【解題】壊れた声が響くとき
皆様ごきげんよう。
作者の如月柚希と申します。
このたびは、拙作に目を留めてくださり、心より感謝申し上げます。
■ 執筆のきっかけ
この物語は、私が長く抱いてきた「人の闇」に対する想いから生まれました。
人は、どこまで追い詰められれば狂うのか──
その問いが、私の中でずっと響いていました。
御影俊彦は、妻を亡くし、孤独と疑念に追い詰められ、やがて狂気に呑み込まれていった男です。
しかし、彼が手にしていたのは、単なる「暴力」や「悪意」ではなく、
もっと切実で、もっと静かな、「信じたい」という思いでした。
人は誰しも、自らの選択が正しかったと信じたくなるものです。
それが誤りであるとわかっていても、なお、その誤りにしがみついてしまう──
御影の姿は、そんな人間の弱さと哀しさを象徴していたのかもしれません。
けれど、それだけではありません。
彼の背後には、もう一つの「闇」がありました。
それが、月影ルカという存在です。
■ ルカの存在について
ルカは、私にとって特別な存在です。
彼女は、人の「闇」を嗅ぎつけ、それを暴くことに異様な執着を抱く女です。
けれど、それは単なる狂気ではありません。
彼女が人の闇に魅せられたのは、「人が壊れる瞬間にこそ、その人の本当の姿が現れる」と信じているからです。
仮面を剥がされ、偽りのない感情が剥き出しになったとき──
そこにこそ、その人が抱えていた「痛み」や「孤独」が見える、と。
彼女の狂気の根底にあるのは、人の苦しみに共鳴してしまう優しさだったのではないか。
私は、そんな思いを込めてルカを描きました。
ルカは、人を壊したいのではなく、
「壊れた人間の奥にある、かすかな声」を確かめたかったのかもしれません。
だからこそ、ユイという存在が、ルカにとっては特別でした。
ユイの冷静な理性と、静かに人の声に耳を傾ける姿勢は、
ルカにとって「壊れない人間」そのものであり、
同時に「いつか壊れてしまうのではないか」と怯えさせる存在だったのだと思います。
■ ユイの存在について
八雲ユイは、冷徹な論理で事件に挑む検察官です。
彼女は、あくまで事実に基づいて正義を貫こうとします。
けれど、その内には「声なき声」を見逃さない、誰よりも繊細な感受性がありました。
ユイは「証拠がすべて」と言いながら、御影の「止めたかっただけだ」という言葉に何かを感じ取り、
最後までその“かすかな声”に耳を傾けようとしていました。
ユイが冷徹であろうとするのは、「冷たくあらねばならない」と、自らを律していたからです。
けれど、本当は誰よりも「人の声」を求めていた。
それが、ユイの「人間らしさ」なのだと思います。
■ 「正義」と「狂気」
私は、この物語で「正義」と「狂気」を対極のものとして描いたつもりはありません。
むしろ、正義は時に人を狂わせ、狂気は時に人を救うことさえある──
そんな危うさが、現実にはあるのではないかと感じています。
ユイの正義が、ルカの狂気とぶつかりながらも、
最終的には「人の声」を拾おうとしたように、
人の本当の声は、時に正しさではなく、「痛み」の中に宿るのかもしれません。
■ 最後に
御影俊彦の「止めたかっただけ」という言葉には、
彼の狂気と共に、「誰かにわかってほしい」という人としての叫びが込められていました。
ルカの「壊れた人間は綺麗」という言葉には、
彼女自身の「壊れた自分を誰かに見てほしい」という切実な願いが隠れていました。
人は、迷い、傷つき、誤る生き物です。
けれど、その弱さこそが、時に「かすかな声」を生み出し、
その声は、誰にも奪えない「その人の意思」なのだと、私は信じています。
人は、静かに狂う。
けれど、その闇の中にさえ、きっと“人間らしさ”は残されている。
その“かすかな声”が、誰かの心に届くことを願いながら、
私はこれからも、言葉を紡ぎ続けたいと思います。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
それでは皆様、ごきげんよう。
如月柚希