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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

エンジェルホワイト

作者: 小判鮫

「ただいまー」


バイトで疲れ果てて家に帰ってきた。その疲れを癒そうとしたのもつかの間、母親に詰められた。


「また朝帰り?」


「ごめん」


「定職にもつかないでフラフラと……」「しかも何よその格好!!恥ずかしいからそんな格好で外出しないでよ」


俺が着ている天使界隈の服装が何故か気に食わないのか、その可愛い服を睨みつけられた。そして、ボソッと一言。


「もっと普通に生きてちょうだい。お願いだから……」


懇願するように言われた一言。俺は俺なりの普通を生きているつもりだったから、その発言に腹が立った。けれど、俺は実家暮らしのフリーターだから、母親には逆らえず、何も言えずに部屋へと引きこもった。


「何だよあのババア。超絶kawaiiだろーが」


俺はそんな愚痴を言いながら、朝、眠りについた。そして、出勤するのは夜になってから、俺はジェンダーレスのコンカフェで働いている。メイドコンセプトだから、可愛い制服を着て働けるのがお気に入りなんだ。制服に着替えて自撮りをして、


「今日の俺も盛れてんなぁ」


って思ったりして。SNSにその写真を投稿してから、開店準備をしてご主人様とお嬢様を待つ。


天使(あまつか) ノア指名だってよ」


と先輩からその卓に着くように指示された。顔を見たが、一回も着いたことないお客さんだった。きっとSNS見てくれたのかな。


「こんばんはー!天使 ノアでーす♡」


初手がわからず、可愛こぶった接客をした。常連客からはヤクザみたいな接客するって定評がある俺だが。こんな目の前にイケメンがいたら、猫でもハムスターでもかぶる。


「わぁ、ノアくんだ!写真よりも可愛いね♡」


そのお客さんは煙草片手にお世辞なのかそう言ってきて、でもお世辞だとしても俺は本気で照れてしまって、「あっ、ありがとうございます……」なんて微妙な反応しかできなかった。


「俺のことはSNSで見つけてくれたんですかー?」


「うん、可愛い子流れてきた!って思ってね。思わず、ブックマークしたよ」


ふふっ、と笑う彼はとても大人っぽくて、でも、同世代を思わせるくらい肌が綺麗で若々しかった。


「嬉しい〜!ご主人様、今日はなんて呼ばれたいですか?」


「えーと、そうだなぁ。ケンって呼んでくれる?」


「わっかりましたぁ!ケンさん、今夜はずうっといっしょにいよーね♡」


と彼の手を両手で握ると、


「やば……超絶可愛いね」


と悶えられて、してやったりって感じだった。たわいもない会話をして一時間目が終わって、二時間目に突入した頃。そろそろケンさんの酔いが回ってきて、羽振りが良くなる頃合いかなーっと様子見をしていた。


「ケンさん、今夜は俺とずうっといっしょにいるじゃん?」


「うん、いるよ」


「だからさあ、今夜の出会いを祝ってシャンパンで乾杯しない?」


小首傾げて可愛こぶったぶりっ子ポーズして、ケンさんに甘えた。


「あぁ、それいいね。どれが欲しいの?」


ケンさんは煙草を吸うだけでメニューを全く見ない。え、値段気にしないってこと?じゃあ……


「俺、天使じゃん?だからエンジェル欲しいなぁ♡」


という俺の定番ジョークをかますと、


「いいよ。ノアくんは僕のエンジェルだもんね〜♡」


なんて真に受けられてしまった。そして、本当に20万もするエンジェルが持ってこられてしまった。こんなこと初めてで、俺はボトルと一緒に記念写真を撮りまくった。


「可愛い〜♡ノアくん、その写真ちょーだい?」


「いーよ!あっ、次いでに連絡先も交換しよ!」


写真を送る口実に連絡先をゲットした。普段ならいくら頼まれても連絡先なんか交換しないけど、高級シャンパンを下ろしてもらったし、イケメンだし、持っといて損はないと思った。


