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学生寮


 熱が冷めぬまま、新入生の一団はグエルに導かれ、ぼんやりと光る噴水に訪れていた。曰く、中層にある一年から三年生用の学生寮区画なのだそうだ。部屋を見渡せば、中央にある噴水が一際目立っていた。


 室内になにゆえ噴水があるのか、問い掛けた生徒にグエルは「知らん帝にきけ」とばっさり断言したものだ。彼と言えばそんな部屋の中心、噴水の装飾部に軽やかに登って新入生を見渡している。


「よーし、質問があるやついるかー?」


 肩には道中奪った魔導箒、快活に笑っている。ランタンの怪しい光に照らされた姿は、御伽噺の魔法使いらしいものであった。グエルが首を捻る一団を見渡し、手を挙げた新入生に目を向ける。


「これからどうすれば……? 入学式などはないのですか?」


「それは大広間でやる。ちょっとまってりゃ鐘が三回鳴るから、そいつがきこえたら此処に来いよ?」


 グエルは装飾物に背を預け、一団を顎で示す。


「一年はほら、あの扉だ。月の扉が女子、太陽が男子だ」


 また顎。一団が向けば、暗い壁に二つの扉が伺えた。金属や木が混ざった扉である。レリーフとして満月と太陽の模様が浮き上がっていた。それを見て尚進まぬ一団に、グエルは嘆息を一つ。


「扉を捻れば、寮に繋がる。はやくしねえと昼飯なくなんぞ?」


 そう急かされては仕方がない、疑問は増えるが新入生達はそれぞれ入るべき扉を開けて潜って行く。マリアは相変わらず最後尾を安息地にしていたので、順番は未だ先となりそうだ。列が滑らかに扉へ消えるこのちょっとした待ち時間、マリアはきょろきょろとしていた。


 そんな姿を見付け、グエルは脳天を見下ろすように身を寄せる。少しばかり悪戯してやろう、そんな表情だ。そろりそろり、珍しい白髪の少女に手を伸ばす。


「ちょ――!?」


 その手が頭に触れる一瞬、小さな手が蛇のように這い上がった。噴水の上からそのまま、グエルは見事に床に叩き付けられていた。抵抗する前に馬乗りとなって、ひょいっとグエルの腕を膝で固定し、鉄拳をぎりぎりと振り被って。


「あ、グエル……さん……?」

「おう、オレこと……グエルさんだ。あー、ちっちゃな拳はおろしてくんないかなー……?」


 へらりとすれば、マリアは握り固めていた拳を解き、馬乗りのままに首をこてんと傾けた。


「どうして、背後から……?」

「いやあ、オレって面倒見が良いから? すげえきょろきょろしてたし、心配でよ」

「……なら、声を掛けるべきですよね?」

「それは……だな」


 馬乗りのまま、マリアは腕を組む。ちっちゃな唇を指先でとんとんして、先程の光景を思い出しているようだ。


 そして当然、息を殺し忍び寄ったグエルを問い詰めねばならないと確信した。もし口を割らないのであれば、懐に仕舞っている教典を引き出し、主の御言葉をくどくど教えねばならない、とも決意する。


 仄かに、不穏。


 次第に、帝都の空のように陰る顔。グエルは単純な対抗策を実行する。


「だー、もう。わるかったよ、レディにゃ失礼だった。帝都紳士としてもな?」


 こうなった場合、言い訳を諦め、言い辛くとも素直に吐露するに限る。長年の経験則から判断したのだ。


「悪戯ですか?」

「おう、からかって悪かったな」

「すみません?」

「オレの台詞だなそれ」

「はあ……」

「――グエルさん?」


 マリアの声を区切って、一人の女子生徒が銀の扉から顔を出していた。几帳面にズレた丸眼鏡を押し上げ、にべもなく目を細めていた。日々重ねるグエルの問題に辟易しているような、恒例になった日々を睨んでいるかのようである。


「また、なにか、やらかしたんですね?」


 一文字一文字を強調し、彼女は息を伸ばしていた。マリアはローブが深い緑をしているのを見てから、やっと、同学年ではないのだと気付いた。それはひとえに、顔を覗かせた女学徒が小さいからだ。背丈はマリアよりややあって、然し全体からして華奢。ランタンを反射する眼鏡と、襟まで確り留めた釦を見れば、その几帳面で細かそうな性格も凡その察しは付くもので。


「『また』とはなんだ、ドロシー。見よ、このオレを! 組み伏せられている!」

「わたくしも、そうは見えますが……」


 ドロシーは黒縁眼鏡に指を添え、三つ編みを揺らす。彼女のローブから僅かに香るのは、趣向品の上質な珈琲か。片手には本を抱えているようだ。扉から身を出して、ブーツを鳴らしグエルとマリアの傍らに歩み寄って、眼鏡を直す。


「今日は『また』なにをやらかしたのですか?」


 グエルはむっとした、流石に過言であり印象操作である、と。ちょっとだけ、やんちゃ――同学年の魔導箒強奪、魔法乱射抗争、原点しやがった教授に生卵投げ付ける、等――なだけだ。思い当たるとすれば、強いて言うと組み伏せて来た新入生にちょっかいを掛けた程度。


 怪我をさせたら悪いし、近くに転がる魔導箒を操って新入生を驚かせようとも考えたが、実際には行動に移してはいない。上に乗る少女は軽く、悪気もなさそうな天然だ。グエルはだから、ドロシーの決め付けに断固として抗議するのだ。


