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悪魔のほほえみは、罪や罰に足り得るか?


 悪魔は含意にて笑う――生きとし生きるみなへ向けし鉄槌は、主に導かれし人の証明なりや? そは、立義であろうか? 


 悪魔は悪意にて嗤う――あゝ、どうされたのだ幼く儚き乙女よ。なにゆえに御手を鉄槌とせりや? そは、人義であろうか?


 悪魔は善意にて咲う――主を裏切りはせず、しかして、人たれば裏切る愚かにして憐れなる子らなりや? そは、道義であろうか?


 悪魔は介意にて哂う――信ずるのみにて顧みず、色に傾き形こそ見失いし子らよ。尚、見えぬと言ふ給うか? そは、教義であろうか?


 悪魔は不意にて微笑う――主は、悪魔を罰しはせぬ。行いこそを罪とし、行いこそを讃えん。之、即ち真なりや? そは、要義であるか?


 悪魔は如意にてわらう――あゝ、汝が行いこそ罪と罰に値せり。ゆえあって、汝は問いを甘受せよ! 感受せよ! そは、正義であるか!


 フォルカロルの声が上下左右から一斉に迫って、マリアを包み込んだ。ゆえあって、金色が淡く。硝子のような表情も、その繰り出された囁きの群れの前では亀裂が走るもので。


 畢竟(ひっきょう)、戸惑ったのだ。信仰が綻んだのは、その囁きが正しいからである。教会の敵であっても、悪魔を恨み根絶やしにはしていないのが現状だ。それは何故か、簡単な話である。実に単純で、悪い事をしてない奴をどんな理由で咎めるのか、と。


 生きている事こそ罪で、罰であるならば。否、マリアは揺らいだのだ。小さな拳で、確かに絶った命の感触を思い出してしまったから。拳が解けて、よろめいて、積み重なった古書の束に背をぶつけた。床にぶち撒けられた本達の騒々しさに伴い、逆に光は急速に萎んだ。


 だからなんだと言うのか?


 マリアはそれでも――そんな些細な悩みは重々承知していたから、拳を固めて来たのだ。どうにか、と琥珀が景色を探る。闇に落ちた辺りに首を回して、フォルカロルの姿を見付けようと躍起になっていた。でもそれは先程の狂ったような目ではなくて、少しだけ困ったような目をしている。


「マリアくん……?」


 エイジスはすかさずそんなマリアの手を取った。ぱっと目線が重なれば、悪魔の垂れ流す戯れに落ち着かない少女はしゅんと目を伏せてしまう。年齢に似合った姿にエイジス教授は胸を撫で下ろし、終息する金の行方を流し見てから、ゆっくりと言葉を編む。


「えっと……落ち着いたみたい、だね? だよね? えっとお……自己紹介から、やり直そうかな……? いいよね?」


「……」


 マリアは言葉こそ口にはしなかったが、小さく頷いた。少女の暴走はじんわり止まった。


「えっと……ごめんね、配慮がなかったかな。フォルカロルは……悪戯ばっかりするんだ。それに、悪魔だってこともね」


 長年の積み重ねからカレイル辺境伯であれば理解が出来ただろうに、付き合いもなにもない、殆ど初対面のエイジス教授は目の前の小さな女の子に内心ビクビクしていた。そうこうしていれば本の隙間から声が響く、最初に出していた、なにか女性的な声である。


『ふむ……まるで吾輩が悪魔であるのが悪い、みたいに申されますがね。吾輩は悪魔でも、わりと人に優しくて、愛していますが』


 エイジスは消沈するマリアを見てから、反応した。


「いや、そんなつもりじゃないんだよ。ほんとに。でも、マリアくんは……信仰心からきみたちが赦せない……みたいだからさ? ぼくとしてはフォルカロルはよくやってると思うよ?」


『ほほう、吾輩の仕事に賛辞を? 苦しゅうありません、汝よ、存分に讃えてくださいませ。まあ? 吾輩はですね? 褒められると色々出てしまうものですから?』


 フォルカロルの軽薄な返事にエイジスは苦笑いを添え、暗くなった為に杖を振るう。浮かぶ四つの球体が青に染め、フォルカロルを出さんと影を立ち上がらせた。高さの違う本の影にフォルカロルの姿はなく、変わらず虚空から声が伝わる。


『ふむふむ、にしても、存外に勇ましくも賢いものです。吾輩の出会った信者なぞ、大方は歪んだ者ばかりでありましたから? 狂っているのは欠片も構わないのですけど、歪むとなれば関わりたくはないものです……経験上、方向性の違いで刺されるものでしたし? ほら言いませんかー? 人が集まれば行く先は違うもの、であればまだしも、歪むとは行く先がシッチャカメッチャカに……おや、喋り過ぎなのですね、どうぞ?』


 最後に思い出したように付け足していれば、杖先にエーテルを漂わせるエイジス教授は目を本の隙間に定めた。


「うん、まあ……いいとして。フォルカロル、姿をだしてくれないかな? 声ばかりじゃあやりにくいよ。それと、誰かと関わるなら面と向かって、とか言うだろう? きみだってちゃんとした学園の仲間なんだから、しっかりしないといけないんじゃないかなって?」


 フォルカロルは数秒沈黙して、本の中から声を染み込ませるように囁く。


『吾輩、殴られる覚えは、まあ、ちゃっかりとあるゆえ。あまり……出したくはないので御座いますがねぇ。吾輩、こう見えて弱っておりますので?』


「きみが? 嘘だあ。学園を迷宮にしておいて、そうやって簡単にいっちゃうあたりさあ、ほんとにそう思ってそうなのやめてね……困るから」


『吾輩は過度な卑下はしませんとも? それに? 迷宮は大して労を費やしてはおりませんので、一から創るとなると投げ捨てますが――と、そろそろぉ……宜しいのではー、ないでしょーう、か……? エイジス教授? 汝の思い遣りは其処までにして、本題に入りませんか?』


