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初授業 ニ


 テリトレーヴは奪っていたマリアの杖を自分の机にゆっくり置いた。帝都でも見掛ける杖だ、特別ではあるだろう。杖は一点物で、同じ作り方をしないものだ。材質は、相当の古木ではある。殊更に珍しくはない、テリトレーヴの持つ青い杖よりは有り触れた杖だ。


「……」


 マリアが立っていた場所の床を覗き込む。床が傷付いたりはしていないが、微かに冷たい空気が、まるでなにかが空間を食い破った後のように滲んでいる。


 テリトレーヴは一瞬ひんやりと冷えた自分の首筋をそっと撫でた。魔力放出による体温低下ではない、魂に直接触れるような不快な冷たさだった。羽根がぞわっと立ち上がるのを抑え、ヨシュアと呼ばれた青年を探した。その姿は思ったより簡単に見付かった。


「こんがらがってるね、学園らしく、本当に本当に、教員もまともじゃないのかな?」


 空色の髪をした青年、ヨシュアは辟易する嫌味な顔で辺りを見渡し、腰に手を当て愚痴を吐いている。自席の近くで立ち、マリアや教授の一悶着に飽き飽きしているようだ。


「ほら君達……自主だとさ? やったら?」


 肩を竦め、歩を繰り出してその場で小さく歩いていた。


「まさかまさか……初授業でこんな横暴をされるとはね? ほとほと呆れちゃうね、考えられるかい? 学生を放置して教授ともあろうお人が授業放棄さ。バッカバカしいったらないねー、そうは思わないかい君達? まあ、なんでも良いけどさ?」


 貴族達の喧騒を抜け、彼は歩を鳴らす。空中に浮かぶ的を見やって、愚痴を追加する。ふわふわ浮遊する的に杖を向けるでもなく、彼は自席に向かって、到着すれば腰を休めてしまう。大仰に座すと、机に足を投げ足を組んだ。刺さる視線に舌打ち一つ。


「なに? 君達はしたいんじゃないの?」


 周囲、特筆して派閥を形勢している貴族達を空色の瞳で穿つ。ヨシュアは悪辣に、全力の悪意を言葉に乗せる。声の節々から小馬鹿にする雰囲気が滲み混濁しているのだ。


「んー? あぁ、そっかあ。君達って魔力弾すら練れない無能なんだ? 仕方ないなあ、こんなの出来て当然なんだけど……? いやぁ貴族なのにそれすらやれないのかい? 一体全体、そんなんで貴族を名乗るなんざ恥ずかしいったらないけどね? まあ? 得手不得手はあるもんだからねえ?」


 やれないんだねえ、と付け加えて。頭に両手を回した。歪む唇を前に、一人の貴族が立ち上がった。それは令嬢だ、新入生のローブをしていたのは屈辱――学園長による罰――をもう受けない為であろう。であっても、ローブ下は令嬢らしくドレスを纏い、強調された胸部を強気に突き出していた。豪華な白い杖を操り、ヨシュアの不遜な顔に突き向けた。


「ローライト家のご子息さまは授業に参加しない、と? 傲慢ではなくて?」


「傲慢かなあ? 僕はしないだけ、それが傲慢になるなら、そうなんだろうね、君の中では……さ。んー、それより君、名前は? 興味がなくて知らないんだけど?」


 挑発は忘れずヨシュアが言えば、彼女は見事な流行りの髪型を靡かせ、胸を更に張った。


「あら失礼? ワタクシ、リィナ・フォン・シュヴァリエ・レフェンタリーと申しますの」


 会釈は手慣れたものである。


「ふうん、五大貴族様がなんのようかな? 僕は何回でも言うけど、自主勉学なら参加はしない。それに、傲慢だとは思わないよ」


 ヨシュアは態度を改めず、リィナの取り巻き達を見て鼻を鳴らす。五大貴族の令嬢に付き従う、格下の貴族達だ。令嬢派閥は陰湿でくどいものだが、その姿にヨシュアは不愉快そうに片眉を上げた。


「僕はね、君みたいな貴族のなんたるかも分からない恥知らずとは違う。それとも、君はあれかな……? 群れなきゃ僕に話しかけられない感じかな? ああ! こりゃ失敬っ! 考えが至らなかったよ」


「……」


 ぎしり、と空気が凍った。リィナの浮かべる笑顔はぎこちない。不格好ではあるが、金髪を手の甲で払い余裕を演出する為に腕を組んだ。その鋭い翡翠にヨシュアはまたしても鼻を鳴らし、机に足を投げたままに挑発を続ける。


