第2話①『楽しみな夏休み』
大好きな年上幼馴染の茉鈴とルームシェアをしている霧亜。
茉鈴が死んだ魚の目で疲れて帰ってくる時、いつも霧亜は手料理を作っている。
楽しく暮らしていたある時、霧亜は友達の千彩から告白された。
千彩の想いはどうなるのか。霧亜の出す答えとは──
「だだいま〜。」
茉鈴がひどく疲れた様子で帰ってきた。霧亜は夕食の準備をしている。
「霧亜〜。」
チュッ。
いつものように死んだ魚の目をしながら、霧亜にただいまのチュー。霧亜は頬にキスをされ、嬉しそうな顔。それを見て、表情が回復する茉鈴。
疲れたままソファに座り、霧亜の頭をなでなでする茉鈴。
「茉鈴、今日なんかすごい疲れてない?」
「わかった?今日の仕事量めちゃ多くてさ……」
ソファの背もたれに大きく寄りかかる茉鈴。上を向き、深呼吸。
そんな茉鈴の様子をじっと眺める霧亜。
「無理だけはしないでね。」
「霧亜のそんなとこがマジ天使〜っ!」
わしゃわしゃと霧亜の頭を撫でる茉鈴。その顔はとても幸せそうだった。
「えへへ〜!」
霧亜は撫でられ笑顔になり、ほんわかとした空気が流れた。
「今日は肉じゃが。」
「そー。あ、そろそろじゃがいもがふやけちゃうかも〜!」
「ふふっ!ミスんないでよ〜?ミスっても霧亜の手料理だし食うけど。」
「は〜い!」
霧亜は台所に戻っていった。
「できたよ〜!」
「おー……うまそう。」
すこし身を乗り出してそう言う茉鈴だったが、その顔は疲れていた。
それを見かねた霧亜が、茉鈴のおでこに手を当てた。
「うーん……熱はなさそう。」
「大丈夫だって、霧亜。」
「またそんなこと言って。だ〜め。いつもビール飲みまくってるし、心配なの。」
むっと唇を尖らせる霧亜。
2人は肉じゃがを口に運ぶ。
「ふま〜!」
茉鈴は霧亜特製の肉じゃがを食べ、とても満足気だ。
茉鈴にとって、霧亜の手料理は何よりも好きな食べ物。より質の高い料理なら他にいくらでもあるが、幼馴染が作る気持ちのこもっている料理は食べると気持ちがほわほわとする。
霧亜はそんな茉鈴の嬉しそうな顔を見て、思わず笑みがこぼれた。
「はふはふ。霧亜もほら、食べないの?」
「食べるよ。」
じゃがいもを口に運ぶ霧亜。
ふたりの間に、ほんわかとした空気が流れた。
晩ご飯が終わり、霧亜は皿洗い。茉鈴はゆっくり着替えてぐったりとソファへ。
「あ゛〜〜。マジクソ上司〜。もう無理〜〜!」
ソファに身を任せもたれかかり、天井を見ながら愚痴る。白い天井が照明の光を反射ひていた。
とある会社にて。茉鈴の身に最近あった出来事。
「おはようございま〜す」
挨拶をし、オフィスに。それに気づいた社員たちが、
「「「おはようございます!」」」
茉鈴に挨拶を返した。
「吉田さんだ……」
「かっこいい……」
「綺麗…………」
「今日も麗しい……撫でられたいっ……」
茉鈴を見て、口々に言葉を漏らす。
綺麗な内装で観葉植物が置かれており、資料は散らばり気味で机の上や、酷い場合だと床にも散らばっていた。
出勤し、仕事を開始。
しばらくして、
「はぁ…………」
パソコンに向かい、ため息をつく茉鈴。
(しんっど…………全然終わらない…………)
とはいいつつ、茉鈴は社内では才能がある方だった。死んだ魚の目になりつつもテキパキと仕事をこなし、その速さは同じ平社員の誰よりも速かった。
割り振られた仕事を素早く終えた茉鈴。しかし、それが災いした。
「ちょっと吉田さん。これも今日中にやっておいてちょうだい。」
上司の中年の女が、茉鈴の机にさらに資料を置いた。
(げ……多すぎ…………マジで言ってる?)
