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倭国伝  作者: Genn
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女王、死す。(前編)

おそらくは賛否の分かれるテーマや舞台・歴史設定だと思うのですが、あたたかく見てくださればありがたいです。初作品として書きたいので書いた、それだけです。

 遠く響いていた喊声や剣戟の音が、少しずつ静まりつつあった。


 昨夜来の雨はあがったものの、なおも厚い雲がたれこめるなかでもたらされた敵襲の報。警護の者だけを残して、すぐさま宮殿広間は扉を閉ざした。その後、厳しい戦況を報告する伝令は徐々に間隔が長くなり、すでに途絶えている。どうやら戦の行方は決着しつつあるようだ。曇天の弱々しい光が心に落とす影のように、広間にいる者たちにとっては暗い結果に向けて。


「女王……」


 警護の中のひとりが、広間奥の壇上、帷幕のなかに姿を隠した人影に語りかける。ひときわ逞しく、いかにも武人らしい男。身につけた革鎧の重厚さから、おそらく指揮をとる人物だと知れる。


「もはや、ここも長くは持ちますまい。できれば急ぎご退去を」

「そうですね」


 厚い布越しのため表情をうかがうことはできないが、女王と呼ばれた者は静かな、落ち着いた声で返答する。


「けれど、すでに周囲は敵に囲まれているはず。いまさら逃げだしても意味のないことでしょう」


 すでに何度も交されたやりとりだった。これまで同様、尋ねた男もそれ以上に言葉を重ねることはしない。


「それよりも、あの者たちは首尾よく落ち延びられたでしょうか?」

「報告を受けて、すぐさま指示しましたので、おそらくは」

「ならば大丈夫です。いまは、ここで待ちましょう」


 いったい「だれ」を待つというのか。その疑念もまた口にすることなく男は押し黙る。

 女王に仕えてからこれまで、危地に遭遇した経験は幾度となくあった。主である彼女が「動かぬ」と言うのなら、己もこの場を死守するのみ。いざとなれは生命を懸けて血路を開くぐらいのことはしてみせよう。すでに何度目かもわからぬ決意を固めたとき、屋外で乱暴な足音が聞こえ、ほどなく扉が勢いよく破られた。


「何者!」


 護衛たちは、すぐさま剣を構える。

 広間に飛び込んできたのは、十数人あまりの兵士たちだった。

 手に長矛を構えながら、すばやく出入りを封鎖するように陣を組む。その一糸乱れぬ動きから、雑兵とは異なる訓練された兵士たちだと察せられる。広間には五名ばかりの護衛しか残っていないこと、そして唯一の出入口を抑えたことを確認してから彼らは、一人の男を迎え入れた。


「まだ、居られたのですね」


 たまたま知人でも見かけたように気軽な物言い。革鎧で武装した兵士たちと違って、布服だけの軽装。とはいえ、麻や木綿ではなく滑らかな絹をもちい、随所に色糸で刺繍を施された服装から身分の高さが窺える。

 親しげな笑みさえ浮かべた彼の顔を見た瞬間、広間に待機していた者たちはみな、いままで待っていた者が「だれ」だったのかを理解した。


「……あなたでしたか」

「ええ、姉上」


 この国においては女王に次ぐ権力者であり、国政を実質的に担う王弟。その彼が、武器を構えた見慣れぬ兵士たちを従えて乱入してきた。この状況はまさに、自らが襲撃の首謀者であると明言しているようなものだ。

 たしかに、できすぎた襲撃ではあった。

 かねてから敵対していた南方のクマノが、またも侵攻をはじめたとの急報を受け、軍勢を急ぎ国境へ派遣したのが二日前のこと。手薄となった王都の防衛、その補充もままならぬうちに予期せぬ方角から敵が現れ、電撃的な侵攻を許してしまった。

 まさに最悪ともいえる時機。しかし、軍権を持つ王弟が手引きしたのだとすれば納得がいく。

 そして同時にわいてきたのは「なぜ」という新たな疑問だった。


「後ろの兵士たちの武装……。まさかクマノと手を結んだというのか」


 さきほど女王に語りかけていた指揮者格の男が、はちきれんばかりに怒気をはらんだ声で問い詰める。


「まあ、ご想像におまかせしますよ。率善中郎将さま」

「そのような名ばかりの官位などどうでも良い」

「ならばナシメどの。しかし、このような状況でも女王を護ろうとする、その忠義には頭が下がります」


 ナシメと呼ばれた男が、いまにも飛びかからんと身を屈める。それを制するかのように、女王が帷幕の内から静かな口調で割り込んだ。


「理由を、聞かせてもらえますか」


 焦りも、怒りも、驚きもない。ただただ疑問に感じたことを尋ねる冷静な声色だった。


「理由など明らかでしょう。このままでは国がもたないからですよ」


 王弟の方も、相変わらず柔和な表情と声色で語りはじめる。


「姉上の託宣によって、このヤマトは富みました。稲は毎年豊かに実り、狩りも、戦も、すべてがうまくいった。長く反目しあっていた集落はあなたの言葉を求めて結束し、西の大国とも同盟を結ぶことができた。これにより安全となったアワ海を経て大陸まで航路をつなぎ、魏という巨大な後ろ盾まで得たわけです。ほんとうにお見事な手腕です」

