必ず迎えに来る
__翌日。
視察が終わり、ジョシュア殿下がエルドウィス伯爵邸から王都へ帰ることになる。
「ルルノア嬢。よく一人でここまで領地を守った。もてなしも感謝する」
「殿下のお言葉、ありがたく頂戴します」
視察は何事もなかった。むしろ、当主のいない領地が荒れることなく守られていることにジョシュア殿下は安堵していた。
「では、私はこれで城へと帰る。また会おう」
「はい。殿下のご滞在光栄に存じました」
そうして、ジョシュア殿下が馬車へと向かう。殿下の視察が問題なく終わることにホッとしていた。
問題は、エドガー様だ。
「ジョシュア殿下っ、お待ちくださいっ!」
エドガー様がジョシュア殿下を追いかけようとしたところで、レグルス様の竜騎士団に止められる。
「エドガー様……まだ、邸にいたんですか。そろそろ出て行ってくださいませんか? ここは、もう、レグルス様のお邸になりますよ」
まだ、手続きは終わってないけれど。
「ルルノア。シアンとは別れるんだ。だから、すぐに殿下にお伝えして、後継者問題を正さなくてはっ……」
「正すも何も、円満に正当な後継者問題が解決しました。あの、有名な竜騎士団の長がエルドウィス伯爵家の後継者だなんて、鼻が高いものでしょうね。お父様はきっと安堵していると思います」
にこりとして言うが、エドガー様は青ざめたままだった。
「それに、エドガー様はすぐに結婚ではないのですか? こんなところで遊んでいる暇はないですよ。女性はウェディングドレスの準備など、何かと忙しいものです」
「冗談だろ……こんな平民の女と結婚するなんて……」
エドガー様がシアン様を侮蔑した表情で見下ろすと、シアン様がカッとして怒り出した。
「な、なによっ! あんただって、爵位もないくせにっ!」
「だが、私は貴族だ!!」
「目前に迫った爵位を自分から捨てた、ただの貴族ですけどね」
最後に付け加えると、エドガー様とシアン様は青ざめたままで動かなくなった。
「だ、大丈夫だ! 私は、すぐにルルノアと結婚できるし……」
「できるわけないでしょう。それよりも、すぐに、仕事を探した方がいいですよ。色々お支払いがあるのではないですか?」
「支払い?」
「ええ、シアンさんのドレスの請求書が届いていますよ? 我が家には関係のない支払いですので、エドガー様の荷物にお入れしておきました」
「ひっ……」
「なんですか。その悲鳴は?」
「だ、だって、あれは……」
「シアン様のドレスでしょう? 私にはサイズの合わないドレスでしたもの。仕立てた記憶もありませんし……いくらエルドウィス伯爵家が簡単に買えるドレスだとしても、不必要な物を買う必要はありませんの。だから、払わずにおいておきました。女性への贈り物を勝手にこちらが払うという差し出がましいことをするのも野暮ですし」
あまりの金額を思い出したエドガー様が今にも泡を吹いて倒れそうになる。
「ローガン。そろそろ追い出して」
「はい。お嬢様」
そばに控えていた執事のローガンが胸に手を当てて返事をする。彼が手をあげると、下僕たちがエドガー様の両脇を掴んだ。
「ル、ルルノア……」
エドガー様が震えながら私に振り向くと、私の背後からレグルス様が絡みついてきた。
「これ以上ルルノアに何か用か? 手に余るようなら、竜騎士団が丁重にお送りしよう」
「りゅ、竜騎士団……」
「これでも、腕に覚えのある竜騎士たちだ」
殿下の警護としてやって来た屈強な竜騎士団を見て、エドガー様がさらに青ざめた。そして、動かなくなったエドガー様をローガンたちが引きずるように連れて行った。
「やっと静かになりましたわ」
「騒がしい男がやっといなくなった」
エドガー様がいなくなって安堵した。そんな私を見たレグルス様が、後ろから抱き寄せてくる。
「これで邪魔者は消えた」
「でも、少しバレそうかと冷や冷やしましたわ」
じろりとレグルス様を睨みつけた。
「どこがだ?」
「私を名前で呼んでいたところです。『ルルノア嬢』だったのに、時折『ルルノア』と呼び捨てにしてましたよ」
「うるさい婚約者で、イラッイラしたんだよ。俺が口説いているルルに近づいてきて、図々しいにもほどがある」
「鈍感な婚約者で良かったですね。レグルス様との約束が破られるところでしたわ」
「そうなったら、また別の口説き方を考える」
どこまで本気で言っているのだろうかと思いながら、背後から抱き寄せているレグルス様の腕を離していると、竜騎士団がレグルス様を呼んだ。
「レグルス様! そろそろ出立です!」
レグルス様が、竜騎士団を見て「すぐに行く」と言う。ああ、もうレグルス様は帰るのだ。彼は、竜騎士団の長だから王都に住んでいる。エルドウィス伯爵邸は、王都から一日はかかる距離だった。少しだけ、寂しい。
新しい婚約者に変わったと言っても、すぐには結婚できないのだ。
「ルル。ペットは、寂しがり屋だ」
「はぁ」
「独占欲も強い。だから……」
ほんの少しだけ俯くと、レグルス様が腰を屈めてキスをしてきた。
「近いうちに必ず迎えに来る」
「はい……」