「レフェンタリーと言えば、昨年の婚約破棄は語り尽くせないよねえ? なんだっけ? 君の姉上ではないかな? もしかして第二王子様目当てで来たのかな?」


「……。ローライト家の汚点とワタクシを比較しても、お話になりませんわね?」


 くすくすと笑い、彼女は杖を回す。突風が吹いた。宙を舞う的、一つに不透明な一撃が刺さると的は奇妙にも反動を受け、壁に激突する。取り巻きは拍手を送るが、ヨシュアはつまらなさそうに鼻を鳴らす。そんな彼に杖先を定め、リィナは翡翠をチラつかせた。


「貴方は魔力弾すら放てませんの?」


 ヨシュアは「はぁ」と盛大に息を空中に放り投げる。リィナが口を開く間際、態々被せるように。


「僕の自主勉学は『今』にないのさ、誰かさんとは違ってね? 誰かの手本になるつもりなら、エーテルの収縮、放出のコツを教えた方が良いと思うけどね? ああ、どうせ君みたいな子は『感覚』とか『経験』とか曖昧な言葉で『才覚』に頼ってきたから『誰かに教える』なんて真似出来ないんだろうけどさ?」


 一言に対し、ヨシュアの口撃は過剰だ。そしてそれは鋭角にリィナの自尊心を逆撫でするのだ。図星である。魔法は気付いたら使えたものであり、使う事にノウハウはない。こうすればこうなる、漠然とした存在だ。リィナの無言にヨシュアは初めて口を緩め、他の生徒達の進捗を伺い出した。


 テリトレーヴがふと、長椅子から立ち上がった。彼女は空中の的へ、手に持った自前の杖を軽く振る。青い光の魔力弾が一直線に的を穿ち、その反動で的が大きく揺れた。彼女は貴族達の争いを一瞥だにせず、再び杖を構え、黙々と標的に据え、集中し始めていた。


 彼女の動きに伴うのは奨学生や、貴族でない者達だ。エーテルを練ったり、四苦八苦しながら杖を空振せている。リィナとヨシュアは牽制し合ったまま、生徒に敢えて聞こえる声量で。


「……リィナ嬢は、その的外れな一撃で、みんなになんて言いたかったんだい? 力を誇示したいだけとは言わないよね、まさかあ? それとも見て学べ、とか素っ頓狂な言い訳でもするのかい? このご時世、理論もなく体系化もしないのは怠慢だけどねえ?」


 粘性のある嫌味にリィナは答えず、憎しみを込めて空中の的に一撃を叩き込んだ。激しい音と風にヨシュアは目を細めた。


「皆様? 魔力弾とは、憎き者へ平手を叩き込むよう、丹念に練り上げますのよっ! ワタクシにつづきなさいなっ!」


 リィナの鼓舞が、撃ち抜かれた的の周囲で呆けた生徒の背を押した。貴族や平民、階級の差はない。学びとは、公平なものだと語るように。


「リィナ嬢の言葉に付け足すなら、自身を弓、杖先に集めたエーテルを矢と考えると良いよ。引き絞って、放つ訳さ」


 ヨシュアの声に生徒達は頷き、次第に多彩な魔力弾が飛び交い始めた。教室は急速に自習という名の混沌とした競争の場へ変貌していく。ヨシュアは一番大きな派閥であるリィナを焚き付けてから、やっと静かに出来るとばかりに、自席に深く座り直した。


 リィナの派閥が放つ緋や薄緑の光は、どれも強い香水のような甘いエーテルの匂いを教室に充満させるようだった。彼等の魔力は貴族の嗜みとして磨かれた美しさを優先し、実用性や純度を二の次にしているかのようで、粒子が粗く見える。ヨシュアは興味が失せたのか、軈て(やが)懐から古本を取り出して、机の上の足を組み直した。


「……【黒】ねえ……?」


 ヨシュアはぼそりと吐き捨てた。その色は、ヨシュアが手にする新約正教典では忌避される色であった。異端、若しくは望まれない色であった。彼は開いた教典の表紙で顔を隠すように、混沌な教室を無視した。平和な時間を過ごさんと教典の分厚い表紙を、騒々しい貴族との間に立てられた壁のように顔の前に掲げたのだ。分厚い紙の向こう、空色の瞳は文字を追わず、単に遠くを見透かしていた。


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