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初授業


 熱の冷めぬ夜を越え、マリアは余韻に纏ったままに次の日となった。荷解きも終え、必要と言われた教科書を手にとある教室にいる。傍らにはテリトレーヴが毛繕い中で、寝癖で跳ねた羽根を直していた。


「櫛とかあれば良かったのですけど……」

「別に? 気にしないで良いわ。それに、始まるわよ」


 毛繕いを止め、彼女は肩を竦めた。促されて、生徒達の視線が集まる中心を見る。円陣を組むような長椅子の中心は、気弱そうな若々しい教授が立っている。黒板を背に、彼は大きな魔法書や用途不明な雑貨を抱えてふらふらしていた。どかっと机に置いて、生徒の視線に杖を掲げると。


「さてとぉ。おっと、ごめんね待たせちゃって。ぼくは、魔法色学ってのをみんなに教える役割になるんだけど……えっと、そんなに高度な話じゃなくてね?」


 言いながら杖を振るえば、青の光が杖先に集まり、黒板に文字が走った。


 【魔法学】

 三原色に付いて。


 そう書かれた。貴族達は少し退屈そうで、マリアのように目は輝かせてはいなかった。帝都で学ぶ内容にしては初歩的ではないか、と野次に似た視線にエイジス教授は気にした素振りなく杖をまた回す。青の光はエーテルだ、きらきらと鱗粉のように舞っている。最前列に座るマリアに教授は気付き、少し笑うと大きなウィッチハットを揺らした。


「魔法にはね、色があるんだ。赤、青、黄ってね? 細かく話せばもっと派生したりするんだけど……色の違いってのは原色(オリジン)、源流の違いになるんだよね。エーテルの持つ特質や属性が違うから……」


 杖を振るえば、彼の黒髪を照らす仄かな光が集まった。指先に、まん丸な球体。それは水のようで、然し単なる水のように透明ではなかった。真っ青な球体だ。反対側が見透かせぬ液体をふわふわさせたままに、エイジス教授は口を開く。


「ぼくは、見た通り【青】だね。今回の授業は皆に自らの【色】を把握しようって感じで考えてるんだけど……エーテルの放出は出来るかな? あ、杖あるよね? 心臓あたりに力を入れて……」


 エイジス教授は解析しながら、生徒達を見渡した。貴族達は様子見か、自前の杖を手に他の生徒を見ている。テリトレーヴとマリアは互いを見て、一応持参した杖を手にする。なんの変哲もない杖だが、テリトレーヴやマリアには馴染みがないものだった。


 マリアは杖を手に首を傾げた。


「……エーテル……?」


 マリアは瞼を閉じ、一頻り唸る。杖先からはなにも出はしなかったが、唸りだけは続く。そんなマリアの肩を叩き、テリトレーヴが。


「アナタは何色?」

「……色……と言えば、金……でしょうか?」


 教典を読み、信徒として神罰の代行をした際に身体から滲むのは金色だ。背に、瞳に文字列が走りエーテルが無尽蔵に噴出する。自らが光っている自覚もあるので、マリアは何度か確認するように頷いた。そんなマリアに、テリトレーヴは目を細め。


「アナタ、ただの信徒じゃないでしょ?」

「……どうしてです?」

「金は珍しいからよ、しかも教会関係者でも……」

「……ちょっと、よく分かりませんけど……」


 マリアは言葉尻を濁し、手にした杖に目を向けた。杖からはなにも出ない、力を入れた場所が悪いのか判断が出来なかった。力を込めれば杖が軋み、慌てて力を抜いて、打つ手がないので天井を一度見詰める。


 考えられる方法、或いは【力】の使い方に悩んでいた。先輩修道女からは、良いからなにがなんでも主へ祈れ、と、鉄拳にて教育されたものだ。思い出せば、分厚い教典を凶器とし、学ばぬ阿呆に投擲する修道女達でもあったか。


「……んー」


 事実、之までの人生で鉄拳を固めればどうにかなっていた。今更、杖を使えと言われても困るのだ。こんな木っ端では異端者の頬を撃ち抜けぬものだし、踏み込んで顎を蹴り上げた方が早いだろう。とは言え、マリアは魔法経験は積みたい。好奇心もあれば、憧れもある。吟遊詩人の語る偉大な魔法使いに。


