ・バーストの開発はいつですか?』
『神代「私もMAが必要ね」』
『黒瀬、逃げ場なしwww』
「……誰だよ、こんな話を広めたの」
俺は画面を見ながら、思わず頭を抱えた。
「まあまあ。トリニティ・バースト、いい名前だと思うけどな」
セナが楽しそうに言う。
「いや、名前はともかく、そもそもまだ存在しない技だからな?」
「でも、三人の能力を組み合わせるという考え方自体は合理的でしょう?」
神代が端末から目を離さずに言った。
「……え?」
俺は、ゆっくりと彼女のほうを振り向いた。
「何かしら?」
「いや、まさか本当に検討してるのか?」
「当然よ。ガルムとフェンリルとの戦闘を見れば、三人で役割分担をすることには意味があると分かるでしょう」
神代は端末を操作し、戦闘映像を呼び出した。
「黒瀬は武装の種類が多く、状況に応じて攻撃手段を切り替えられる。セナはMAによって身体能力と防御力を強化できる。私は相手の動きを一時的に拘束できるけれど、身体能力そのものは二人ほど高くない」
「まあ、そうだな」
「なら、私にもMAがあれば、できることが増えるわ」
あまりにも自然な口調だった。
「……そうすると、私もMAが必要ね」
数日前の配信で視聴者が冗談半分に書き込んだ言葉が、本人の口からそのまま飛び出した。
「やっぱり本当に言った!」
俺は思わず声を上げた。
「何を驚いているの?」
「いや、だって、そこは冗談で終わるところだろ!」
「戦闘能力を補う装備が必要だという話に、冗談も何もないでしょう」
「それはそうなんだけどさ……」
隣のセナは、なぜか嬉しそうだった。
「神代さんもMAを使うなら、三人で連携技の練習ができますね!」
「そうね。まずは実現可能性の確認が必要だけれど」
「ちょっと待て。もう練習する前提なのか?」
俺の疑問は、二人とも聞かなかったことにしたらしい。
◇
翌日。
隔離施設内の試験区画に、ウォッチャーズの御堂がやってきた。
もっとも、彼が来たのは俺たちの冗談を聞いたからではない。
神代が正式にMAの試験運用について問い合わせたところ、ウォッチャーズ側も彼女の能力とMAの組み合わせに興味を示したのだという。
「神代さんの眼の能力は、非常に特殊です。相手の行動を一時的に制限できる一方、発動条件や対象との相性には制約がある。そこへ遠距離からの攻撃や行動阻害を組み合わせれば、戦術の幅が広がる可能性があります」
御堂は、試験区画の中央に設置された装備ケースを示した。
「こちらが今回、調整した試作MAです。近接戦闘を主眼とするセナさんの機体とは異なり、遠距離攻撃と戦場の制圧に重点を置いています」
「私の能力との相性を考慮した、ということですか?」
「はい。もちろん、実際にどの程度の効果が得られるかは、装着してみなければ分かりません。適合性も制御も、現時点では保証できません」
御堂は率直に答えた。
「それでも試してみる価値はある、と?」
「少なくとも、私たちはそう考えています。神代さんの能力とMAを組み合わせた場合、どのような相乗効果が生まれるのか。研究対象としても、非常に興味深いものですから」
人類を守るため、とは言わない。
ウォッチャーズは、あくまでも自分たちが得られる情報と研究上の価値を見ている。
とはいえ、危険性を隠して無理に装着させようとしているわけでもない。神代自身が判断できるだけの情報は提示している。
そこが、この組織の厄介なところだった。
「装着試験は、この区画内で行います。異常があれば即座に中止し、必要に応じて装備を解除します。ただし、適合に問題がなくても、実戦で同じように制御できるとは限りません」
「分かりました。それでお願いします」
神代は迷いなく答えた。
「念のため確認しますが、装着中は身体の変化や感覚の異常を記録することになります。それでも構いませんか?」
「問題ありません。必要な検査なのでしょう?」
「はい。ありがとうございます」
御堂がうなずく。
セナは緊張した様子で神代を見守っていたが、本人はいつもどおり落ち着いていた。
「では、始めましょう」
◇
試験区画の中央に置かれたケースが開かれた。
中に収められていたのは、青白い光を帯びた結晶だった。
セナのMAと同じように、通常時は小さな結晶の形で保管されているらしい。
神代が結晶を手に取る。
その瞬間、表面に淡い光が走った。
「起動条件はセナさんの機体と同じです。結晶を保持し、起動を宣言してください」
「分かりました」
神代は結晶を胸元へ掲げた。
「MA、装着 変身」
光が弾けた。
青白い粒子が彼女の身体を包み込み、四肢から順に装甲が展開していく。
まず現れたのは、白と淡い氷青を基調とした細身の装甲だった。肩や腰には透き通るような装甲板が重なり、背中には翼を思わせる複数のフィンが広がっている。