「いんや違うな、甘い甘過ぎる。砂糖が底に残った珈琲みたいにな! 『また』じゃねえし、なにかを『やらかした』訳でもないんだなぁ、これが。悪いなドロシー、オレは常にもっと『先』にいる」


 赤い前髪を吹いて退かし、グエルは不敵に笑うのだ。組み伏せられたままだが。


「頭、触ってきました」

「ちょおい……」

「おや? グエル先輩ともあろうお方が、淑女暴行とは……恐れ入りますね?」


 失笑が禁じ得ません、そう付け足したドロシーの目は息の凍る聖堂より冷たい。思わず笑いそうだと口にしたと言うに、表情は鋼の如く硬質で鋭角だ。グエルとドロシー、無言の視線を見比べ、マリアは首を傾げる。


「学年が違うのに、知り合いなんですね?」


「学科が被ってるからです……じゃなきゃこんな歩く爆弾とは……いえそれはそれとして。えっと、あなたは新入生ですね?」


 ドロシーは茶髪を揺らし、本の誤字脱字を探るような目でマリアを観察していた。グエルがなにやら恒例の問題を発生させ、なにがどうなったか馬乗りになる少女が奇妙であるからだ。学園の問題児に絡まれれば非常識な結果になるのも頷ける部分はあるが、ドロシーからしても、現状はとても珍しい風景であった。


 放っとけばなにかをやらかすグエルが大人しいのも、組み伏せられているからである。成熟した男性の膂力で跳ね除けては怪我をしてしまう可能性もある、と心配する人間かも疑うドロシーからすると、籠に入った鳥みたいな問題児は非常に衝撃的な絵面ではあるのだ。


 現に、唇を尖らせつつ、彼は普段と違って静かなものである。暴れたり、騒いだり、やらかしたりはしていない。


「私は、マリアといいます」


 と、頭を下げれば。膝を曲げ、ドロシーは真面目に会釈する。


「わたくしは……ドロシー・コフェットです。そこの阿呆は、馬鹿です」

「……グエル・ホーキンスな?」

「それより、新入生ですよね? 部屋割りをしないといけないので、着いてきて頂けますか? 新入生への宴も近いですから」

「え、無視……? まじか……?」

「いとまがありませんので」


 そう切り捨て「さあ、どうぞ」と、戸惑うマリアの手を引いた。


 見れば、噴水前はすっかり三人だけであった。新入生達は割り当てられた部屋に入って、身支度に勤しんでいる頃合いだろう。マリアが導かれるままに扉へ近付けば、レリーフが新たな生徒を祝うように脈動した。


――ガチャン。


 銀色に滲む扉が、施錠の解除を告げる。ぎぃっと開かれた入口から、風が抜ける。緩やかな風に目を細め、奥を見れば、長い廊下が続いていた。噴水のある此処とは様式から違い、貴族の令嬢が住むに値する風格をしていた。


「遅れんなよー新入生」


 グエルは敢えてか、気怠そうな声を上げていた。声の纏う怠さとは裏腹に、勢い良く跳ね起きて固まった身体を解している。淀みなく落ちていた魔導箒を足で引っ掻け、浮かせ、肩に担ぐとマリアへにかっとした笑顔を向けているではないか。


「あの、さっきはごめんなさい……」

「この阿呆が言う通り、急いだ方が賢明です。部屋割りは、入れば掲示板があるので、そちらで確認を。ほら、急いで」


 更に謝ろうとするマリアの背をやんわり押した。マリアはよろめき、長い廊下へと一歩繰り出す。


「じゃあまたな。うちのおすすめは蜂蜜の菓子パンだが、競争が激しいからな! 後でこのオレが直々に、争奪戦の極意を指導してやるよ!」


 背後でグエルが能天気に手を振った。そうすればドロシーの淡々としながらも親しみが感じられる声が続けて聞こえる。


「先輩、その前に。魔徒に関する論文なんですけど『魔徒は差別用語になるか』について質問をしたくて」


 閉まる間際、マリアの耳にグエルの「え、マジで……今からそんな繊細な話するの……?」と言う、喜びが混ざった嘆きが届いた。振り向けば、もう其処は厳かな月の扉だけ、ドロシーとグエルの姿は見えなかった。


 マリアは短く息を直し、辺りを見渡した。豪華な照明が吊るされた廊下、左右無数に並ぶ扉、番号が割り振られているようだ。耳を澄ませば、令嬢達の雑談も鼓膜を震わせる。内容は今一、判然とはしない。


「んーと……? あ、あれかな……?」


 マリアは掲示板を探す、ドロシーの言葉では入ったら分かると言った感じだ。確かに、直ぐに見付かった。その掲示板は緑に光る文字が走って、マリアの名前が浮いていた。寮の図形のようで、マリアの名前は一番奥でまったりと明滅しているではないか。


 マリアはむうっと膨れる。


「むむ……中々に遠い……」


 廊下を見て、少しだけ本音を口に。不満はあるが、仕方がないと割り切って。マリアは瞬き数回、自室位置を覚え、なるべく早足で廊下を進む。之から三年は住むだろう部屋がどんな部屋なのか、気になったから、長い距離は思ったより苦にはならなかった。


 軽やかな足取りが、そうして廊下に響く。


 ごめんなさい、インフルです。すまない……


 暫く執筆不可!(ノ´・ω・)ノミ┻━┻

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