はて、誰の言葉だったか
操作を間違え下書きを貼り付けていました。こちらが本来公開予定していた本文です。
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ちんちくりんな子供が白いウィッカローブに埋もれている。長椅子の並ぶ講義室、その壇上で。若葉色のローブを纏う生徒の前だからか、魔女は腰に手を当て威張っているではないか。
「一年坊ども、これより講義をはじめるっ! 腕はあるか? 足はあるな? よいかっ! よしっ!」
生徒の面持ちは様々だ。兄や姉から話を聞いた通りだと期待していた者もいれば、興味がない者もいる。
「我が校に妖精さんはおらん! 手足が千切れたなら拾い給えっ! まあなに、ワシとて一度や二度腕が飛んだものよっ! わっはっはっ!」
エルル教授は大変に物騒な事を宣った。顔を見合う生徒の中、マリアやテリトリーヴも肩を並べていた。
「妖精さん……いないのですか?」
「いないわね、おとぎ話よ」
「でも、ほら。寒い日に指にぱちってなったりすると妖精の仕業だーって……いいませんか?」
「砂漠でオアシスが見えるのは妖精の悪戯、そうも言うわね。他には……夜に火の粉が踊ったり……? ウィルオーウィスプってやつ」
「あ、私も知ってます。でも、どうして妖精なんですか?」
「うーん、見えないから、じゃない?」
テリトリーヴは教科書に爪先を引っ掛け、頁を捲る。そわそわする生徒達やちんちくりんな魔女――エルル教授を青い瞳が見やる。手には無骨な手甲、ガシャリと鳴らす様は体格に見合わぬ豪胆さであった。
「ときに、魔力弾をみな習得した頃合いよな?」
ぽつり、魔女は問う。
学徒はなんとなしに頷いた。
魔力弾、体内にあるエーテルを圧縮させ放出する技術である。その訓練はソドム教授やエイジス教授の講義にて行われ、生徒達は会得していた。
一年生も例に漏れず貴族ばかり、教えずとも習得していたのもあってか基礎の勉学は円滑に済んだ。ゆえに最近はソドム教授が魔動史を語り、エイジス教授は魔法史をちゃんと語るようになっていた。
では、エルル教授の担当科目とは?
当然、起き上がった疑問に期待や不安が綯い交ぜの眼差しを生徒達は送る。
入学式では戦闘に特化している、と宣っていた。
白銀に煌めく手甲の拳を重ね合わせ、ぱちりと散る火花。金属が飛散した証か、それともエーテルにでも干渉したのか、生徒達の疑問を他所にエルル教授はむんっとやや胸を反った。
「エーテルは物質的な側面と、そうでない側面を持っておる。なあに、難しい話ではないぞ。固めて投げて当たれば死ぬっ! 至極簡潔なのだっ!」
硬い物を高速でぶつければ大概は壊れる、それは弓であれ投石器であれ変わらない質量と速度の関係だ。
人々はエーテルの操作を幼少から培い、無意識的に行うものだ。
貴族であれば尚更、会得は容易い。縦令、恵まれぬ平民であっても馴染みがある。
唯一、マリアだけが『魔力弾』を会得していなかった。
怪人探しで忙しいから、ではなく、あれ以来【黒】が出なかったのだ。エイジス教授はなるだけ手を回し、助け舟を出したが成果はない。
けれど肝心のマリアに焦りはなかった。教科書を広げ、汎用記述の欄を琥珀はするするなぞる。
真面目に勉学を熟し、励んでいる。
憧れはしても、主に穢れを手向けた悪魔は必ず【黒】を帯びている。
先ず。マリアには、やる気がない。
否、魔法より主を尊ぶだけだった。当たり前に、信徒として、使徒として、優先すべきを優先したのだ。迷いはない。
他者からの評価を忌憚なく明かせば『落ちこぼれ』でも、マリアは胸を張って『誉れ』と言い張るのだろう。教科書の小さな記述を暗記せんと琥珀を走らせる様子は、経典を読み耽る横顔と重なるものだ。
「ふむふむ……杖で書いて、その文字が……うん……?」
クラスに馴染めぬまま『落ち着いた女の子』の印象だけが深まっている。取り敢えず困ったらぐーで殴り倒してみる――そうした荒々しい手段を選ぶとは、誰だって朝露程度も考えはしないだろう。
「式を書く……エーテルを通す……魔法が出る……」
大方の学友から見たマリアは『珍しい髪や目をした平民』である。ぶつぶつ、読み込んで。
「……む……魔法って複雑です……」
頁を捲り、眉を寄せた。そうして一人の世界を築く。之がマリアだ。
似た者として、授業に全く興味がないヨシュアが存在する。彼は机へと盛大に靴を乗っけ、大欠伸をしていた。彼の周りだけ、空席が目立つ。
小馬鹿にした顔で目尻の涙を袖で拭い、エルル教授を捉えつつも、マリアを愉快そうに観察していた。
彼の場合、片手で開くのは教科書ではなく新約経典である。ヨシュアは真面目に授業を受けず、毎回ソドム教授から指摘されていた。エイジス教授は三回目には諦めた。
名だたる教授達がヨシュアの扱いに苦戦する中、気になるエルル教授の対応は『知らん』とばかりである。
初めて彼と面せど、特段気にする性格でもないので黙認する。
そも、ああした尊大な態度も彼らしさであろう。と、エルルの碧眼は細まったように生徒達には思えた。
