私も好きにすることにしました
ジョシュア殿下が視察に来る数日前。
殿下から届いた手紙に驚いた。
エルドウィス伯爵家の後継者がもう一人見つかったのだ。
もう一人の後継者は、三年の戦から帰還した竜騎士団の騎士団長の一人であるレグルス・ヴァインベルク様。次々と武功を上げて、最年少で竜騎士団の長になった方だった。
『後継者の順番はほぼ同等。だから、先代の意志を尊重して、ルルノア嬢と結婚する者を後継者に据える』
殿下からの手紙には、そう書いてあった。
「大変な知らせだわ……すぐにエドガー様に伝えなくちゃ……」
エドガー様とは、近いうちに結婚する予定だった。そのせいで、今はエルドウィス伯爵邸で一緒に暮らしていた。だけど、彼は幾度もなく遊び惚けて今夜も邸にいない。
「……もう遅いから今夜はご実家にお帰りかも……」
そう思い、急いで彼の実家に行けば、エドガー様は不在だった。仕方なく邸に帰ろうとすれば、馬車の中からエドガー様が街を歩いているのを見つけた。彼の横には派手な女性がしな垂れかかっている。
結婚も近いというのに、今さら浮気。涙も出ない。
「私がエドガー様を選ばなかったら、どうする気なのかしら?」
エドガー様は貴族でも爵位はない。私と結婚して、爵位が得られるようになるのだ。殿下からの手紙には、そう書いてあった。私と結婚する者がエルドウィス伯爵家の後継者に選ぶと。
だけど、レグルス様の人柄もわからない。冷たく怖い方で、特定の恋人は持たないという噂だった。
どちらを選んでも、私が浮気される未来しか考えられないでいる。
「そう……なら、私も好きにするわ」
ずっと一人で頑張っていた。エドガー様は猫よりも役に立たない。猫の手にすらなれなくて、猫を愛でている方がずっと優雅だ。
そうして、私は誰にも知られずに秘密の夜会へと行った。
◆
秘密の夜会へと来れば、初めての場所に戸惑う。とりあえず、仮面が必要なことはわかっていたから、しっかりと自分の顔がわからないようにしているが……一夜の過ちをお願いします。といえばいいのかしら?
どうしていいのかわからずに、ひたすらに右往左往していた。
「……あの、よければどうぞ」
右往左往している私に男性が一人グラスを差し出した。
大っきい……。
高身長で体躯の良い男性。前髪の長い黒髪が少しだけ仮面を隠している。
「頂いても?」
「ええ」
男性がグラスを渡そうすると、顔を近づけてきた。
「あちらの男性陣があなたを狙ってますよ。初めての方は狙われやすいから気をつけないと……」
男性越しに見れば、不穏な様子の男性陣が私を見ていた。ウロウロしすぎて気づかなかった。思わず、青ざめる。
初めてが複数はさすがに望んでない。そんな趣味はないのだ。
「……私は一人でいいのに……」
ポツリと呟いてピンク色のお酒の注がれたグラスを受け取ると、彼が驚いた。
「……グラスを受け取る意味をご存じないので?」
「喉を潤すためでは?」
「潤すのは喉だけではないのだが……」
意味が分からずに、きょとんとして彼を見あげていた。
「ピンク色の酒の注がれたグラスを出されて相手が受け取れば、それは、了解、という意味だ」
「……ええーと……それって……」
「今夜の相手をしてくれるということだ」
淡々と彼が言う。
「ということは……」
私はいつの間にか彼に誘われていて、オッケーをしたということだ。
赤ら顔になれば、私の手を取り彼が私の指にキスをしてくる。艶めいた雰囲気にどきりとした。
「……私を狙ってます? もしかして、さっきのはウソでしたか?」
「ウソではない。だが、どうして奴らの気付いたかと言えば、自分が目を付けた女性への視線に気付いたからだ」
「それって……やっぱり狙ってましたか」
「俺では不満か?」
不満などなかった。後継者との結婚が決まっている。その前にエドガー様を追い出す必要があるけど……決められる結婚相手に、純潔を捧げることに少なからず腹が立っていた。
そのせいで、エドガー様は私が別れないと今も高をくくっている。
誰と結婚しても、私が従順だと思っているのかしら?
だから、私は好きにすることにした。
「ダメ?」
「いいえ。私でよければ……」
「君がいい」
腹黒そうな雰囲気を醸し出した彼が、私を引き寄せた。そうして、私は名前も知らない彼と夜を過ごした。




