大宴会
新入生の群れは、赤髪の青年グエルに導かれて会場に足を踏み込んでいた。道中――怪しい液体の入った瓶を投げ合う生徒や、貴族と平民の殴り合い――目新しい刺激はあったものの、比較的平和に辿り着いた。先導に追従する新入生達は、開かれた扉の先に思わず声を上げていた。
「うわ、すごい……」
「流石、学園だな」
驚きと期待だ。上を見れば魔導箒に跨る上級生達が絶えず過ぎ、多彩な川となっている。ちらほらと相乗りしている生徒もいて、新入生に手を振って自らの属する学年毎に集まっていた。
大きな部屋だ。真上を飛び交う生徒も数百人は存在するだろうか、新入生達が忙しない風景に立ち止まってしまうと、先を歩いていたグエルが「足を止めんなー、お前らが一番集まるのおせーって言われんぞ」と釘を刺した。
新入生のローブをやっと纏った彼等ではあったが、中には纏わない人間もいる。貴族の中でも自尊心、或いは自己顕示欲が高い者達だ。そうした彼等はグエルの小言にむっとした表情をして、ポケットに手を入れて反骨精神を露わにする訳だ。然し、グエルは彼等を特別責めもしないし気にもしてはいなかった。
巨大な広間には、長大の椅子と机が幾つも並んでいた。見渡せば、新入生達の席らしき場所だけがぽっかり空白で寂しいものである。上級生達の好奇心や親切心が混ざった瞳を受けながら、彼等は長椅子へと腰を降ろした。全員が着席したのを確認するとグエルは「じゃあな、オレはここいらで戻るわ」と早々に立ち去ってしまった。
その立ち去り方も、肩に担いでいた魔導箒を俊敏に手繰って、同時に、無駄に大胆な操作で空中を三回転しながら吹き飛んで行くものだった。あんまりに人間らしからぬ空中舞踊に呆ける新入生へ悪戯っぽい笑顔を振り撒いて、グエルは本来居るべき五年生――赤いローブ――の列に戻っていた。
新入生のざわめきより、上級生達の方が騒がしい。大広間に反響する雑談は多種多様で、内容も日常的なものから専門的な内容も綯い交ぜになっている。混沌であり、尚、賑やかで明るい空気に新入生達もそわそわしていた。
「……ふう」
こうした空気の中、マリアは呼吸を整えて天井を仰いで心を落ち着かせていた。
巨大なステンドグラスに、壁に吊るされたランタン、机に並ぶ豪華な食事。生徒一人づつに配られた食器に、ナイフやフォーク。そのどれもが新鮮で眩しかったのだ。大皿に盛り付けられた食事も、蒸した芋、丸焼きの鳥、見た事もない骨付きの巨大ステーキ、少し毒々しく煮えるスープや危険な色をした茸。飽きのない品揃えである。
生徒達は目の前の食事に目を輝かせはしたが、上級生達が机の先、ステンドグラスを背にした席を見ているのを確認して手を出しはしなかった。無論、食い意地から手を出そうとする人物は少なからず存在はしていたが、隣から制止され渋々フォークとナイフを手にするだけに留まっていた。
上級生達の見る先は、教員の席だろう。中心には玉座のように皮椅子が一つ、それに並ぶように長椅子と机があった。教員達は既に座してはいたが、肝心の真ん中の席には誰もいなかった。マリアは気になって、手暇を埋めるようにテリトレーヴへ声を掛けた。
「学園長さんがいらっしゃらないようですね?」
「そうみたいね」
「にしても、凄い豪華です……ほとんど知らない料理ばかりで、困っちゃいますが。大皿から取り分けるのは助かりますね」
「ふうん、そう? アタシは皆と食べる機会は少ないから、慣れないわ。でもそうね、たまには悪くないのかも。アナタはどうして慣れてるの?」
「えっと、私のいた教会の話なんですけど。皆で集まり、大皿から取り分けて、祈って、食べるんです。よく、他の子のも取り分けていたので……」
マリアが気恥ずかしそうに笑えば、テリトレーヴは「ふうん」っと軽く頷いた。そうこうしていれば、新入生達が俄に騒々しくなった。原因は探るまでもない、玉座に何時の間にか座る男に気付いたからだ。長い枯れ木の手足を高価なシャツとスラックスで繋いで、病理に苦しんでいそうな美女な男性は、不遜に足を組んでいる。
大きな広間に集まった生徒達を見渡し、満足そうに頷いていた。ややもすると、学園長ラプラス・フォン・コルモゴロフは手を重ねた。
「――我の学び舎にようこそ新入生達よ、歓迎しよう。そして次に、ローブを着ていない者には相応の報いを受けて貰おう」
指を鳴らせば、ローブを着用していなかった生徒達が小さく悲鳴を上げた。マリアは様子を伺うが、状態は今一分からなかった。学園長は肩を竦め。
