第3話①『海でナンパ!?』
大好きな年上幼馴染の茉鈴とルームシェアをしている霧亜。
今度は千彩が霧亜、茉鈴とお泊まり。
千彩に告白された霧亜は、返事に迷っていた。告白慣れしている霧亜だが、果たしてどうするのか──
薄い茶色のような色の机がたくさんある大学の講義室。
「夏休みどこ行く?」
「えーどこ行く?」
「うちバイトなんだけど〜!」
夏休みが近づき、そこで何をするかという会話が、あちこちで行われていた。
「あ〜夏休みだ!ちょ〜楽しみっ!!えへへ〜!」
霧亜もその1人だった。
「霧亜〜!夏休みどこ遊び行きたいか決まった?」
雛瀬が声をかけてきた。千彩も一緒。
「海!プール!やっぱこの2つは行きたいね〜。あ、海は絶対近くのホテル泊まってね。もちろん雛瀬と千彩と一緒!」
霧亜はいつものように、ぱあっと明るい顔で目をキラキラさせてそう言った。
「でも吉田さんも呼ぶんでしょ?」
と、千彩。少し不満そうだ。
「千彩。ちゃんと千彩もわたしと一緒だから、安心して?千彩がいないと寂しい。」
「ほんと……?」
「うんっ!」
「ありがと。」
さすがに霧亜の純粋無垢な言葉には逆らえないようで、千彩は霧亜にありがとうと言った。その顔は少しにっこりとしていた。
「えっへへ〜。た〜のしみだな〜〜っ!!えへへぇ〜!」
友達や茉鈴と海やプールに行っている光景を想像し、とても楽しそうににこにこする霧亜。
「かわいい……」
思わず千彩がそう呟いた。
「ありがと〜っ!」
かわいいと言われ、霧亜は嬉しそうだ。
「ね、ねえ。霧亜はかわいいって言われて……嬉しいの?」
恐る恐る千彩が霧亜に聞いた。
「うん!ちょ〜うれしい!」
霧亜は友達と話す時、にこにこしている頻度がとても多い。今もそうだった。
「きーりあ。」
ぽふっ。わしゃわしゃ。
雛瀬が霧亜の頭を撫でる。
「えへへ…………」
茉鈴が勤務している会社のオフィスにて。
「吉田さん!ここ教えてください!」
若手の男性社員が茉鈴の机のもとへ。
「うん、いいよ。ここは──で、────かな。他には?」
「あ、ここも……」
「うんうん。ここはね、────。」
茉鈴が、親切丁寧に若手社員に仕事を教えていく。
茉鈴はまだ一般社員で勤務年数は2,3年ほどだが、その他の一般社員にとても慕われている。仕事の覚えも早いため既に仕事を教える立場になることがあった。
「吉田くん。ちょっといいかな。」
中年の男が、茉鈴に声をかけてきた。
「課長……」
「吉田くん。君を係長に任命しようと思う、という声が上がってる。」
「え…………」
驚いた顔の茉鈴。
「え、吉田さんが係長に?」
「飛び級!?」
「え、すごくない!?」
「マジすごくね!?吉田さんが!?」
次々と声が上がる。
注目してる度に差はあれ、ほぼ全員が茉鈴を見ていた。
「えと、そんなに……ですか?」
「そんなにとは?」
「いえ、あの……わたしなんかがいいのかな、と…………」
少し自信なさげな態度をとる茉鈴。
「何を言っている。吉田くんの仕事ぶりはみんな見ているだろう?」
課長がそう言い、自分の言葉に同意を求めるように周囲を見渡した。
「はい!」「はい!」「はい!」
課長の言葉に対し、非の意見は出なかった。
「というわけだから、まあその報告。なれると思っといて。」
「あ、ありがとうございます……」
茉鈴は、課長にぺこりとお辞儀をした。
そして、仕事に戻る社員たち。
「す、すごいですね吉田さん……!」
「東雲さん……」
東雲春乃。先日、電話相手に怒鳴られて泣きながら茉鈴に電話を交代した女性社員。
茉鈴に尊敬の眼差しを向けていた。
「本当にすごいです!すごいです!」
「あ、うん…………まぁ、ありがと。」
春乃からの尊敬の眼差しに対し、茉鈴はそれほど嬉しくはなさそうな雰囲気。
「吉田さん、こっちの書類もお願いね。」
係長の中年女性が、茉鈴に資料を渡した。茉鈴が係長に昇進することがほぼ確定な雰囲気になったからか、以前茉鈴に仕事を渡した時よりも少しだけ口調と雰囲気が柔らかくなっていた。
「あ、はい……」
仕事を受け取った茉鈴。
(ま〜た仕事が増えた…………うわぁ……)
茉鈴は普段、仕事中はそれに集中し、休憩中はぐったりしていることが多い。