腕の外側には、結晶のような部品が浮かぶように配置されていた。腰回りには長い布を思わせる装甲が幾重にも重なり、動くたびに淡い光を反射する。
頭部を覆う装甲も、セナのMAとは対照的だった。
鋭いアンテナや大きな装飾ではなく、氷の冠を思わせる繊細な造形。全体として、戦闘用の装甲というより、氷雪を操る精霊か、冬の世界から現れた天使のような印象がある。
「……おお」
思わず声が漏れた。
セナのMAが白とピンクを基調とした華やかな近接戦闘型なら、こちらは白と氷青を基調とした優雅な遠距離支援型だ。
同じMAでも、ずいぶん方向性が違う。
「適合状態を確認。初期制御に異常は見られません」
御堂がモニターを確認する。
「神代さん、身体に違和感はありませんか?」
「今のところ問題ありません。動作も通常どおり可能です」
神代は腕を曲げ、手を開閉した。
背中のフィンが、彼女の動きに合わせてわずかに角度を変える。
「……これ、飛べるのか?」
俺は思わず尋ねた。
「まだ分かりません。現時点では、浮遊や飛行に関する機能は確認されていません」
御堂が答える。
「そうか……」
少し残念だった。
いや、別に俺が飛びたいわけではない。背中にあれだけ翼っぽいものが付いていると、つい期待してしまうだけだ。
「黒瀬さん、今、少し残念そうな顔をしていませんでしたか?」
「してないしてない」
「そうですか?」
セナが首を傾げる。
俺は視線を逸らした。
◇
続いて、装備の基本性能を確認することになった。
試験区画の奥に、複数の標的が設置される。移動する小型ドローンと、一定の耐久性を持つ訓練用の標的だ。
「まずは遠距離攻撃から試します。神代さん、前方の標的を狙ってください」
「分かりました」
神代が右手を前へ向ける。
手の周囲に、淡い青色の光が集まった。
その光は小さな結晶のような形へ変化し、数秒のうちに複数の氷片を形成していく。
「……氷?」
俺がつぶやいた直後、氷片が一斉に放たれた。
鋭い軌道を描いた氷の弾丸が、標的へと飛んでいく。
先頭の標的に命中。続いて二つ目、三つ目にも氷片が突き刺さった。
標的の表面が凍りつき、動作を停止する。
「おお、すごいな」
セナが目を輝かせた。
「遠距離から複数の標的を狙えるんですね」
「そうですね。攻撃の射程と同時制御数は、こちらの想定どおりです」
御堂が記録を確認する。
神代は、続いて別の標的へ手を向けた。
今度は氷片ではなく、細長い氷の槍が形成された。
放たれた槍は一直線に飛び、訓練用の標的を貫く。そのまま後方の防護板にぶつかり、砕け散った。
「威力も十分ね」
神代が淡々と評価する。
「近接戦闘を主体としない機体としては、かなり扱いやすそうです」
「ただし、出力を上げれば消費エネルギーも増えます。連続して使用できる回数には制限がありますから、そこは注意してください」
「了解しました」
俺は標的の状態を見ながら、腕を組んだ。
氷の弾丸に氷の槍。
見た目は魔法そのものだが、これはMAによる攻撃だ。セナのハートビームと同じく、兵装に組み込まれた機能なのだろう。
もっとも、神代の場合は、もともと相手の動きを制限できる眼の能力を持っている。
そこに遠距離攻撃まで加わるとなると、かなり厄介な相手になりそうだ。
「次は、足止め機能を確認しましょう」
御堂が別の標的を指定した。
神代は再び手をかざす。
今度は標的の足元に青白い光が広がり、床が一瞬で凍りついた。そこから氷の蔓のようなものが伸び、標的の脚部へ絡みついていく。
標的が動こうとするが、脚部の駆動が阻害され、前進できない。
「拘束性能もあるのか」
「ええ。完全に動きを止められるとは限りませんが、相手の移動を妨害することはできます」
御堂が説明した。
「氷による直接攻撃だけでなく、移動制限や足止めを組み合わせることで、味方が攻撃しやすい状況を作れます」
「私の眼の能力と組み合わせれば、さらに長い時間、相手の動きを封じられるかもしれませんね」
神代が言った。
「その可能性はあります。ただ、実際にどの程度の効果が得られるかは、対象の特性や能力にも左右されるでしょう」
「当然です。過信するつもりはありません」
神代は標的を見つめた。
すでに、どのように戦闘へ組み込むか考えているらしい。
◇
「最後に、視界妨害機能を試しましょう」
御堂の指示で、試験区画の照明が少し落とされた。
神代は手を広げる。
すると、周囲に細かな氷の粒が舞い始めた。
雪のような粒子が空間を漂い、やがて濃い白い霧となって広がっていく。
「うわっ、真っ白だ……!」
目の前の標的が、あっという間に見えなくなった。