 女性的な声、しかし、女性とは呼べぬ。男性的、と言われたらそうとも聞こえる。曖昧な声質は朗らかに尊大で、和やかに謙虚である。何処から届くのか心底に掴めない声をそのままにして、どうしてか落ち着いたマリアに立ち戻ってエイジス教授は提案に首肯する。


「うん、フォルカロル。きみは、この子……マリアくんがどう見える?」


『ふむ、ふむ……? そうした話はフォルカスとかダンタリオンに問うべきですがね。こうした話を好みますから。ああいや……? 今の吾輩も本片手に思慮に耽ってばかりなので、さして違いが……? ふむ? まあ良し、としましょう。なんです? 要するに哲学で御座いますか?』


「いいや、違うけど……? えっとね、そもそもの話をした方がいいかな?」


『ええ? 汝の考えが汲めぬ吾輩で御座います。あのう、エイジス教授? 吾輩、学内の事柄は随時に知悉しておりますが? 例えば厠も、気になるあの子の更衣室までも。なんなら、気になるあの子の下着姿を語りようもありますがね?』


「あのさ、ぼくをからかってない? やめてよね、ずっとそうやって茶化してさ? ぼくを子供扱いするじゃないか。これでも今年で二十八歳だよ……さすがに、赤面とかしないよ」


 エイジス教授はウィッチハットの端を摘み、長く息を捨てる。フォルカロルは本の隙間から彼を観察してから、こう続ける。


『オリアナ嬢は流行りの下着姿をたまーに、しております』


「ふうん、そうかい……ん? 流行り……? ドロワーズしかなくない?」


『おや、ご存じてない? 巷では流行っておりますよ? ドロワーズは丈の短いスカートではみ出すので、いっそ下着を短くするようにしていたり。想像するなら、ドロワーズの丈をばっさり切断しまして、なんとも大胆なる――三角形と申し上げましょうか――薄手の、向こう側が透けるような材質で作られたものです』


「ごひゅッ!? それは意味があるのかな?!」


 エイジスは咳き込み、暫し。喉の痛みを押し込めて、彼は咳払いをした。小さなマリアの前である、途中で悪魔の囁きなぞ遮るべきであったか。本題が、と言った癖に之である。やはりどう考えてもフォルカロルは虚仮にせんと策を弄するので、常識を照らし合わせてはならないものだった。


 彼は緩む気を取り直そうとする。本題があるからだ。でも、増えた疑問が引っ掛かる。指に刺さった木屑が抜けないような感覚だ。仕方がないので、フォルカロルに問うべきだと改めて。


「ちょっとした好奇心なんだけど。なんで薄手なの?」


 深い意味はなくて、フォルカロルが迂遠な言い方をするものだからエイジスはまんまと術中に嵌まるのだ。膝丈までと言わず、腰まで沼に落ちたように。彼は若く、素直でまともであるから。


『いやはや、エイジス教授ともあろう叡智な人が見抜けぬとは。それはどのような深遠なる真理でありましょうか?』


「うーん……? なにか、こう、合理性や整合性があるの……? なんだろ……? あ、風土のまじないとか、かな?」


 勿体振った前置きをするフォルカロルにエイジスは首を傾け、直ぐに思い付く答えを提示する。その応答に待ってましたとばかりに悪魔は喰らい付くのだ。満を持して、フォルカロルは意気揚々でありつつ優雅に語る、否、騙る。嘯いて、欺かんとするのである。悪魔らしく、であって、慎ましく。


『無論、この理はドレスにこそ解はありましょう? 肌の透ける魅惑のドレスであっても、流行りの下着たればドレスに形や色が浮かないものであります――不思議そうなお顔ですこと……要約しますがね? そうした姿はどうにも吾輩には夜の街で手招く娼婦らのように映るものでして? いまどきの学徒とは過激で御座いますね? ご理解頂けます?』


「ううん……?」


『若い子達はですね、真っ裸みたいなもんなのです。赤子のようで御座います、あ、オリアナ嬢もです』


「ゴフッ……! ほんっ、だいっ……に戻ろう! 本題を話そう! そうしよう! きみはほんっとに、悪魔をしてるよね! これは悪いことだよ! ほんっとにね!」


 びしっと指差した。マリアはそうした会話に反応がない。繋ぐ手は妙に冷たくて、エイジスは困った友に四苦八苦しながら脳裏では気付いていた。悪魔の囁きに思考が硬直し、正に陥った生徒の前である。だから教授として導かねばと再確認する。


『むむ、どっからどう捏ねても悪魔でしかないでしょうに。それに? 吾輩、問われ答え、応じたのみですのに……あんまりでは御座いませんか?』


「だからっ! ほんっだいっ! もういいよほんとにしつこいなぁあきみぃ!」


 エイジスは杖先で近場の本を叩く。表紙に積もる埃が舞った。


 やれやれ、とばかりに悪魔は喉を鳴らす。随分と軽々しいもので、マリアに向けたものとはまた声質も性質も違っていた。なんなら初めにあった探るような様子もなく、適当で素直で裏がない言い回しであった。


 エイジスとフォルカロルは腐れ縁と呼べるだろう。一応、そこそこに。仲良しではないが仲は繋いでいる、思い、エイジスは肩を今日も今日とて盛大に落とすのだ。

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