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でこぼこ


――――。

――。


 グエルは口端から指程の火を吹いた。内側で疼く【赤】は、確かな火力を感じさせる。怒りとでも言えば体裁は整うだろうかと、深呼吸するドロシーを見て思い、それから辺りに目を送る。


 ゴーレムが出す落ち着いた音と、医務室らしい薬品の混ざった香り。ヨシュアやドロシー、それにマリア。この人数を囲うには医務室は狭いものだ。


「怪人について、おさらいしねえか?」


 椅子に座る面々は態度こそ似通わないが、共通の目的を据えていた。彼の提案に眼鏡を押し上げ「先ず、解決すべきはわたくしの話でしょう」と、ドロシー。


 グエルは肩を上げ、どうぞと促す。なにを優先したいのかは分からないにせよ、この場に集まった面々はグエルからしても信頼が出来る相手だ。内容ではなくて、立場(・・)にこそ着目した判断だった。


 入学したばかりなら怪人である可能性は低い、また、能力の高さは体感している。打算を済ませ、ドロシーが襟を正すのをグエルは見守った。


「マリアさん、ソドム教授より言伝です」

「あ、はい」

「講義予定が変更されたそうですわ」

「ありがとうございます……? あの、変更後はなにを……?」


 頭をかち割れよう分厚い教典を膝上に休め、マリアは髪を肩に流した。


「……」

「あの……?」


 ドロシーは眼鏡を押し上げ、無言だった。答えのない不自然な間も、ゴーレムの整理する音があれば無音ではない。


 規則正しさに交わる、ギュイとした関節部の軋み。僅かに機体を震わせて、薬品を木箱から取り出している。ゴーレムに一番近いグエルは進展のなさそうな二人を見守っていたが、傍らのヨシュアはそうではない。


 流行りの髪型を払い、鼻を鳴らす。


「怪人と言われてもね、漠然としてるよ。なんだったかな……そう、あれだ。寓話みたいな、夜に口笛を吹くと災いがある、とかね?」

「そりゃ泥棒の合図だな、家主の不在を報せてんだよ。あ、もしかして母様とかに言われた口かぁ?」

「……この話の要点は、怪人が噂だとして、大元は『失踪事件』なんだろって話なんだけれど? 怪人と失踪が繋がっていると、君が思ったんじゃないのかい? それに失踪事件もたいして信じれないけどね」


 グエルは小馬鹿にする顔を止めて、椅子を漕ぐ。


「皆が噂してんだよ、怪人が夜な夜なさらっちまうのをな」


 ギシギシと椅子が悲鳴を上げる中、彼は続ける。


「決まって夜だ、つまり……人目につきたくねえ奴がいる。そんで、失踪事件ってのは、ちゃんとある。ふっつーに緘口令出てるだけでな」

「それが、ドロシー嬢の友人ねえ……ふうん?」


 品定めする瞳にドロシーは頷いた。彼女の友人は先週を境に失踪している。特別仲が良いかと言われれば、そうではなくとも。同世代の学徒として、世間話や勉学に付いて語り合う関係ではあった。なんの兆候もなく、唐突に消えたのだ。


「彼女は、決して……目立たない生徒ではありませんわ」


 浮かぶ友人の姿を瞼で拭い、ドロシーは断言する。その言葉にヨシュアは引っ掛かり、吟味して。


「へえ、そうかい。じゃあさ、グエル先輩。ひとまず、失踪事件と怪人を区別しないかい?」

「あん? なんでだよ」

「怪人を説明するのに必要以上に仮定してさ、無駄な要素を加えるべきでもないんじゃない?」


 ヨシュアの言い分は単純にしよう、と言う提案だった。


「なにが言いてぇのか、分かってきたな……?」

「教典の第三章二節にもありますね。称えよ、飾りは不敬なり、主よ、一つのみに。とっ!」


 両手にぐーを作るマリアに、グエルが「あ、そうなの?」と曖昧に反応すれば「そうですっ! 主は捧げる物ではなく、気持ちを大事に致しますからねっ!」と鼻息荒く立ち上がりそうだった。


「ちょっと違うけど、まあ、似てはいるね?」


 マリアの膝上に君臨する聖典を見てか、呆れたままに彼は肯定する。気障に前髪を払い、滑らかに全員へ瞳を流した。


「手分けしようか。僕はドロシー嬢とだね、贔屓目もないし?」

「おう、ならマリアちゃんと調べてやんよ。あとそれ、オレの台詞だかんな!」

「どうでも良いよ、そんなの」


 煽れば、焚き付けられたグエルも烈火の如く言葉を返す。そうした応酬の中、マリアはと言うと。


「……うーん……」


 言い合いをする二人をなんとか制御しようとする、きっぱりとしたドロシー。横顔は静かで、困った時に優しく手を差し伸べてくれた先輩である。眼鏡の奥で胡桃の瞳は忙しなく騒がしい二人に生き来していて、同時に、マリアの澄んだ琥珀は知るべき姿を見ていた。


 鮮やかな瞳、マリアが初めて知るもの。帝都の教会にあった『瞳』とは違い、ローブから香る珈琲のように暖かいものだ。


 隠している理由を知らずとも、魔徒由来のエーテルであるのは理解が及ぶ。ゆえあって、マリアは膝上の教典に手を添えた。飾りはない、硬い表紙はザラザラとしている。指先に引っ掛かる文字列は、魔法遣いではない事を思い出させた。


 然し、魔法に無知であるとも限らない。神の御言葉が書かれた表紙は、静かに耳へ語り掛けているようでもある。マリアにとって、教典は一番長く共に生きた相棒だ。


 七代目となる旧約の教典――悪魔との対立を主は望まれているのか、答えは克明に記されている。それでも、石より暖かく、布より冷たい表面を小さな指はなぞった。


「どうした? お腹空いたかのかマリアちゃん?」

「あ、いえ、大丈夫です」


 表紙を撫でる手を止め、あどけなく微笑んだ。


――――。


――。

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