「どうしたの。早くやりなさいよ。」
ギンッ!と茉鈴を睨みつけてくる上司。
「あ、はい…………」
波風を立てないように、はいと言うしかなかった。心の中でため息をつきながら、増やされた仕事に手をつけていく。
(霧亜のために稼ごうと思って頑張ってるのに…………頑張ったらこれか。ごめんね、霧亜……霧亜のために頑張れば頑張るほど、霧亜と一緒にいる時間が短くなってくんだけど…………ミスった……)
資料整理や雑務など、色々な仕事を任されるようになった茉鈴。そのたびに仕事をこなすので上司からの評価は悪くなかった。まだ平社員ではあるが、同じ平社員にも何かを教えたりと、頼りにされている。
が、それは茉鈴の望む状況ではなかった。
「吉田さんって凄いよね……美人だしスタイルよくてシゴデキで。」
「わかる!」
「吉田さん!ちょっと教えてもらっていいですか?」
など、女性社員からは憧れと賞賛の声。
「ああ、ちょっと待ってて……」
茉鈴はそれを断ることができなかった。
茉鈴が仕事を教える。それを、なるほどと言いたそうな表情で見つめる同僚たち。
「とりあえずこれで。あとは頑張って、こっち忙しいから……」
「はいっ!ありがとうございます!」
笑顔で自分の席に戻っていく女性社員。女性社員たちが集まり会話していた。
「吉田さんに教えられちゃった!きゃ〜っ!」
嬉しそうに頬に手を当てる女性社員。
一方、茉鈴は休憩中。パンをひとつ食べた後、死体のようにピタッと固まっていた。
「ああ、あ…………」
まるでゾンビのような呻き声を出す茉鈴。
プルルルル──
オフィス内に鳴り響く電話の音。それに社員たちが反応。
「はいもしもし……」
若手社員が電話を取った。
「はい、はい…………ええ!?」
電話を取った若手社員が、困った顔を社員たちに向けた。電話相手は、どうやら怒鳴っているようだった。
「どうしたの…………」
思わず反応してしまう茉鈴。
「わかりません……っ!」
そう言った女性社員は、今にも泣き出しそうだった。
「ああ、貸して…………」
まだ休憩中のはずの茉鈴が、電話を受け取った。
「はい……代わりました……」
と代わった茉鈴に、怒号が浴びせられた。しかし茉鈴はあまり表情を変えないまま、電話を終わらせた。
「あ゛ー…………」
茉鈴はゾンビのような呻き声を出し、机に突っ伏した。
「あ、ありがとうございます、ありがとうございます……!!」
先程の女性社員が茉鈴に向かい、必死にペコペコとお辞儀をした。
「いや、いいよ……気にしないで。」
そう言った茉鈴は、やはり死んだ魚の目をしていた。しかしいつものことなので、他社員から見てそれがどの程度のダメージなのかを推測するのはとても難しかった。
女性社員は先程の怒鳴る電話がよほどこたえたのか、ポロポロと泣き出してしまった。
(はぁ…………また関わらなくていいことに関わってしまった。なんであたしはいつもこうなんだろ…………)
茉鈴は会社にいる時はいつも、心の中でため息をつきがち。それは今日とて例外ではなく、むしろいつもより心のため息が多かった。
「なーんてことがあって。マジでしんどかった…………」
「えぇ!?休憩時間なのに……」
「ほんとそれ。あたしってそういうとこバカだよね…………」
だるそうに呟く茉鈴。声色だけでなく、全身がだるさを表現していた。
「ううん、バカじゃないよ……」
霧亜が、茉鈴の頭をなでなでする。
「茉鈴は優しいんだもん……わたしがママとうまくいかなくなって泣いてる時、慰めてくれたじゃん……!」
「まあ、ね。」
「茉鈴のその優しさにみんな助けられてるんだから……!だからわたしだって茉鈴の力になりたくてルームシェアしてるんだもん!」
そう言った霧亜は少し悲しそうな顔だったが、その瞳の奥には確固たる意思があった。
そんな霧亜の言葉を聞き、茉鈴はにこっと笑った。
「あー、茉鈴笑った!えへへ〜っ。」
茉鈴の可愛い笑顔を見て、霧亜からも自然と笑みがこぼれた。そんな霧亜の笑顔を見て茉鈴も笑顔に。
「霧亜、頭。」
「えっ?」
「よしよし。」
なでなで。わしゃわしゃ。
茉鈴は、にこにこ笑顔の霧亜の頭を撫でた。頭を撫でられた霧亜の笑顔がより明るく可愛いものになった。
むぎゅっ!
霧亜が茉鈴に抱きついた。
「茉鈴……だいすき。」
「えへへ。あたしも。」
少しの間、2人は互いの温もりを感じていた。ほわほわとした何かが、霧亜と茉鈴の間に流れた。
「霧亜。夏休み近いし、どこ行くかの計画立てない?」
そう提案した茉鈴。霧亜の顔が、ぱあっと明るくなった。
「うん!行く行く!!」
霧亜は、茉鈴との夏休みがとてもとても楽しみな様子だった。
休憩させろよブラック企業……といいたいところだけど、茉鈴が受け取っちゃったから……