「ノアくーん、一緒にデートしようよ〜♡」


イケメンの甘えた声にいつもなら「するわけねぇじゃん」って答えるところを、


「いいよ。どこいこっか?」


とその話に乗っかった。高級料理店をたくさん知っているケンさんは、


「何処でも連れてってあげるよ。僕の奢りで」


と俺を誘惑してきた。


「ふふっ、じゃあ、いっぱいデートしよーね!」


ってケンさんの手を指を絡めて握った。二時間目が終わった頃、ケンさんは相当酔っ払っていて、


「ノアくん、ちゅーしよ?」


なんて甘えてくる。普段ならキモイだけだけど、イケメンが言うと、応えたくなっちゃう。俺も酔ってんのかなあ。


「じゃあ、お金払えたらちゅーしてあげる♡」


「はい、カード!暗証番号はね〜」


とブラックカードを財布から取り出して、暗証番号を大声で言おうとした。


「シーッ!ダメだよ。俺にだけこっそり教えて?」


というと暗証番号を耳打ちで教えてくれた。あぁ、このカード返したくないなあ。なんて思いつつも、ちゃんとレシートとともに返してあげる。俺って真面目だね〜!


「ノアくん、ちゅーは?」


「え〜?今は他の人達がいるから、今度二人きりの時にね!」


「今度って、いつ〜?」


「それはまた連絡するから、わかった?」


と言いくるめると


「うん、連絡待ってる」


と素直に納得してくれて、可愛いって思っちゃった。


「じゃあね、また会おうね」


「うん、今日はありがとう」


とフラフラしながら夜の街に消えていった。お礼のメッセージを送ると、すぐ既読がついて、「ありがとね」とだけ返された。


「なあ、ノア。さっきの卓の人、どっかで見たことあると思ったら、2.5次元俳優の紫乃 剣護だよ」


「え、そうなの!?俺、2次元しか興味ないからわからなかった」


「今もこの近くで舞台やってるよ」


「へぇ」


「興味ない?」


「だって、ただの客だし……」


「にしては楽しそうに話してたけどねー!いーな、あんなイケメンと話せて」


と嫌味たらしくバイト仲間兼友達に言われた。


「うるせぇ、仕事しろ」


俺だって、ちょっぴり気になっている。あんなイケメンなかなかいないから。出会う機会だって、フリーターの俺にはなかなかない。キャスト同士で恋愛してるのも見てるけど、俺だったら、彼氏がこの仕事してたら嫉妬で狂いそうだ。


「ねぇ、いいじゃん!今度、一緒に舞台見に行こうよ!」


2次元も2.5次元もいけるオタクに強引に誘われて、俺は紫乃 剣護の舞台を見に行った。別に、これすることで話題作りになってシャンパンに繋がるかもしれないってだけだし。一応、SNSに舞台を見にきた報告はしとくか。


舞台上に出てきたケンさんは、酔ってる時とは大違いで男前で、力強くてハキハキとしていた。話している時はすごい甘え上手だったのに、なんだろう、この威圧感と存在感。思わず身が引き締まるような演技だった。……パチッと目が合う。彼の口角が少し上がった。


「ノアくん、僕が2.5次元俳優だって知ってたんだね」


「いや、友達から教えて貰って。今日もその友達の誘いで来ました」


「そうだったんだ。どうだった?僕の演技は」


「凄かったです!力強くて格好良くて男前で、圧倒される存在感がありました!」


「そっか。楽しめたようで良かったよ」


とスタンプを押して終わらせようとするケンさんに


「また会いたいですね」


と営業をかけた。


「僕は今からでも会えるけど、どうする?」


それって、店外デートじゃん!!どうしよう、これやったらルール違反だしなあ。でも、暗黙の了解でみんなやってるしぃ。


「ごめん!ちょっとお腹痛いからトイレこもるわ!」


と友達に言って、俺はケンさんに、


「友達と一緒にいるので、本当に一瞬、会うだけになるんですけど、それでもいいですか?」


と打診した。


「それでもいいよ。ノアくん、今どこにいる?」


「……トイレです」


俺はトイレの前で待ち構えているかもしれない友達を恐れてトイレから出られなくなっていた。そのせいでケンさんをわざわざトイレまで呼び出してしまった。待ち時間、何故かドキドキして心臓がうるさかった。ルール違反をしてる背徳感とか、さっき舞台上にいた人と会える喜びとかで。コンコンとノックをされる。その合図で僕は扉を開けた。


