円満な解決…のはずだった
レグルス様がきっぱりと言い放つとジョシュア殿下がやって来た。
「レグルスが身を固めるとは……では、後継者問題は解決か?」
「ええ」
ジョシュア殿下がホッとしたように言う。
「で、殿下っ……エルドウィス伯爵家の後継者は私でっ……」
「だが、婚約を破棄したのだろう?」
「しかし、殿下……後継者は私で……」
「先ほどから、何の騒ぎかと思えば……それで揉めていたのか?」
「揉めているわけでは……」
ふむと、ジョシュア殿下が顎に手を当てて考え込み話し出した。
「よくわからないが……エドガー、私は、君に温情をかけていたはずだ」
「お、温情ですか?」
エドガー様が恐れながら言う。
「ああ、そうだ。エルドウィス伯爵家の後継者としてレグルスが浮上し、私は悩んだ。エドガーはルルノア嬢と結婚する予定だったし、引き裂く必要はないと思っていた」
そう思っていたのに、実際にはエドガー様の隣にはシアン様がいた。ジョシュア殿下は呆れたらしい。
「レグルスとエドガーの後継者としての順番もほぼ同等だった。……その上、レグルスはすでに爵位があるからな。わざわざ爵位を二つ有する必要があるのかと思ったのだ。だから、先代の意志を尊重することにしたのだが……」
「先代の意志……?」
エドガー様が弱々しく聞く。
「そうだ。先代は一人娘のルルノア嬢を気にしていた。父親として娘に苦労をさせたくなかったのだろう」
良い父親だとジョシュア殿下が頷く。
「あの……殿下……」
「まぁ、聞きなさい。先代は、後継者とルルノア嬢を結婚をさせようとしていた。だから、エドガー、レグルス二人のうち、ルルノア嬢と結婚する者をエルドウィス伯爵家の後継者とすることに決めたのだ。その手紙を先日、お前たち両名に送ったはずだが……」
じろりとジョシュア殿下がエドガー様を見る。レグルス様は懐から手紙を出してきた。
「殿下。これですね」
「ああ、それだ。私の封ろうがあるはずだ」
「こちらの手紙は、殿下からエルドウィス伯爵家の後継についての手紙だ。貴様にも同じものが届いてはずだ」
ジョシュア殿下よりも、ずっと鋭い目つきでレグルス様がエドガー様を見下ろした。
「し、知らないっ……隠したな! ルルノア!」
「隠してません。読んでくださいと、何度も言いましたわ。ちなみにいつでも拝見できるように書斎机に置いてました」
「し、しかし……」
「しかし、と何ですか? 信じられないのでしたら、こちらをどうぞ」
そう言って、殿下からの手紙を出せばエドガー様が私の手から取り上げた。
「下品な受け取り方ですわ」
「うるさいっ!」
エドガー様が手紙を雑に開けて目を通すと、わなわなと手が震えている。
「じゃ、じゃあ……婚約破棄をした私は……」
「先ほどから何度も言いましたが、エドガー様は私と婚約を破棄した時点で後継者からは外れています。あなたが、自分から爵位を放棄したのですよ。ジョシュア殿下は、エドガー様が有利になる条件を出して下さったのです。……でも、これでシアン様と憂いなく結婚できますね」
「う、うるさいっ! ルルノアなど、結婚ができなかったら結局は邸から出なくてはいけないはずだ!」
エドガー様が叫んだ。まるで負け惜しみだ。
「だから、ルルノア嬢は俺がもらう。一目惚れしたからな」
余計なことを言わないでいただきたいものですわ。
そう思いながら、レグルス様を睨んだ。
「しかし、ルルノア嬢が婚約破棄をした今、レグルスが結婚に乗り気でなかったら、どうしようかと思っていたが……私の取り越し苦労だったようだ。男女の関係とはわからないものだな。だが、これで先代の意志は尊重されてよかったものだ」
「ジョシュア殿下。父のために感謝いたします」
「ルルノア嬢。本当に良かった。君は真摯に領地を守っていると聞いた。これで、少しは報われると良い。レグルスは結婚に前向きではない男だったが、自分から結婚すると言うことは、君を気に入っているのだろう。冷たい男だが、君には優しくすると思う」
「こう見えても、一途なものだと思いますが……」
「そうだと良い。ルルノア嬢には、感謝だな」
まぁ、とお互いに微笑んだ。すると、エドガー様が叫ぶ。
「ウソだ!」
エドガー様の手の中で手紙がぐしゃりと潰れた。彼の言動に呆れたレグルス様が懐中時計を見た。
彼を冷ややかな目で見ると、エドガー様が肩を震わせて困惑している。
「そろそろ時間だ。これ以上殿下に不愉快なものをお見せする必要はない。連れていけ」
「ルルノアっ!!」
エドガー様が私に手を伸ばすと、颯爽とレグルス様が私をエドガー様から離した。
「ハッ!」といい返事をしたレグルス様の部下が、エドガー様たちを囲んでその場を歩き出した。そうして、二人はこの場を去って行った。
私はレグルス様の言葉に驚いて、呆然と彼の腕の中にいた。
茫然自失のエドガー様とシアンさんは、レグルス様の部下に連れられて行った。
やっと肩の荷が降りた感じがする。
エルドウィス伯爵家の支払いにまでして、エドガー様は毎日毎晩と遊び歩いていて困っていた。
当主の仕事も覚えないから当主代理すら出来なかったのに、あれほど傲慢になってしまったエドガー様と結婚せずにすんでホッとした。
そうだったのに、レグルス様の言葉に思考が止まっていた。
「あの……レグルス様。ありがとうございます。それと……お騒がせしてしまって申し訳ありません」
いろいろ聞きたいことはあるが、とりあえず出てきた言葉はエドガー様から私を庇ってくださった彼へのお礼と謝罪の言葉だった。
「いや……突然、俺が後継者として現れたから、それなりの礼儀をもって接しようかと思っていたが……」
エドガー様の態度に我慢がならなかったのですね。一晩は我慢していたみたいですが……。
その時に、まだレグルス様の腕の中にいることにハッと気が付いた。
「……レグルス様。もう大丈夫ですので、離してくださっても……」
「それは無理だな」
「しかし……」
「では、ルル。約束を守ってもらおうかな」
レグルス様が、腹黒い笑顔で私を抱き寄せていた。