「ならば!」


 ドンと勢いよく足を踏み鳴らして、ナシメが王弟を詰問する。


「なぜ、その安寧を壊してまで国を危うくしようというのか」

「安寧、ですか。そんなものは仮初です。北のイズモ、南のクマノという脅威が消えたわけではない。このような状況は、たんに一時の均衡にすぎないのです」

「だからこそ、いま我々が崩れれば、その均衡さえも崩れてしまう。かつてのような大乱の時代に逆戻りさせるというのか」

「もう崩れつつあるのですよ。われわれが魏と通じているように、クマノはかねてより呉と通じています」

「……そのようなことは知っている。しかし、呉がなんらかの行動を起こせば魏も黙ってはおるまい」

「どうでしょうね。その考えが甘いとは思いませんか」


 魏と呉。大陸の覇権をかけて争っている二つの大国。その勢力図に、東方の島国が直接的な影響を与えるとは考えにくい。しかし布石としての価値ぐらいはあるだろう。だから魏は、ヤマトからの朝貢に対して「倭王」などという破格の待遇を与えた。ヤマトからすれば大いなる成果と言えるが、魏にすれば名前だけのことであり大した負担でもない。


「帯方郡を置いたとはいえ、魏の勢力はいまだ半島の南までは浸透していない。そんななかでさらに遠方の騒乱に介入するため軍勢を寄越すと思いますか」

「派兵が困難なことはどちらも変わるまい。むしろ海路に頼る呉の方が不利というもの」


 そんなことは理解しているとばかりにナシメは反論する。そもそも魏の都まで使者として赴いたのは自分なのだ。交渉した相手の態度からして、どの程度のことを期待できるかなど熟知していると。


「たしかに派兵など不可能でしょう。ゆえに呉は、まったく別の方法をとってきたのですよ」

「別の方法だと?」

「彼らのもつ技術、大陸においても優位とされる船造を伝えると」

「!?」

「わかるでしょう?呉からもたらされた船により、クマノがイセとナミハヤ、東西の湾を封鎖すればどうなるか。北方をイズモに蓋されたヤマトなど、瞬く間に逼塞してしまうでしょう」

「し、しかし」


 いまのヤマトにとって海路を失うことが、いかに致命的か。それを理解できぬほどナシメは愚昧ではない。かといって王弟の言葉をそのまま受け入れることなどできはしない。


「ホアカ──」


 二人の会話を黙って聞いていた女王が不意に呼びかける。敏感に反応したのは王弟の方だった。


「……その名で呼ばれるのは久しぶりですね。長らくイキマという官名しか耳にしませんでしたので。ああ、それは姉上もおなじですか。ヒミコさま」


 皮肉めいた弟の言葉にかまうことなく女王は言葉を重ねる。


「あなたは、いまも船を、いいえ海を憎んでいるのですか」


 その問は王弟の顔を、身体をわずかに硬直させたように見えた。


「……憎む?そのような感情はありませんよ」


 しかしすぐさま笑みを取り戻し、大げさに頭を振る。


「まさか、持衰であった父が航海に失敗し、その穢の連座として家族ともどもイズモを追われたことを言っているのですか?」

「……」

「そうですね。道中で母や妹を失ったわたしを、あなたは拾ってくれた。弟として救ってくれた。小さな集落に過ぎなかったヤマの邑が大きくなり、ヤマトとして数々の大国とわたりあう存在となっていくなか、あなたはわたしを長として重用してくれた」

「すべては、あなたの努力の賜物です。その才覚にわたしも、国も、助けられました」

「ありがとうございます。ならば、わたしはわたしの判断をもって、この国の、いやすべての国々の行く末を導きたいのです」


 壇上にまっすぐ顔を向け、強く断言する王弟。その真意を確かめるような沈黙が、おたがいの間に流れた。


「……そうですか。あなたの選択だというのならば異を唱えることもありません。もとより国政の実質的な王権はあなたにあるのです。好きになさい」

「正しいご判断助かります。このような武力に頼ったとはいえ、もとより姉上を害するつもりなどありません。クマノへと赴き、王に拝謁さえしていただけ──」


 この王弟の言葉を拒絶するかのように、ナシメが敵陣へと突入した。

 張りつめた矢を解き放つように、広間の中央を単身で切り裂いた。

 


後編は近日投稿します。ご感想よろしくお願いします。

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