「ふふっ、会えて嬉しいよ」


と狭いトイレの個室の中で俺達は密着して抱き合った。


「俺も嬉しい。ケンさんめちゃくちゃ格好良かった〜♡」


「惚れ直した?」


「うん!ずるいよ。元から格好良いのに、もっと格好良くなるなんて……」


「可愛いね、ノアくんは」


ケンさんはその大きな手で俺の頭を撫でた。俺はそれが心地よくて、ずっと触られていたかった。その気持ち良さに絆されて、


「ケンさん、約束してたちゅーは?」


とケンさんにせがんでしまった。


「そうだなぁ。もっとキスするのに相応しい場所でしよう。ここじゃなくて」


「何それ、ずるいよ」


せっかく俺がしようって言ってんのに。とあからさまに拗ねた。これじゃあ、俺がキスしたいみたいじゃん。


「また会おうね。ノアくん」


と頭をまた一撫でしてから、ケンさんは出ていってしまった。俺はしばらくその場で座り込んでいた。何で俺が心乱されてんの?俺が惚れさせる側なのに……!!とちょっぴり不機嫌になって、トイレから出ていくと、友達に「便秘?」とからかわれた。


その後も連絡は一応、取り合っていた。おはようからおやすみまで連絡を取りたいけど、生活リズムが違いすぎてなかなか連絡が取り合えなかった。


「ノアくんに会いたい」


というケンさんからのメッセージ。そうそう俺は求められる側、これを、


「最近、お給仕いっぱい入れちゃって、なかなかおやすみがないんだよね〜」


ってその気持ちを踏みにじるのが最高に気持ちいい。


「そっか」


と冷たい返事をされる。ちょっとやりすぎちゃったかな?


「でも、俺もケンさんに会いたい気持ちは変わらないから」


その言葉を打ち込むと何だか心がキュンとした。こんなの嘘に決まってるのに。


その夜、ケンさんが俺指名で来てくれた。


「わ〜!嬉しい!!来てくれてありがとう!」


って無理やり上げたテンションに任せて言った。本当はあんまり会いたくない。次会ってしまったら、天使 ノアを保てなくなってしまいそうだからだ。


「ノアくん、今日は朝まで一緒に飲もうね。酔い潰れたいんだ」


「どうしたの?何かあったの??」


「ううん。ノアくんには言えないこと」


そう言われてしまうと何だかとっても気になってしまって、


「秘密にしないで。酔わせて全部吐かせるから」


といつものヤクザ営業が出てしまった。


「ふふっ、ノアくんおもしろーい!……はぁ、」


虚構の笑顔を見せた後に、すぐにため息をついて煙草を吸う。今日のケンさんは精神状態がとっても不安定だった。


「ケンさん、そんなハイペースで飲まないでよ。心配になるから」


「良いんだよ。これくらいがちょうどいいんだ」


ケンさんが飲み過ぎないように、俺はお酒の量を少なめに入れて提供していたが、


「あ、あれ可愛かったよね?エンジェルの写真。もう一回みたい」


とシャンパンを頼まれてしまって、ボトルから自分のグラスに直接入れて、ゴクゴクと飲み始めた。


「ケンさん飲み過ぎ!そんなんだと怒るよ?」


「え〜、なんでぇ?」


吐かれたら困るからだよ。なんてことは言えず、


「ちょっと耳貸して。……この後、俺とホテル行ってくれるんじゃないの?」


と耳打ちした。


「え!?そんな約束したっけ〜?」


「したよ!だから、飲まれすぎると困るの!」


「勃たなくなっちゃうからねー」


と言って、ケラケラ笑ってる。シーッと人差し指立てて黙らせた。俺的にはこの嘘が他のキャストや内勤に聞かれて、店外してると思われるのが嫌なのである。


「はい、水飲んで!」


「ありがとう、ノアくーん」


とふにゃふにゃとして水を飲んで、とろんとした目でこちらを見ている。やばい、この人ここで寝ようとしている。と思って、会計をするように急かした。財布を取り出すのも一苦労なケンさんから財布を受け取って、というかほぼほぼ奪って、前に切っていたブラックカードで会計を切った。暗証番号知っててよかった〜。と安堵したのもつかの間、むにゃむにゃと寝そうなケンさんを強引に抱き抱えて立たせて、店の外へと追い出した。


