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黒猫の尻尾


 大講堂、昼となれば食事処となる場所だ。鮮やかで奇天烈な料理が並ぶ台から、木製の板と皿を取って自らで料理を選ぶ。見渡せば、金属で形作られた『お手伝い』が秩序正しく行き交っていた。


 マリアはそうした『お手伝い』の姿に意識が引っ張られ、足を止めていた。料理を盛り付ける先輩達は、初なマリアに小さく笑って。


「マリアさん、あれはゴーレムと呼ばれる存在です」

「ゴーレム……さん? ですか……?」


 雪のような髪を肩に流して小首を傾げ、無機物に敬称を付けたマリアに「ありゃあ……月学派の発明だぞ、心はねえな」と、奇天烈な料理を盛り付けながらに指摘する。雑な説明に眼鏡をすちゃりと押し上げ、ドロシーはランタンの光を照り返す眼鏡の奥から、胡桃の瞳を割って鋭く咎めた(睨んだ)


「阿呆ですかあなたは?」

「あってるだろ……?」

「はぁ……。マリアさん、わたくしが説明します。ゴーレムは優秀で忠実で、会話は……出来ませんが、言葉は理解してます」

「なる……ほど……? お手伝いさんですね?」


 カレイル辺境伯の周りで恭しく働いていた人達を思い出し、マリアは納得する。

 

「……そう、解釈して構いません」


 三つ編みを払って、少しの不満を口の中に仕舞った。何故ならば傍らの赤髪の青年、グエルの不満そうな顔に気付いたからだ。


「なあ、なあ? 貶されるほどか……? このオレこそ、月学派の申し子だってのに……」


 グエル・ホーキンスは肩を竦め、ばちばちと電気の走る小枝をトングで掴む。小さく炸裂するエーテルにマリアが瞬きしていれば、逆に最も馴染み深い小麦を用いたパンを一つ皿に添え、グエルはにかっと笑った。


「学園にゃあ摩訶不思議なもんしかねえからな、三年くれえいても驚いて腰を抜かす異界だぜ? いつかは慣れっけどな?」

「つまり魔法……ですね?」

「おん、そういうこったな」

「あ、ごめんなさい……!」


 マリアは肩に触れた人影に頭を下げたが、それはゴーレムだった。気にした様子でもなく優雅な所作で料理を補充し、舞台裏の扉へと消えていく。騒がしく活発な学徒の間を器用に避けながらだ。足取りは不自然ではなく、服でも着せれば遠目でゴーレムとは思えないだろう。


「行っちゃいましたね……」


 しゅんとするマリアにグエルは「まあ、造り物だしなー」と相槌を打ってぽんぽんとマリアの皿に料理を盛った。ドロシーが慌てて彼の手首を掴む頃には、鮮やかな品々がマリアの細腕を攻めていた。


 山盛りである。料理の内容は奇天烈(とんでも)でも煩雑怪奇(おうとも、おののけ)でもなく、存外に普通ではあった。マリアの矮躯に見合わない量にさえ目を瞑れば、グエルなりの優しさではある。


 とは言え、重さはマリアにとって大した苦にはなっていなかった。


 彼女の有難そうな表情と、どうしたものかと困惑する複雑な顔にドロシーは深く共鳴したもので。


「手伝いましょうか?」

「ああ、いえ、大丈夫です」

「そう、ですか」


 なんでもない会話をしながら広々とした講堂の一角、少し人気が薄い長椅子まで三人は歩を進めた。それから、マリアを挟んで席に腰を預けて。


「マリアさんは……どうしてこの学園に?」

「えっと……私を育てた……ような方の好意で……?」

「後継人がいるのですか……?」

「たぶん……カレイル様が――」

「――カレイル、だってっ?!」


 だらだらと火花が散る枝を齧っていたグエルが、危うく椅子から転げそうになっていた。真横から飛び込む怒号にも似た声に、マリアは肩を跳ね上げた。さて、料理を前に手を結って日頃の感謝を祈ろうとした矢先である。手を合わせ固まるマリアの肩を掴み、火花を散らす小枝を咥えた彼はぐっと顔を寄せた。


