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テリトレーヴ


 柔らかいランタンに照らされた、それなりに広く快適な部屋。部屋の左右にはベッド、真ん中には大きな机、奥にあるのは用途不明の魔動機だ。部屋の隅、荷物を片付けている姿があった。


 それは鮮やかな人だった。


 青緑色の微細な鱗に一部が覆われて、髪は澄み渡る海の色をしていた。そして、瞳は瑠璃石のようだった。マリアは反射的に息を呑んだが、直ぐに戒めるように背筋を伸ばした。懐に仕舞う教典を、ローブ越しに無意識に押さえて、その背を観察する。


「アナタが同居人?」


 日用品らしき小物を棚に並べながら、彼女はマリアに気付いたようだった。流し向けられた特徴的な瞳と琥珀が交差する。


 マリアは瑠璃石の瞳に、その色に魅入ってしまう。呆けたマリアへ瑠璃石をやや咎めるように送って、独特な――何処かの民族だろう――ヴェールをした頭を傾けた。そして、部屋の入り口で呆けたマリアに鋭い指先(・・・・)で。


「アナタ、荷物あれだけ?」


 示した方向、部屋の隅に置かれた鞄二つ。引っ越し荷物にしては少なく、衣服と絞った日用品しか入らないだろう大きさだ。


「はい、私の荷物はそれだけです」


 マリアが頷き答えれば、彼女は鱗の生えた手を頬に当て、思考を回しているようだった。数秒経ち、気にしても仕方がないとばかりに手の甲で真っ青な髪を払った。


「アタシはテリトレーヴ、そうね、見ての通り『魔徒』ね」


 卑下するような言葉回しではなく、己に誇りのある苛烈な口調だ。曲がった唇と、下がった目尻は挑戦的でありながら何処か親しみもあった。マリアの困ったような笑顔に、テリトレーヴはその鋭い指先で小物を摘んで。


「あら、逃げないの。普通の子は、アタシを見るなり謂れのない誹謗中傷をするものだけど……?」


 香水瓶を棚に置いて、苦笑いするマリアを試すように言葉を回した。部屋に漂う匂いに、マリアは気付いた。


 懐かしくて、少し寂しい匂いだ。


 テリトレーヴから舞う、風変わりな花の香り。田舎に住んでいた彼女には馴染みがあって、初めは緊張していた様子であったのに徐々に解れていた。そんなマリアの姿にテリトレーヴは荷物を整理しつつ、不思議そうに手を迷わせた。


「アタシを前にして、落ち着く子もいるのね」

「テリトレーヴさんの香りは、私の知るものですから」


 マリアの答えに、テリトレーヴは真っ青で汚れのない片翼をぱたぱたさせていた。少し落ち着かないのか、毛繕いするように自らの髪を弄り、マリアに向き直ると。


「アナタ『教会』の子でしょ?」


 そう指摘する。学生服姿のマリアを教会関係者と見抜くのは至難である筈だったが、別に隠している訳でもない。マリアは頷いて。


「どうしてそれを?」

「教典読んでたじゃない、それも分厚いの」


 至極当たり前の顔でテリトレーヴは答えると、傍らのベッドに腰掛けた。そして器用にも翼を畳み、ベッドの上に投げていた新入生のローブに腕を通す。翼は邪魔になりそうではあるけれど、随分隠すのに慣れた様子ではあった。然し、どんなに慣れていようと隠す時に生じる窮屈そうな動きをマリアは察せた。


 言葉を選びながら、マリアは真剣に。


「そうですね、私は……教会の人間です。なんだか、申し訳ないです……」


 しゅんとするマリアだったが、テリトレーヴはローブを整えながら首を振った。


「別に。アナタがアタシを迫害した訳じゃない。それに、今は『魔徒狩り』なんて、しないじゃない?」


「そう、ですね。数代前の教皇様が、その過ちを断ち切ってくださいましたから」


 魔徒は悪ではない。罪をこそ罰せよと主は告げている、マリアは教えを反芻しながらも教会の過ちに思考が引っ張られていた。そんな姿に見かねたのか、テリトレーヴは口を開いた。


「アタシは、アナタを嫌わないわよ。アナタ、が……良ければだけど……?」


 頬を掻くテリトレーヴ。 


「も、勿論っ! 私はテリトレーヴさんともお友達になりたいですっ!」


 マリアがベッドに座るテリトレーヴに駆け寄って、困惑する彼女の手を取った。


「あ、まって、ケガするわよ」


 鋭い爪の、猛禽類のような手だ。鱗がある場所は金属のように冷たくて、肌の部分はとても温かい。それに、黒曜石のような爪は手入れが行き届いていて、宝石のようだった。


「大丈夫です、テリトレーヴさんはそんな人じゃないと、一目で分かります」


 テリトレーヴの手を撫で、柔和な笑顔を浮かべた。マリアの一連の行動に、なにかを言おうとすれば。


――ゴオン、ゴオン、ゴオン。


 遠くから鐘が響いた。静かでいて、力強い音である。グエルが口にしていた合図である。


 テリトレーヴはさっとマリアの手を解き、誤魔化すように青い髪を靡かせて立ち上がり「アタシはコッチ、アナタはソッチ。部屋は半分づつ、好きにして」とベッドを指差した。若干赤い頬のまま、ローブを再び直して翼の位置を調整したか。


「ほら、集合時間になったわよ」


 そうきっぱりと、にこにこするマリアにツンと口にした。マリアと言うと、扉に歩いて行くテリトレーヴの背を追って「はいっ、これから宜しくお願いしますっ」と元気に返した。


 完全ではありませんが復活したので、じわじわとギアを上げます。取り敢えず、微速前進……

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