「なに、初回の失敗は笑って許すものだ。一日、語尾に『私は馬鹿である』と付くだけよ。寛大であろう?」
慌てて口を押さえる生徒達にそう笑って、学園長は手を叩いた。
「些事はともあれ、だ。我が校の方針は自由である、自由だからこそ責任は追わねばならん。それを努々忘れなければ、それでよい。若人の可能性を潰すような輩は存在しないと願うが……前置きが長くては場も白けよう。先ずは担任となるソドム教授から始めなさい」
学園長は優雅に教員席の一人に目線を送った。学園長の合図に、若々しく爽やかな教員が立ち上がった。薄い緑の髪をした、すらっとした男性だ。見た目はかなり若く、教員らしくネクタイをしていなければ生徒と判別出来そうにもなかった。彼は新入生に会釈して。
「ご紹介にあずかりました、ソドム・ファウストと申します。これから私は、君達と六年間を共にします。私の担当科目は魔導学全般となります」
頭を下げれば、上級生達が拍手を送った。遅れて新入生も拍手を送る。次に、他の教員達も立ち上がった。
一人は、凄く小さな女の子だ。真っ白なローブと大きなウィッチハットで全身を埋め、真っ青な瞳を輝かせている。顔は氷のように冷たく、生徒達を見渡すと甲冑に包まれた腕を振って。
「ワシは魔法戦闘全般じゃ、新入生から三年生まで必須科目となっておる。今年の火の粉祭りの統括でもあるな」
甲冑に包んだ両手を腰に当て、平らな胸を張った。鼻息強く言い切ると、また横で待機する若々しい教授に顔を向ける。碧眼に睨まれた教員は苦笑いを浮かべ、何回か会釈しながら。
「ぼくはエイジス・ノクターンです。きみたちと一番歳が近いかな……? ぼくの担当は魔法色学って……言ってもあんまりピンと来ないよね……? えっとね、つまり魔法学の基礎とか歴史とかだね。歴史と言ってもやはりピンとは――」
「エイジス殿、冗長ぞ。若人にはこう言えば良い。ワシが特化、エイジス殿は基本だとな。ワシの講義では腕や足はなくなるやも知れんが、学園では日常ゆえ慣れて貰おうっ!」
表情は薄いが、ちんちくりんな魔女がエイジス教授の言葉を遮った。エイジス教授は苦笑いを浮かべ「まあ、そんな所です」と同意して。他の教員が挨拶するかどうか、と言った間を更に野太い声が遮る。
「他の教員の紹介は後日とする」
新入生は、エイジス教授の穏やかな物腰に安堵し、ソドム教授の爽やかで紳士な振る舞いに期待し、そしてエルル教授の手甲と『腕や足がなくなる』なぞ物騒な忠告に、一様に戦慄を覚えていた。
学園長はそうした彼等を見渡して不気味に唇を曲げるのだ。
「新入生の諸君はエイジス教授、そしてソドム教授、エルル教授から三年間学ぶ事となる。基本として、講義の時間割表に合わせ出席し給え。なあに、そう深く思い悩むものではない。難しくはないが……エルル教授の講義には留意し給え、死には……せんが、油断はせぬようにな」
と、心底に愉快な声で笑うのだ。新入生達の困惑をそのままに、学園長は指を掲げる。パチン、そう一つ鳴らせば大広間に浮かぶ楽器達が音楽を奏で始めた。
「今日は新たな学友の門出だ、さあ、憂うな! 誇れ! 祝杯をあげよう!」
その一言に、上級生達の口笛や拍手、雄叫びが呼応する。
音楽は瞬時に音量を上げる、華やかで鮮やかな演奏を奏でるのだ。打楽器が踊り、弦楽器も華麗に空中で回る。
「わあ……」
その姿にマリアは声を漏らした。数百の長椅子が軋む音や足踏み、ナイフやフォークが皿と重なり合う音色。地鳴りのように広間を覆い尽くす熱気に当てられ、マリアは少し落ち着かなかった。隣を見ればテリトレーヴが静かに骨付き肉を眺めていた。青い瞳を見た瞬間、マリアは一人ではないのだと安心して、ゆっくり呼吸を整えた。
「早速、私たちも頂きましょうっ」
ふんす、と鼻息。両手にぐーを作って。右や左では皆で料理を楽しむ姿があった。毒々しい茸が浮かぶ池はパチパチと電気が走り、骨付き肉はエーテルがじんわり滲んでいたり、無数に突き刺さるキャンディの木は輝いていた――細かい話は後に、マリアは目に入った料理を取り分けた。
傍らのテリトレーヴは「ありがと」と短い感謝の後、器用にフォークを手にしていた。マリアは、取り分けた料理を眺め、一度息を絞る。
両手を結って、今日も変わらず祈るのだ。
「あゝ、主よ……今日の恵みに感謝します」
テリトレーヴは料理を運ぶ手を止めず、マリアの顔をじっと見詰めていた。その表情には批判も嘲りもなく、珍しいものを見るような静かな好奇心があった。