「そ、そうです。好意で、学園に……」


 琥珀がブレる。火花が眩しいのだ。


「カレイルっていやぁ、カレイル・フォン・ガーデン辺境伯さまだろ?! まじかぁ! はー……まじでか……!」


 マリアの肩を離し、腕を組む。灼眼が見据える先はステンドグラスでも、その豊かな色合いより、もっと先を見ていた。弾む鼓動のままにはしゃぐ子供は、口の中身を胃に押し込んだ。マリアは好機を逃さず、ささっと主に祈って、パンを手にしてから熱気が滾る先輩を見やりながら齧り付いた。


「はー……いやぁ……あの原始の魔法遣いさまたぁ……いやぁ……」


「あのー、グエルさん? どうしてカレイル様を知っておいでなのでしょう……?」


 ばっと、グエルは振り向く。言葉の前に、数回強く頷いた。言葉にしない納得と理解の後、顎でしゃくった。


「ほれ。みてみろマリアちゃん、固まってるぜ?」


 ドロシーは確かに、口から出た予想外の人物へと思考を回していた。噂にはなっていたのだ、つい最近、訪れていたと他の学徒が吹聴して回っていた。学園では噂は独り歩きし、原因とは乖離(大きく外れ)した結論に至るので、信頼や信用が如何ともし難いのだけれど。


「……ガーデン辺境伯さまの……?」


 此度の噂は真実であったらしい。ドロシーは几帳面に、神経質らしく正しい面積を求め、切り分けた茸の丸焼きを前にぶつぶつと独り言をまぶす。少し、手を止めたか。


「マリアさん……中々どうして、大物ですね? 是非、月学派の道へ進んで頂きたいものですが……」

「おうおう、勧誘はっやいな? オレはよくねえと思うぜ、そういうの」

「そうですか? 早い方が他の学部より有利ですよ?」

「あのなぁ、ドロシー……」


 長く息を捨て、グエルは椅子を傾けた。ぐったりした様子で、手にした雷電走る枝を、杖みたいに振るう。パチリ、と静電気が走った。


「なんですか?」

「ほれ、魔徒が差別用語になるか真剣に議論したよな? あれとおんなじだかんな。とはいえ、だ。オレも憧れた口だからあんまし言えねえワケだが……」


 グエルは雷電小枝に、燃える果実を突き刺して口に放った。咀嚼すれば口端から火が漏れ、電気が走る枝をドロシーに定めた。


「ドロシーの悪いところだな、合理性ってのは人生の指標にはなっけど、娯楽には繋がんねえぞ?」


 作法なぞ欠片もないが、嫌な感じはしない。不敵な笑みにドロシーは眉を上げ「いつにも増して、余計なお世話です。わたくし、弁えておりますから」と、ぴしゃりと言い放った。


 マリアはなんとなく修道院の空気を思い出し、くすりと笑みを溢す。二人の様子は先輩や後輩、様々な人種と年齢が集まった修道院の賑やかさに重なったのだ。特に、仲良く対立する姿は記憶にも新しい。


「マリアさん、気を悪くしないでくださいね。わたくしは、かの方との繋がりだけで勧誘したのではありませんよ」

「どう見ても、そうだったがなぁ? あーやだねー、投資主義だねー?」

「その、わたくしはただ……かの方が信じた彼女を信じただけで……他意は……御座いませんわ」


 胡桃の瞳はグエルの真っ直ぐな眼差しから逃げ、手元の茸に注がれていた。


「ま、そう言うことにしてやんよ。じっさいさー、マリアちゃんはどうなんだ?」


 マリアはパンをちびちび齧っていた手を止めた。ちょっとだけ悩む。


「その……あんまり分からないです。あの人は、なんと言いますか……すごく……」


 カレイル辺境伯は変わり者だ。


 マリアの知る限り、畑仕事を手伝い泥だらけになる領主である。しかも加えて、無理難題や意味不明な厄介を押し付けたりする人物であった。橋から飛び降りたり、何故か素手で教会の鐘を鳴らしたり、どうやっても上手い一言が浮かばない人柄をしている。


「うーん……すごく……なんとも……」


 なのに狼が出れば狩人より率先して森に入っては、狼を仕留めて丸焼きにして振る舞い。釣り人と共に海辺に赴けば、釣果を尋ね、鬼の形相で銛にて魚を仕留めふんぞり返る。そうした、困った人である。能力の高さが災いする悪戯小僧の側面と、なにゆえか外向きは神父のように大人なのがマリアの中にある彼であった。


