愛人という名のペットができました
秘密の夜会には、男女が二人で過ごせる部屋があった。大きなベッドの上で、私は裸体をシーツで隠して膝を立てて座っていた。隣の男は、私と同じ姿で肘を立てて転がっている。
「……ここには、何をしに?」
「私も好きにしてやろうかと思って……」
「出会いを求めているのでは?」
「出会いと言えば、出会いですけど……」
「ここは、初めての方が来るところではないだろう?」
「初めてだとわかりますか?」
「入口でウロウロしている方はいないから……それに、純潔の痕が残っている」
やはり、私は挙動不審だった。シーツには、赤い血が染みついていた。
愛おしそうに男が私の腰に手を回してキスをしてくる。
「ねぇ、俺と結婚して?」
「……私が欲しかったのは愛人なんですけど?」
「愛人?」
男が目を見開いて驚いた。
「だって、好きでもない人と結婚させられそうになって、自由を感じないんです。婚約者は浮気に夢中ですし……だから、私も好きにするんです。あんな男と初夜なんてうんざりですわ」
絶対にエドガー様に初夜なんてしない。
「なんだ。婚約者と別れたいのか?」
「その通りです。でも、別れたらすぐに婚約者が決まるんですよね」
レグルス様は竜騎士団を率いている。彼は血も涙もない人だと聞いたことがある。それと、特定の恋人は持たないのに、女性との噂のある人だった。
「……婚約者と別れさせたら、俺と結婚してくれるか?」
この人は本気で言っているのだろうかと思いながら、じろりと睨んだ。
「その顔はなんだ?」
「変な人だなぁーーと」
「変なのは、あなただ」
「私のどこが変ですか? 身だしなみにも気を遣っていますし、真面目だと評判ですよ?」
「だけど、迂闊だな」
「どこがです?」
そう言って、彼が身体を起こして座った。筋肉質な身体で抱き寄せてきてどきりとする。
「この場で、仮面をとってはならないと、知らなかったのだろう?」
「……意味が分かりません。同衾するのに、仮面は必要でしたか? でも、あなたも仮面を取ってます」
彼の腕の中で動悸がする。仮面をお互いに取り外して、同衾した。それの何が悪いのかわからずに困惑していた。すると、私の耳元に彼の唇近づいた。
「秘密の夜会で……そうだな、同衾する時に仮面を取ると言うことは、一夜ではないということだ。もう一度会う約束になるんだよ」
「それって……」
「仮面を取ると、相手の素性がわかる時もあるからな。だから、恋人になりたい時に仮面を取る。意味がわかるだろう?」
言わば、恋人になって欲しいという意思表示。それを相手が受ければ、相手も仮面を取る。
そんなことを知らなくて、青ざめた。血の気が引く。
好きにするとは決めたけど、大っぴらに遊ぶつもりはなくて……だから、身元の知れない秘密の夜会へと来たのだ。
「と言うことは……」
「あなたが気にいったから、俺は素顔を晒した。そして、あなたをそれを受けた」
彼が両手で私の顔を支えると、目に愛おしそうにキスをしてくる。
「……先ほども言いましたが、私が欲しいのは愛人です。結婚相手には困らないので……」
「意外と頑固だな……じゃあ、こうしよう」
「何ですか?」
「俺が婚約者と別れさせてやる」
「本気ですか? 私がどこの誰かも知らないのに?」
「そうだな……だから、もう一度逢えたら求婚する」
艶めいた表情で彼が私を見据えて言う。
「いつでも求婚できるように、毎日あなたへの指輪を持ち歩くよ」
「本当に?」
「ああ」
「だけど、すぐに結婚できるとは……」
「では、それまでは、俺をペットにしてくれるか?」
「ペット……」
「そうだ。愛人だからペットでいい」
もう一度逢えるかわからない。だけど、ウソを言っている顔には見なくて、惹かれるように彼と唇を交わした。
「ねぇ、名前を教えて……」
「ルル……です」
本名じゃないと彼が訝しむ。だけど、それさえも楽しそうな笑みを彼は浮かべた。
「あなたは?」
「秘密」
「……意地悪」
「求婚を受けてくれなかったからな。これくらいの意地悪はしたい。だけど、必ず、もう一度求婚をする」
「ペットにも、名前が要りますよ?」
「じゃあ……レギュでいい」
「レギュ……?」
「ああ、そう呼んでくれればいい」
そう言って、彼が抱き寄せてくる。
「ルル。必ず婚約者と別れさせてみせる。約束だ」
そうして、もう一度ベッドに押し倒された。