「ありがとうございまーす」


なんて適当に挨拶して。足取りがフラフラしてた。本当に帰れるのかな?あの人。まあ、僕には関係ないけど。


その日の営業が終わって、制服から私服に着替えるって言っても、フリフリのスカートなのは変わらない。今夜も稼いだなぁ、なんてホクホクしながらの帰り道。朝ごはんでも軽く食べようかとコンビニに目をやると、ケンさんがコンビニの前で座り込んで、眠っていた。周りに水や栄養ドリンクを置かれてる。


「やばい……2.5次元俳優がこんなところで寝てるなんて……」


さすがに彼の名誉のためにも助けてあげなきゃと思って、俺は彼を抱き抱えて近くのホテルへと足早に行った。フロントの人は俺達をただのカップルと思ったらしく、何の滞りもなく、部屋へとチェックインできた。


「ケンさーん、大丈夫?生きてる??」


と彼の頬を軽く叩く。彼はんーーっと唸るだけで意思疎通ができない。俺はあの場から持ってきていた水やら栄養ドリンクやらをケンさんにゆっくり飲ませて、介抱をしていた。すると、


「ん〜、僕の天使……」


といきなり俺に抱きついてきた。


「ケンさん、ちょっ……力強っ!」


その腕の中から逃れようとしても、ケンさんの力が強くて、抱きしめられたまま離れられなかった。


「ちゅーしよ、ノアくん」


俺の回答も聞かないで、彼は俺の頭を力強く掴んで、欲望のままキスをしてきた。これ、普通にレイプだろ。なんて思いつつも、その触れた唇と絡めた舌の気持ち良さで離れられないでいる。


「んっ……あぁ……くちゅ……」


あぁ、やばい。このままじゃ絆される。危機を感じた俺は、


「ケンさん、もう満足でしょ。離して」


と彼の胸板を押した。全然、ピクリとも動かない。


「ごめん、まだこのままでいさせて」


少し酔いが覚めたのか、意思疎通できるようになった彼はそれでもなお、俺を求めてきた。求められてちょっぴり嬉しくなっちゃう俺もきっとまだ酔ってるな。


「僕さ、仕事仲間を亡くしたんだ。すごい頑張り屋な奴でさ、でもすごいドン臭くて、この仕事向いてないんじゃないかってずっと思ってたんだけど、本人のやる気が凄くって、誰も止めることができなかったんだよね。こんなことになるなら、僕が殴ってでも止めるべきだった……」