「……むう」


 周囲では不慣れな生徒を馬鹿にするように、派閥形成した貴族達が各自杖を振って、自らの色を誇示していた。緋、薄緑、紫、白と様々な光を放っている。テリトレーヴを見れば、真っ青な光を杖に灯していた。きらきらしたマリアの琥珀にウインクして、誇らしそうにしているではないか。


「エイジス教授さまと同じですね?」

「そ、アタシは【青】よ。他には混じってないわ」


 エイジス教授もテリトレーヴの放つ真っ青で不透明な光に頷いていた。続けて、杖を光らせられていない生徒達を見て、彼は小さな背を伸ばす。


「さてと? コツは色々あるんだけど……一番は……心の中を覗くように……みんなの中に眠っている色を……触るように意識してみて……? ほら、目を瞑って? 大丈夫、ゆっくりとね」


 演奏するように空中に幾つもの球体を浮かべながら、エイジス教授は言った。マリアは言葉に従って、深く目を閉じる。


「むむ……」


 中、もっと深く。色を探す。好きな色は金だ、主の纏う色。聖域を包む色だ。脳裏で教典を諳んじて、集中する。一瞬、世界が見えた。


 聖域だ、温かな金色に染まった。


 杖先に集中すれば、周りの音が遠退いて行く。心の奥深く、水を打った静けさに隠れたそれに触れる。じんわりと熱くなる指に。


――ごきげんよう。


「ッ!」


 脳裏、否、背中を舐め上げた悪寒。冷や汗が噴き出して、思わずその場で立ち上がった。ざらざらとした、鼓膜を震わせた不快な声に顔を歪め、マリアは誤魔化すようにテリトレーヴを見て。


「……?」


 テリトレーヴが見詰める方向に違和感があった。辿れば、真っ黒な光(・・・・・)があった。


 揺るぎない【黒】だ。


 杖先を呑み込む、景色を抉るような穴があった。マリアの持つ、杖から鋭い閃光が迸っていた。その光は、黒い。眩しくはない、だが目を背けようがない色だ。


「マリアっ」


 マリアの杖をテリトレーヴが奪えば、光はぱったりと消えた。だが。


 辺りは奇妙な静寂だ。近場の人間は椅子から転げて、貴族達は悍ましいものを見たとばかりに小声を交わして、なにより。なにより。


 困って、辺りをきょろきょろ見渡すマリアに、エイジス教授も杖を操るのを止めて、硬直していた。


「き、きみ……? あ、きみは例の……いや……でも血筋は……。ああ! きみたち! ちょっと予定が変わった! 用事が出来たんだ。ごめんね、通るね!」


 生徒達の合間をひょいひょいと抜け、慌てた様子でマリアの手を握り。


「あ、あの」


「ああ違うよ、きみは悪くない。凄いことなんだ、だからこそ、きみに教えられる()ぼく(・・)じゃなれないんだ!」


 静かに五月蝿く、エイジス教授は興奮したようにマリアを引っ張って行く。呆けた生徒達に振り返ると、杖を振るう。教卓の上に置いていた魔動機が起動した。丸い風船のような機械である。四つ宙に舞い上がると、不規則に教室を飛び始めた。


「みんなごめん! ちょっとこの的を狙って攻撃とかしてて! あ、きっとヨシュアくんとかみたいな伯爵家の人なら分かると思うからっ! 詳しくはきいてっ! 自主勉強しててっ!」


「あ、あの!」


 マリアを引っ張って、扉を蹴るように開けたか。ざわざわとする教室にもう一度顔を戻し、エイジス教授は釘を刺す。


「人には向けないようにね? 魔力弾でも、当たると痛いから。あと! 魔法は使わないようにっ! いいかな? 決まりだからね? 破ったら怒るよっ! いいね!? 信じるよ?!」

「あの、一体どこに――」


――バタンッ。


 言い切ると困惑するマリアを引っ張り出し、強く扉を閉めてしまった。暫く、沈黙が続いたか。


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