照明の光が氷の粒子に乱反射し、区画全体が白く霞んでいる。人間の目だけでなく、光学センサーを搭載したドローンも、映像を乱されて動きを鈍らせた。
数秒後、神代が手を下ろすと、粒子がゆっくり消えていく。
「視界妨害用の機能ですね」
「はい。氷雪粒子を散布し、光を乱反射させることで視認性を低下させます。相手の視界やセンサーを妨害し、その間に距離を取ったり、味方が攻撃する隙を作ったりできます」
「目眩ましにもなるわけか」
「ただし、味方の視界も悪くなります。使用する位置や範囲には注意が必要です」
御堂の説明に、神代はうなずいた。
「味方の位置を把握してから使えば、使いどころはあるでしょう。特に、こちらの位置を相手に悟られたくないときや、敵の攻撃を一度切りたいときには有効そうです」
「黒瀬さんなら、霧の中からブースターで突っ込んでいきそうですね」
セナが何気なく言った。
「いや、そんな危ないことしないからな?」
「前に氷の床で滑って、壁にぶつかっていましたよね?」
「それはフェンリルが作った氷が悪い!」
「今回も床が凍ったら、同じことになりませんか?」
「……気をつけます」
俺が素直に答えると、セナは笑った。
神代は、そんな俺たちのやり取りを聞きながら、静かに腕を下ろした。
「この装備、思った以上に私向きね」
「そうですね。遠距離からの攻撃、足止め、視界妨害。どれも、あなたの能力と組み合わせやすい機能です」
御堂が答えた。
「もちろん、試験は始まったばかりです。実戦でどこまで通用するか、継続的にデータを取る必要があります」
「分かっています。まずは制御と、各機能の消費エネルギーを把握するところからですね」
神代は、すでに次の検証項目まで考えているらしい。
俺はその横顔を見ながら、ふと思った。
これまでの神代は、特殊な眼の力を使って俺たちを援護してくれていた。
だが、その能力にも限界はある。動きを止められない相手もいれば、能力を使う隙そのものを与えてくれない相手もいる。
そこにMAが加われば、彼女が取れる選択肢は確実に増える。
ガルムとフェンリルのような相手と戦うときも、ただ一瞬の隙を作るだけではなく、遠距離から攻撃し、足を止め、視界を奪い、味方が攻撃できる状況を作り出せる。
俺やセナとは違う方向で、戦闘の中心を担えるようになるかもしれない。
「どうしたの、黒瀬?」
「いや。神代も、ずいぶん頼もしくなりそうだなと思って」
「今までも、必要な仕事はしていたつもりだけれど?」
「そういう意味じゃないって」
「なら、どういう意味?」
「……うまく説明できない」
神代は少しだけ首を傾げたが、それ以上は追及してこなかった。
俺も、何となく言葉にできなかったのだ。
ただ、これまでとは違う戦い方ができるようになる。
それだけは、はっきりしていた。
◇
試験終了後、神代はMAを解除した。
青白い光が収束し、全身を覆っていた装甲が結晶へと戻っていく。
解除後の身体検査でも、明確な異常は確認されなかった。
もっとも、まだ初回の試験だ。適合性に問題がないと判断するには、継続的な検証が必要になる。
「神代さん。今後も段階的に試験を進めたいと考えています。よろしいですか?」
「ええ。こちらとしても、実戦で使用するなら性能を正確に把握しておく必要があります」
「ありがとうございます。では、次回までに本日のデータをまとめておきます」
御堂が退出したあと、俺たちは試験区画を出た。
「どうだった、神代さん?」
セナが尋ねる。
「悪くないわ。まだ制御に慣れる必要はあるけれど、遠距離から攻撃できるのは大きい。足止めや視界妨害も、状況によっては役に立つでしょうね」
「これで三人の連携も、もっと強くなりそうですね!」
「そうね。黒瀬が敵の注意を引きつけ、私が足止めや拘束を行い、セナが決定打を与える。状況次第では、逆の順序にすることもできるわ」
「……なんか、本当に合体攻撃を作る気になってないか?」
俺が尋ねると、神代は不思議そうな顔をした。
「作る価値はあるでしょう?」
「いや、まあ……そうなんだけど」
「トリニティ・バースト、楽しみですね!」
セナはすでに技名まで決めている。
神代も否定しなかった。
「まずは、三人の能力を組み合わせたときの効果を検証しましょう。技名は、そのあとで考えればいいわ」
「そこは否定しないんだな……」
俺は深いため息を吐いた。
視聴者の冗談から始まった話だったはずなのに、気がつけば三人目のMAまで本当に動き出している。
しかも、神代は見た目や名前にこだわることなく、性能と戦術の話を進めている。
これでは、俺がいくら反対しても意味がないだろう。
……いや、別に反対する理由があるわけでもないんだけどさ。
俺は自分の考えがまとまらないまま、二人の後を追った。