心の中でぐったりとしながら、仕事にとりかかる茉鈴であった。
「夏休みた〜のしみ〜っ!るんるんるる〜ん!」
大学からの帰り道。自転車を漕ぐ霧亜。
住んでいるアパートにつき、自転車を停めて鍵をかける。階段を1段ずつ上がっていく。
扉の前に立ち、ドアノブに手をかけた。それを捻り、扉をゆっくりと開ける。
「ただいま〜。」
そういう霧亜だが、誰もいない。
帰宅時間は取った授業の時間によって異なるが、いつも霧亜の方が帰宅が早い。それはつまり、茉鈴が働き詰めで毎日疲れきっていることを示していた。
「茉鈴、今日も遅いなぁ。大丈夫かな。」
霧亜は、茉鈴のことがとても心配だった。
「最近特に疲れてる気がするんだよなぁ……」
思い返してみると、霧亜には日に日に茉鈴の疲れがたまっていっているように見えていた。
「ちょっと時間ありそうだし、卒論の続きやろ。」
霧亜は紙とシャーペン、スマホを取り出し、卒論制作に取りかかる霧亜。
文学部に通っている霧亜は卒論で何がいいかを参考にするために検索したところ、文化、歴史、思想などというワードがヒットした。
そこで思いついたのが、日本の政治家について。霧亜がそのテーマを選んだ理由は、自由民主党を代表とした与党の政治家が嫌いだから。
ただ霧亜本人の中では明確な理由があり、それは国民を苦しめる与党が許せない、という想いから。霧亜は過去に医者を目指していたことがあり、霧亜の心の奥底には人を助けたいという想いがあった。
自分自身には『政治的思想が強いわけではない』と言い聞かせている。
「うーん……これはヘイト出しすぎかな……ていうか総理変わったらどうしよ?」
霧亜の行動は心が原動力。霧亜はやりたいと思ったことをやり、嫌なことには気が進まないタイプだった。ならなぜ嫌な政治家をテーマに書いてモチベーションを保っているかと言うと、悪徳政治家に対してヘイトをぶつけたいと思っているから、その意見を合法的に吐き出せる機会を見つけたと思いこのテーマにした。
しばらく卒論の作業を進め、
「そろそろ晩メシつくるか〜!」
晩ご飯を作ることにした。
霧亜にとって、晩ご飯を作ったりその内容を考えるのは『やりたいこと』であった。そのためモチベーションを高く保ち続け、ほぼ毎日晩ご飯を作っている。霧亜はいわゆる『好きこそ物の上手なれ』なタイプ。
たまに負担を考え、ピザなどのデリバリーを頼むことも。そうする理由は、自分の体や心の健康すらも気遣っているから。なぜなら、自分が不健康で倒れたりすると他人によくすることができないとわかっているから。
ガチャリ。
扉が開いた音がした。
「あ、茉鈴!おかえり〜!」
「霧亜〜っ!今日も仕事増やされた〜!」
駄々をこねる子供と泣く子供を足して2で割ったような声を出した茉鈴。姿勢は、うなだれているような感じ。
茉鈴はとても疲れている様子だった。
「大変そう……」
「そうなの〜。それで今日さ、係長に昇進がほぼ確だって言われて。」
「よくわかんないけどすごくない?」
「そんなんじゃないよ。うちの就業規則上、係長は管理監督者だからさ、なかなかややこしいのよね。」
「えと……よくわかんない……つまりどういうこと?」
「要するに、レベルアーップ!したら残業代が出なくなるってこと。ゲームで言うと基本スコアが上がってもボーナススコアが減るの。」
レベルアップの部分を少し巻舌で言う茉鈴。霧亜たちが約8年前に見ていたテレビドラマを想起させる声。
「えぇ!?ヤバいじゃん!?そんな会社やめ……れないんだったっけ。辞めるのは経歴に傷がつくってことだから。」
「そ。」
「茉鈴……大丈夫?」
霧亜は、茉鈴に向けて頬をすっと差し出した。
ちゅっ。
茉鈴が、霧亜の頬にキス。
「えへへ〜っ!茉鈴にチューされた〜!」
霧亜の表情から心配が抜け、にこにこほんわかとした笑顔に。
わしゃわしゃと、霧亜の頭を撫でる茉鈴。
「かーわい。」
「えへ!わたしかわいー?」
「うんうん。かわいーよ。」
茉鈴が、スーツのまま霧亜に抱きついた。
「きりあ〜。」
「はいはい。ごはんつくるからちょっと待ってて〜。そろそろ2週間だし、スーツ洗濯するから。」
「おけ〜。」
約8年前のテレビドラマ……なんの事でしょう?