と後悔の念を泣きながら伝えてきた。


「そうだったんですか……」


舞台俳優が死ぬってよっぽどの事だなぁ、とニュースにでもなりそう、なんて安直に考えながら、慰めの言葉も考えていると


「ごめんね、こんなしんみりした話しちゃって」


と情けなさそうに笑う彼。


「良いんですよ。泣きたい時は泣けば」


なんて体裁の良い言葉をかけて、背中を撫でていると、更にボリュームを増して泣き出した。


「ううっ、うわあああ……そいつ、僕の目の前で死んだんだ。悪魔に刺されて、!!」


「……悪魔、?」


「……あっ、今の聞かなかったことに、」


すんっと泣き止んだケンさんがまずそうな顔してる。


「できるわけないじゃん!!」


「ふふっ、そうだよね〜!僕、デビルハンターなんだ。知ってる?」


「えっ、……え!??2.5次元俳優は???」


「あぁ、あれが副業。本業はデビルハンターなんだ」


何もおかしくないようにデビルハンターだと言い張る彼。俺の方が頭が狂いそうだ。


「デビルハンターって漫画の話ですよね??」


「いいや、実際に悪魔はいるよ。その証拠に今、僕の目の前には天使がいるじゃないか!!」


と再度、抱きつかれて完璧にわかった。きっと、頭がおかしい人なんだと。2.5次元で暮らしてるから、2次元と3次元の区別がつかないんだって。一種の職業病か。


「そうだよね〜!俺が天使だから悪魔もいるよね!」


なんて軽く流した。すごいイケメンなのに、すごいイケメンだからこそ、残念。


「ノアくん、君ならデビルハンター向いてるよ」


「え〜、そうなの?福利厚生は??」


めんどくさくなって、設定になさそうなところを責めた。


「週休4日制。髪色ピアス自由。副業OK。ボーナス6ヶ月分年2回支給。インセンティブあり。交通費全額支給。制服貸与。ただし、私服でもOK。資格手当あり。残業代全額支給。寮費無料。あとは、社会保険とか健康保険とか諸々」


