秋から冬に掛けて
こんばんは。
今年はなかなかにツイてない1年でした(^_^;)まず、お正月から父が食べ物を受け付けなくなり、怒りっぽくなったんです。そして、春頃に病院に行き、幾つかの検査をしたら。
初期の大腸ガンが見つかり、5月の中旬には入院しました。2日目辺りで手術を受け、大体12日間はいたかな。
5月の終わりに無事に退院できましたが。その後は「ビールが飲みたい!」と言い出し、私も仕方なく自販機にビールなどを買いに行く日々が続きます。
季節は夏から秋が過ぎ、12月の上旬に父が風邪を引いたんですね。んで、2〜3日は食べやすい物を近隣のコンビニに買いに行ったりしたんですが。
2日だったか、この日の夕方に父は用を足したいと言ってきました。けど、普段なら何とか立ち上がれるはずなのに。何故か、全く足腰に力が入らないとかで。心配した近所の親戚筋の方やお役所の福祉関連の職員さんが慌てた様子でやって来たのです。
「……職員さんから、体温計を借りてきたんや。お父さんの熱を測って!」
「わ、分かった!」
私もパニクりながらも父に体温計を手渡しました。怪訝そうにしながらも父は体温を測ってくれたんですが。しばらくして、電子音が鳴り、体温計を受け取ります。
見たら、37.9度と出ており、親戚筋の方に言ったら。来た時以上に慌てて、外に走って行きました。
少し経ってから、玄関を開け、私は父の代わりに応対します。職員さんも測った結果を聞いたのか、表情は険しくて。
「上手く立ち上がれないなら、介護タクシーを手配しますね」
スマホで連絡を取ってくれましたが、交渉は上手くいかなかったようです。仕方ないと次は救急車を手配してくれたんですね。説明もして。しばらくしたら、救急車がやってきました。中から、救急隊員さんが出てきます。家の中に入ってもらい、2人がかりで担いでもらいながら父は担架に乗せられました。
その後、私が慌てて救急車に同乗して隊員さんに色々と説明をしたんですが。何せ、初めてな事だから、たどたどしい感じだったと思います。十数分して以前に父が入院していた病院が受け入れてくれ、検査や処置をしてもらえました。
私は処置室に入り、廊下に出ます。検査などが終わるまでは待機したのでした……。
少し経って、職員さんが到着します。しばらくは話をしながら、待ちました。次に親戚筋の方が着き、職員さんは交代も兼ねて帰っていきます。私や親戚筋の方共々、お礼を述べました。そして、父の検査が済み、結果を聞きます。
診てくれた医師が言うには「患部は右側の肺ですね、炎症がありました」との事で。また、かのコロニャにも罹っていて医師は「自宅に帰っても症状は悪化すると思います、ならば。入院した方が良いかと」ても説明しました。
私や親戚筋の方も入院には同意します。後で手続きをして、処置が終わった父がいる階にエレベーターで向かいました。
4階に着き、入院に関する説明を看護師さんから受けます。諸々が終わり、帰宅できたのは夜の8時過ぎでした。夕食を簡単に済ませ、私はお風呂に入り、寝たのですが。2日程が過ぎ、喉の痛みや咳などが出て来たんです。スマホで連絡すると例の方もおかしいと思ったらしく、近隣の大きめの病院に行く事を勧められました。私はそちらに向かい、発熱外来で検査を受けます。
小一時間経ち、結果は陽性で。仕方なく、問診票などを書き、お薬を受け取りもします。代金を払い、帰宅しました。
ここからは本当にキツい期間が続きます。まず、咳がなかなか止まらず、喉の痛みも酷くて。喉飴やもらったトローチを舐めたり、咳止めを飲んだりもしました。けど、一時的なもので数時間したら、ぶり返すという繰り返しです。それでも3〜4日くらいするとちょっとはマシになってきました。なのに、さらに3日程が経った頃に泣きっ面に蜂な状態になります。
何と、右足のふくらはぎ辺りにストーブに当たり過ぎたせいか、低温やけどになってしまったんですね(TT)もう、ダブルパンチもいいところよ。また、検査を受けた病院に行きました。受付で外科の診察を受けたいと言って待ちましたが。
しばらくして、診察した先生はズボンをまくり、患部を見せると。淡々と看護師さんに指示を出します。患部にお薬を塗り、ガーゼを当ててもらいました。
「……また、明後日になるかな」
先生はそれを告げ、診察は終了します。私は精算などを済ませ、帰宅したのでした。
あれから、2〜3回は病院に通い、治療を受けます。今はだいぶ、治りました。父も退院ができ、何とか過ごしています。いや、踏んだり蹴ったりとはこの事だなと痛感しました。
本当にね。まあ、先月辺りまでは歯医者、今月は内科や外科に診てもらっています。医師にはお世話になりっぱなしですね^^;
来年はもっと、元気に過ごしたいと思います。というか、病院通いは勘弁して!と言いたくなりました。
では失礼します。




