雨の夜
外は、憂鬱になるほどの雨だった。
芝生の広がる広大な庭は、明日には殿下をもてなすためのガーデンパーティーも催す予定。芝生は雨で水を含んで靴はドロドロになっている。その中で、一人椅子を運んでいた。
レインコートも意味がないほど動き回っており、すでにびしょ濡れだった。
「まぁ、あの二人と一緒に晩餐をするよりはましでしょう」
だけど、せめて臨時の使用人を明日だけでなく、今夜から雇えばよかったと後悔する。
余計なことでケチってしまいましたわ。
自嘲気味で、ほほほと笑う。持っていた椅子をテントの下に並べると、一番豪華で高価な椅子は殿下の椅子。その一段下には、エルドウィス伯爵の後継者の椅子とその婚約者のための椅子だ。
テントは前もって使用人たちが協力して設置してくれていたから助かった。
そう思うと、空から何かの鳴き声がした。
暗くてよくわからない。足元に置いていた持って来たカンテラを持ち上げて照らすと、黒い影が見えた。
「なに……?」
バサバサと羽ばたいて降りて来る。飛竜だ。しかも、何頭もいる。
その中でも、先頭の一頭が、ゆっくりと降りてきた飛竜に目を奪われていれば、飛竜には誰かが乗っていた。
グルゥゥと喉を鳴らした飛竜がこちらを見ると、威嚇された気分になり、思わずビクついた。
「ロード。脅すな」
低い男が、ロードと呼んだ飛竜の顎を撫でると、飛竜はツンと顔を反らした。
「失礼。ここはエルドウィス伯爵邸だと伺って来たのだが、エルドウィス伯爵家の者に会いたいのだが……俺は、明日の殿下の警備責任者、レグルス・ヴァインベルクだ」
背の高い男がレインコートのようなマントのフードを下して言う。暗くてよくわからないが、青藍の髪に釣りあがった目は威圧感があった。
お互いに驚いて顔を見合わせた。
「あの……殿下の?」
「そうだ。責任者はどこだ。出来れば、エルドウィス伯爵令嬢にお会いしたいのだが?」
「私です」
「は?」
「私が、そのエルドウィス伯爵令嬢のルルノアです」
数秒無言で見下ろされる。ずぶ濡れの私を見て、疑っているのがありありとわかる。
でも、彼の名前には聞き覚えがあった。殿下からの手紙に彼の名前があったのだ。
「では、あなたが、本当に、あのレグルス・ヴァインベルク様なのですね」
「そうだ。ルルノア嬢」
そう言って、雨が降る中でレグルス様が私の濡れた手を取った。冷たく固い指が私の指に、そっと口づけをしてきた。