「何そのホワイト企業!??月収は??」


「月収100万だよ。頑張り次第では300万は余裕だね」


「やば!雇用形態は?」


「もちろん、正社員」


「最高じゃん!そんな夢みたいな仕事、本当にあればいいのに……」


俺は詐欺求人だと、ただの妄想の話だと高を括っていた。だけど、ケンさんの目は本気で、


「本当にあるんだよ。もし良かったら見学してみる?」


と誘ってきた。この時、俺の頭の中では「いつになったら正社員になるの?」という母親の言葉がループしていた。


「え?それはちょっと気になるかも……」


ホテルで二人で抱き合って寝てから、俺はケンさんの誘導で、ある裏路地まで来ていた。コンコンコン、アルミ製の扉を叩いてから、ケンさんは


「紫乃 剣護だ。入るぞ」


とその扉を開けて、ズカズカと中に入っていく。俺はその背中を見ながら、恐る恐る入っていった。


「紫乃さん、遅いですよ」


「悪いね。シンがいれば別に大丈夫かと思って」


ケンさんはパソコンのモニターを張り付くように見ているその男性に仲良さそうに声掛けていた。


「ん?その子、誰ですか??」


パソコンのモニターから目を逸らしたそのシンという眼鏡の男性に見つめられた。


「僕の天使♡」


「ここまで連れてくるなんてよっぽど気に入ったんですね」


「この仕事に興味あるんだってさあ」


「へぇ、あんなか弱そうで何ができるんだか。違う部署に配属した方が役に立ちますよ」


「あんなヤバい仕事、天使にさせられないって!」


「この仕事も十分ヤバいですよ。ここにはヤバい仕事しか持ち込まれないんですから」


とその眼鏡の男性はため息混じりに言った。


「そ、そんなヤバい仕事なんですか……?」


俺はとても不安になって、今すぐにでも帰りたくなった。足がすくんだ。好奇心よりも恐怖が勝ったんだ。


「大丈夫だよ。ノアくんは天使だから!」


ケンさんが満面の笑みで俺を見つめる。けど、そんな笑顔で騙されるほど俺は馬鹿じゃない。


「もう、帰ります」


と踵を返した瞬間、ブーーッブーーッと何処からかアラームが鳴った。


「呼ばれたね」


「そこの部外者、早く車に乗り込め」


と眼鏡の男性に手を掴まれて、車の後部座席に放り込まれた。


「え!?何で俺まで??」


「君がいないと僕が頑張れないからだよ」


ケンさんが俺の次に後部座席に乗ってきて、そう言って、僕の額にキスをしてきた。


「紫乃さん、カーセックスだけはやめてくださいね」


運転席にいるその男性は、そんなふざけた注意をしてきた。冗談が通じないケンさんだ。これはフラグじゃないからね。


「ふふっ、しないってぇ」


気の抜けた返事。信用ならない。


そのまま何事も怒らずに車を走らせること30分。目的地に着いたみたいだ。そこにはもう既に他のデビルハンターが到着してるみたいで、俺達はその援護をするみたいだ。


「まあ、紫乃さんが来たんだからすぐに終わるよ」


ケンさんは俺の前をドンドンと歩いていって、その後で俺はシンと呼ばれる人と話していた。


「俺、別にいらないじゃん」


「いるよ。紫乃さんは恋多き人でね。恋愛が順調だと強いし、不調だと弱い。それに守るべき人が傍にいるともっと強い」


「俺はコンカフェ嬢ですよ?客に本気で恋するわけないじゃないですか」


「え、そうなのかい?それは困るな。男の娘しか愛せない紫乃さんにとって、貴重な人材なのに……」


「残念でしたあ。悪魔とかいう戯言言う人を本気で好きになんか……」


と煽ろうとした途端、目の前には巨大な緑色した人型だけど人ならざるものが立っていた。角が生えていて腕は四本あって、鋭い目つきと牙、爪、触れられたら最後。死んでしまうんじゃないかという威圧感を放っている。


「これ見ても、まだそれ言える?」


「待って待って待って、ヤバいヤバい!!帰る帰る帰る!!」


俺は慌てて逃げようとしたけど、シンっていう男に捕まえられて、動けなかった。


「大丈夫。紫乃さんが倒してくれるから!傍にいてあげて!!」


そう言われた瞬間、いろんな感情がごちゃ混ぜになった。ここで逃げたら助かる?でもケンさんが弱くなって助からないかもしれない。じゃあ、留まる?こんな恐ろしい怪物を目の前にして?嫌だ嫌だ嫌だ、帰りたい帰りたい帰りたい!!でも、ここで俺が帰ったら、ケンさんは悲しむだろうな。悪魔という奴に勝っても負けても悲しむだろうな。


「ノアくん、見ててよ!絶対に勝ってみせるから!!」


そのケンさんの声を聞いて、俺はハッとした。ケンさんが俺を求めている。心から俺を求めているんだ。


「絶対に勝て!!ケンさん、頑張れ!!」


というとケンさんは殴り拳だけでその悪魔を圧倒する。俺はそれを傍からワーキャー言って見てることしかできなかった。


悪魔がその大きな手を振るった時、ケンさんの胴体に大きな傷跡ができてしまった。


「あぁっ!!どうしよう!!ケンさん負けちゃう……」


「大丈夫だ、俺が治療して……って、オイ!!」


シンの言葉を聞かずに俺は走り出していた。ケンさんが苦しんでる困ってる。助けなきゃ、助けなきゃ、その思いでいっぱいだった。


────あ、何だ。やっぱ、俺も好きなんじゃん。


ケンさんから貰ったエンジェルホワイトのボックスでその悪魔に殴りかかった。一般人がそれを食らっても、「痛ってぇ!!」ってちょっぴり痛がる程度だと思うのに、その悪魔にはその悪魔の身体が溶けるほど、俺の攻撃が効いていた。


「え、効いてる……?どーゆーこと??」


「やっぱノアくんが天使だからだよ。ありがとう」


とケンさんに優しく頭を撫でられると、何だか心の奥底からじんわりと熱くなってくる。ぼろぼろなケンさんが俺を守るために一歩、俺の前に出る。そして、出血部位に手をやると、そこから血が固まってできたような剣が出てきて、それをケンさんがあの時の舞台上のように格好良く振るうと、その悪魔はグズグズに崩れて消えていった。


「ケンさん!!すごい!!格好良い!!天才!!」


俺が語彙力なく喜んだ勢いでケンさんに抱きつくと、ケンさんは力なく弱ったように笑った。


「ありがとう。ノアくんが傍にいてくれたから勝てたよ。ノアくんがいなかったら勝てなかった」


「ケンさん、もう大好き!!ずっと傍にいる!!」


ぎゅっと抱きしめて、俺のお気に入りの服にケンさんの血液が付いても、それすらも愛おしかった。


「ふふっ、それは色恋?それとも本心??」


俺が心をこんなにもさらけ出してるのに、ケンさんは意地悪く俺を試すようにそう聞いてくる。


「本心に決まってんじゃんバーカ」


と言ってから、俺はケンさんにキスをした。

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