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初授業 三


――パァンッ!


 直後、鋭い破裂音が響く。ヨシュアの頭上を飛んでいた的の一つが大きく弾かれたのだ。的は壁に激突し、粉々に砕け破片を床にばら撒いた。


 テリトレーヴが、標的に集中していた姿勢を崩し、砕けた的を睨め付けていた。宛ら、猛禽類を彷彿とさせる真っ青な瞳は次の的を追っていた。


「おいおい、危ないじゃないか。壊したら補充がないって知ってるだろうに。そうまで張り切らなくても、君の腕前はさっきからよく見えているよ? 君も誇示したい系かな? 勘弁して欲しいね」


 ヨシュアは教典を少し下げ、隠した顔の半分だけを覗かせてテリトレーヴを射抜いた。テリトレーヴは彼の皮肉に目も合わせず、鋭い爪をした手に持つ杖を確かめているようだった。


「……的は、一つ壊れても問題ないわ。標的は他にもあるし」


 短い返答だ。ヨシュアは心底辟易したように教典を閉じ、机から足を下ろした。


「君は、さっきの……鉄拳……いや、女の子と一緒にいたね? 知り合いかな?」


「同居人なのよ」


「ふうん、そう。じゃあ、あれについて何か知っているか期待するのは的外れかな? 君の【青】も、変わってるのに注目はあの子が持ってっちゃったね?」


 テリトレーヴは再び杖を構え、次の標的に狙いを定める。彼女の青い光は、周囲の貴族達が放つ光よりも遥かに濃く、純粋で、揺らぎがなかった。


「そう。アタシはマリアの友達、それだけで良いもの」


 テリトレーヴが放った魔力弾が、次の的を正確に撃ち抜いた。煙を上げ、高度が落ちて行く。


 ヨシュアは言葉を呑み込んだ。この少女は、リィナのように怒りや自尊心で動かない。直向きに実力と合理性のみで世界を構築している。


「なるほどね。群れず、権威を認めず、ひたすら実力を磨く、か。君のような子は魔法よりは魔動向きだろうけどさ。いつだって、求めたものばかり遠いものだけれどね」


 彼は態とらしく嘆息し、椅子に背をゆったりと預けた。足裏で机の角を蹴って、ゆらゆらと傾くと。


「学園にはね、君や、あの子のような……既存の枠組みに収まらない特異点が必要なんだろうと思うんだ。だけれど、特異、異端、異質なものは周囲から見れば『異物』で『異常』で『常軌を逸している』訳だけれど。その危険性は君が一番知ってはいないかな? 『魔徒』である君がね」


 煙を上げる的を見て、破壊する程に込められたエーテルの質量にヨシュアは喉を鳴らす。リィナや取り巻きの貴族が放つ魔力弾は、鮮やかな色と同じく、華やかながらも技術的に未熟で『割れる』ような不協和な音を立てていた。対照的に、テリトレーヴの青い魔力弾は正確に的を打ち、空気を『穿つ』ような硬質な音を響かせている。


「……決闘なら受けて立つわよ」


 今にでも墜落しそうなそんな瀕死の的に、テリトレーヴが無造作に振るった杖から解き放たれた魔力弾が正面衝突する。エーテルの塊に触れると的は即座に粉微塵になってしまった。床に散らばる様子に反し、ヨシュアは酷く落ち着いていた。


「いいや、僕は偏見はない方かな? ただ、この学園でも変わらない真実を教えようかなってね。誰も君を守らないし、誰も君を助けない。君のその孤高は、時に命取りになる、そうに決まっているんだよ。何時も、他の誰かで、君にじゃあない」


 テリトレーヴは手を止め、初めてヨシュアの顔を見た。その青い瞳は、なにも感情も映していないけれど、僅かに怒りが顔を出していた。


「それは、貴族の派閥に属さない者への脅し? 貴方の派閥に下だれ、とでも?」


「まさか。これは親愛さ。僕は独りが性に合う質でね。面倒な貴族の派閥を気にせず、存分に研究に集中したいかな? 君は知識を得る為に、この学園に来た訳だ? なら派閥なんて面倒ものには関わらないようにすべきさ。まあ、もっとも? 関わらないようにするには関わられない説得力が必要なんだけれどね」


 ヨシュアは再び教典を広げ、読み進めるふりをした。頁を捲るが、目は文字列をなぞってはいなかった。


「さて、つまりはだ。テリトレーヴ嬢の知る『格差』と『因縁』の話になるんだけどね。君のその『願い』は叶うべきで届いて欲しいけれど、そうなると本当に思うかい? この学園なら、この『異界』でならばって期待してるだけかい?」


 テリトレーヴは目を細め、静かに答えた。


「揺さぶりは無駄よ。アタシは、面白半分で騒ぎを起こす子供に付き合わない。アナタもしたら? 暇なら」


 彼女はそう言い放つと、再び空中の的に目を向けた。その言葉に、ヨシュアは教典の陰で微かに口角を上げた。


「暇ではあるけど、いや、まあ、そうかもね。そうだとしようか? 僕は嫌われたくて関わる人間だけど、君や、あの子には惹かれてるのさ。本心からね、殴られた恨みもある」


 ヨシュアは彼女に話し掛ける訳でもなく、教典の頁を優雅に捲った。


 【正色教会:新約正教典】より抜粋。

 第十一章:献身の真価

 主は幾万もの道を進みて聖域へと至れば、その贖罪によつて之あらゆる咎をお赦しくださろう。その丘、巡礼の道は険しく遠きもので「あゝわたしは試練を前に挫けよう」と、信徒は云う。


 之にジェイコブ「主はわたしたちをお見捨てになられない」云うて、之と丘を指差す「主は我々を試すのか」云うば、之、主をおとしめん。

 丘よりておつる一山に、もろ足を挟んでしまつたと「あゝ之では丘を登れまい」と云うば


「神は試さず、試練はわたしたちの原罪にあつて、之、神は憂うと云う」ジェイコブは岩下の友を助ければ、そうして、丘よりて光が入り、主は聖域へと至らんとす信徒ジェイコブへ馬車を与え給うて、丘の道を示し給うた。


「……はぁ、やれやれ……学園ってのは面倒だな……?」


 ジェイコブの献身は、馬鹿馬鹿しいものだろうか。ヨシュアは残り二つの的をちらりと一瞥し、誰にでもなく溢した。彼は目を閉じ、頁を挟んで唇を重ねた。「主は我々を試すのか、と信徒は問う。だが、試練はわたしたちの原罪にあつて、神は憂う、か」嘯き、唇は弧を描く。


「僕の憂いは、下らないものばかりだな」


 教室に響くのは雑多で多種多様だ。テリトレーヴが放つ規則的で勝ち気な魔力弾か、派手で無駄に華やかなリィナの魔力弾ばかりが目立つものだった。

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