秘密の前夜
__レグルス様が到着した夜。
大雨の中で明日の準備をすませて、やっと部屋に帰って湯浴みをすませたところだった。
レグルス様には、一度会っていた。まさか、彼があの竜騎士団のレグルス様で、もう一人の後継者とは予想もつかなかった。
すると、窓の開いたバルコニーから物音がして振り向いた。
「ルル……会いに来た」
「レグルス様……」
バルコニーへと出ると、レグルス様が手を伸ばしてくる。
「レギュじゃないのか?」
「あれは、その場で適当に言ったことですよね。それに、竜騎士団の長を呼び捨てになどできません」
「ルルなら、呼び捨てでもいい。許可する」
「でも……」
レグルス様に近づくと、力任せに彼が抱きしめてきた。
「会いたかった……探していたんだ」
「……」
想いを込めてレグルス様が言う。そう。秘密の夜会で一緒に過ごして、愛人という名のペットに自発的になったのは、このレグルス様だった。
「……私を探していましたか?」
「探していた。そもそも、この領地に来たのは、エルドウィス伯爵家の後継者問題のためだ。俺が、もう一人の後継者候補として挙がったからな。一度、エルドウィス伯爵家へ赴く必要があると思って……」
「それで、秘密の夜会に?」
「少し時間があったから、早めに来ていたんだ」
私を腕の中に閉じ込めたままで、レグルス様がニコリとする。彼にとって、秘密の夜会はちょっとしたお遊びだったのだろう。
「それよりも、あれから秘密の夜会には行ってないだろうな。部下に見張らせていたが……ルルは何をするかわからないからな」
「秘密の夜会を見張らせていましたか?」
「他の男に取られては堪らない」
部下を何に使っているのでしょうか。
「それにしても、あなたがエルドウィス伯爵家の一人娘だったとは……」
「驚きました?」
「驚いた。まさか、探している女性がエルドウィス伯爵家の令嬢だと思わなかったからな。そもそも、俺はエルドウィス伯爵家の後継者として下りるつもりだったから……」
「後継者になるつもりがなかったのですか?」
「あまり興味がなかった。ルルを探すのに、忙しくなりそうだと思っていたし……婚約破棄をさせようと色々策を練っていた。そうしないと、ルルと結婚できないからな」
腹黒い笑顔でレグルス様が私の頬を撫でる。照れてしまい私の目の下が紅潮した。
「ねぇ、主人を探し出したご褒美をくれないか」
艶めいた表情でレグルス様が言う。
「まだ、婚約破棄してませんよ。約束は、婚約破棄させることだったはずです」
「明日には必ず婚約者と別れさせる。だから、ルルも約束を守ってくれるか?」
「守りますよ。そもそも、私はエルドウィス伯爵家の後継者と結婚が決まっていて……」
「そうじゃない。自分で俺を選んで欲しいんだ」
「でも、本当にレグルス様がエルドウィス伯爵家の後継者なら、婚約破棄をさせてくれるのは、簡単になりましたね」
「痛いところをつくな」
せっかく策を練っていたのに、何もしなくても私と婚約ができると知って、レグルス様が呆れ顔で顔を逸らした。
すると、廊下からシアンさんの笑い声が響いた。エドガー様の笑い声まで聞こえる。私に聞こえるように廊下を通る二人に呆れてしまう。
「……うるさい婚約者です」
「それも今夜で終わりだ。明日には出て行ってもらおう」
「よろしくお願いしますね」
「じゃあ、今夜はベッドに入れて」
「まだ、約束を果たしてませんよ」
「結婚するまでは、ルルのペットだろう。ペットは主人と一緒に寝るものだ」
思わず、ムッと唇を尖らせてしまう。この人は、私が愛人を作ったことを人にばらすつもりではないのだろうか。私は、醜聞を作るつもりはないのだ。
「じゃあ、もう一つ約束をしてください」
「何でも聞こう」
「いい返事です」
即答するレグルス様。
「だから、今夜は一緒にいてくれるか」
「そうですね……でも、決して私たちの関係は、まだ誰にも知られないようにしてください。一片たりとも隙は見せてはいけません。約束して下さい」
「いいよ。主人の言いつけは守ろう」
そう言って、レグルス様が私を縦抱きに抱えた。
「明日の朝は誰にもバレないように帰らなければな……」
レグルス様とベッドに行き、二人で朝を迎える。翌朝には、彼は来た時と同じようにバルコニーから帰って行った。
そうして、私たちは秘密の関係を持ったまま知らぬ顔で、エドガー様と円満な婚約破棄をした。