 長い唸り声にグエルは肩を緩める。少し話題を変えてやるか、と彼なりに考え、少女に声を掛ける。


「そういやぁ、知ってるか? 怪人が出るって噂」


 にやりと口角を上げ、グエルは面白さを体で表していた。


「……怪人……ですか。その話、詳しくお願いします」


 カレイルの日頃の行いに苦悩する少女は、その一言に意識を取り戻す。妙な食い付きにグエルは快活に歯を剥いた。


「おう、怪人だ。この学園にゃあ七不思議、九不思議、十三不思議っつーもんがあってな? そいつぁ、真夜中に出歩く生徒を攫っちまうのさ」

「真夜中に……?」

「おうとも、怪人には気をつけろよー? ちっちゃいんだから一発だぜー?」


 と、怖がらせようとすれば「ありえませんね」冷静な声が話を折る。茸を食べ終えたドロシーだ。対照的な先輩に挟まれ、きょろきょろするマリアに。


「学園は部外者が立ち入りできません、それこそ、優れた魔法遣いでもです」

「そうかぁ? 魔法の学び舎に怪傑が現れるんだぜ? ふつーなワケなくねえか? 怪人だぜ?」

「ありえません、学園長がいらっしゃる限り、破れはしませんよ」


 胡桃の瞳にグエルは口を尖らせた。


「……夢がねーなー。あー、もー、ドロシーったら、大人ですわー?」 

「子供であるよりは良いでしょう?」


 二人が睨み合っていると、パンを食べ終えたマリアが声を上げる。


「攫われた人は、どうなったのでしょう?」


 不意に鋭利な質問に意外にもドロシーが言葉を詰まらせて、グエルは逆に灼眼を光らせた。手にした破天荒な食べ物を遊ばせ、興味津々な小動物へにんまりと悪戯っぽく笑う。悪さを思い付いた子供の顔だ。


「さあな、噂の怪人にきくべきじゃねえか? どうしましたかってなっ」

「グエルさん? 無為に怖がらせるべきではありませんよ」

「いんや、これは心遣いだ、ドロシー。見付かってねーんだろ、お前の友達」


 目にエーテルが滲む。


「……それは……」


 僅かな強張りを与える目線に、ドロシーの言葉は行方を迷わせた。


 灼眼は異様に鋭く、悪戯小僧の眼差しではなかった。そして、空気の軋みを察してグエルは口に食べ物を押し込んだ。小さな火を吹いて、ぎじっと椅子を傾ける。


「なんにせよ、夜中は寮にいるべきだな。マリアちゃんなんざ簡単に攫われちまうからな」

「そうでしょうか……?」

「なんか強気だな……? いんや、恐れ知らずってのは悪くねえが、いまいち危機感がないよなマリアちゃんって」

「そうですか……?」


 マリアは怪人へ鉄拳を食らわせるつもりである。カレイル辺境伯と解決した騒ぎが収まらないのは頂けないし、なにより主への背徳だ。


 夜な夜な現れ、攫い、消える。被害者が実際に存在しているならば、看過する気は欠片もない。世迷い言と笑って信じないのなら、マリアは最初から怪人を追い掛け回しはしなかったろう。


 帝都に訪れ、第一に行ったのは真夜中の帝都に繰り出し、怪しそうな場所を隅々まで警邏(けいら)するような――お転婆である。毎夜繰り出し、果てには怪人っぽい殺人鬼をぶん殴った。それはまともな田舎娘の行いではなかったが、グエルやドロシーが知りはしない事実だ。


 マリアの奇妙な食い付きや見合わぬ豪気に、グエルはちょっとだけ引っ掛かっていた。


「マリアちゃんってもしかしてさ、わりと脳味噌筋肉系……?」

「筋肉……ですか? 私は……それなりに運搬とか得意ですっ」


 ぐっと、握り拳。どう見ても貧弱だ。


「なんで運搬か知らんが、ま、夜には出歩かないようにな。こりゃ、先輩からの警句だぜ?」


 にへらとグエルは笑った。まさか繰り出しはしないだろうと安易に見積もって、グエルの灼眼は講堂にぼんやり向けられた。


 視線の先には、学徒が談笑を食む間をすたすた歩く黒猫の姿があった。ゴーレムの上に身軽に乗って、尻尾を揺らしていた。誰かの使い魔だろう、有り触れた日常にグエルはちょっとだけ退屈そうに息を逃がした。

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