自由を尊び、なにより縛られる学園に於いては実に校風へと合致するものだ。教授の円な瞳が伏せられて、唸りが響く。
「……今回はそうよなぁ……防御を授けてやろうかのっ!」
講義内容を吟味し、如何に伝えるか思い付いたようだ。
「うむ、エーテルの放出は防御にもなるものだ。知らぬだろうが……どう伝えたものかのぅ……」
とんとん、小さな足が音を刻む。
興味のある生徒達は前のめりになっていた。気付いたのか、エルル教授は腕を組んだ。
「――まあなに、そう難しくあらんよ。百の言葉を尽くすより、なんにせよ、やってみるのが手早いものだからのう」
生徒達を見渡して、大きくウィッチハットが揺れた。
「よおしっ! 若人よ、みておれっ! ふんぬぉっ!」
構え、腰を沈めたか。
大きなウィッチハットに埋めた瞳孔に【色】が滲む。
蒼、ではない。エイジス教授とは違って、もっと濃密だ。木漏れ日の翡翠でもない。ソドム教授とは違ってもっと理知をかなぐり捨てたものだ。
きっぱりした【白】であった。
それも、太陽を眺め網膜を焼く色ではない。透き通らぬ白濁だ。
密度が高く、不透明なエーテルが矮躯の輪郭をぼんやりとさせれば、学徒達は思わず肺から息を伸ばした。
不思議と目を凝らして、溶かされる輪郭を探してしまったのだ。
「流石は、鉄槌の魔女といった所かな……?」
「しかしなぜ、術式を使わない? 防御術式で問題はないようにおもうが……」
「……魔法は貴族の嗜み。いまさら放出になぞ価値はないだろう。なあ、友よ?」
「違いないな、友よ。貴族であれば、な」
平民に聞こえる声で嫌味を垂れ、また付け加えんとすれば、二人の間に高価な杖が割って入った。辿れば、翡翠と面する。
「私語は慎みなさいな、礼を欠いておりますわよ」
「……失礼、我々も浮かれていたようです」
「ええ、貴族として勉学に励むあまり……つい熱が入りまして……」
リィナは前列で振り返った二人を見比べ「宜しくてよ」と。
リィナに隠れ、ほくそ笑む二人に杖先がついっと定まる。
「然し、厳に律しなさいな」
「……御意に」
柔和な笑みは隠した真意を見透かしていた。どんなに優しく浮かべようとも、二人は目尻の痙攣を見逃せなかった。簡素に口を閉じ、弛れた背を正した。
そうしなければどうなるのか、学生寮爆破の噂を確かめる気概は二人にはなかったのだ。
彼女は華やかに髪を流し、鼻を鳴らした。最初からそうしなさい、とでも言いたそうでもある。
優秀な学徒を謳うならば貴族らしくあれ、口ではなく態度にて示すのがリィナである。
入学から暫くもすれば派閥は完成するもの。一団は大まかにリィナ率いる大派閥と、その他で構成された。要約するに、人なりにどんなに問題があっても表面上はとても穏やかに律されたのだ。
全てはリィナ・フォン・シュヴァリエ・レフェンタリーの影響力である。陰湿ないびりも許さず、陰口を言えば肩を杖で叩き無言で圧迫する。
厳格で傲慢で、なにより高潔な彼女らしい振る舞いだ。之には教授達も助けられていた。
彼女のノブレス・オブリージュが齎した最たる恩寵は、身分の低い生徒や、孤立しつつあるマリアにも及んでいる。
之を誇りとせず『貴族とは』を一等に体現していた。ゆえあって、その一連の細やかな働きを観察するヨシュアは辟易する。
彼からすれば『なにが高貴なる身分の責務か、バッカバカしい』之に限る。態々、近場に寄ってまで悪態を投擲はしないが、彼はそんな立ち回りだから今も周囲に空席を形成していた。
孤立無援の独り善がりなクソヤロウ。之が他からの忖度のない感想だ。
「はぁ……やってらんないね」
彼の行動原理は一貫している。暇潰し、知見への刺激、それだけを求めていた。怪人騒ぎに参戦したのも『貴族』に嫌気しかないからだ。
億劫な目玉はエルル教授に向き、心底に捻くれながら観察をする。ちんちくりんな教授は、生徒達を驚かせない為に出力をじわじわと上げていた。
「魔力弾に限らず、出力の調整は術式には不可欠である……」
エーテルを出す入り口を広げ、出力を上げる。躙り寄って、淡かれていた輪郭も彫り出されつつあった。集めて固めて。
急に、面差しを跳ね上げた。ウィッチハットの暗がりの底、双眸が光る。
「よいかっ! こうするのだっ! ふんぬぅおぉおっ!」
碧眼が白で濁り、蒼が淡くなれば。
極度に爆縮したエーテルが、終いには臨界する。一瞬、色彩を失った。
ぱたりと消えたのだ。
先程までのエーテルが見当たらない。
パキリ。
「……?」
生徒の一人が首を回す。近くで、音がした。なんの音か、分からず。
ぎちちちち。
荒縄を絞り引けば、この不快な音となろうか?
「なあ、友よ。杞憂かも知れないのだが、良いかな?」
「奇遇だな、友よ。私もそれを考えていた」
「ほほう、まこと気が合うな私達は」
「私語は慎みなさい、とは言いませんわ」
リィナは肌に滑る液体を感じていた。
淡く、有って。濃く、なしに。皮膚を舐める感触に、唇は震える。
之は、エーテルの超臨界。限られし者が到達する深域だ。




