表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

ep3:崩壊の音色

「……冗談だったんだ」


御影俊彦の声は震えていた。


「“死ねばいいのに”……あんなの、ただの口喧嘩の延長で……本気じゃない……」


「本気じゃなかった……?」


ユイが静かに言葉を投げた。


「ならば問うナリ。何故、事件当夜、被告人は妻のスマートフォンを故意に破壊しようとしたナリ?」



御影が肩を震わせる。


「そ、それは……」


「さらに問うナリ」


ユイの声は淡々としていたが、その視線は冷たく射抜くように鋭かった。


「遺体の首筋に残された絞扼痕──その傷は、人の手では不可能なほど均一に圧力がかかっていたナリ。これは、“ロープで絞められた”痕跡に他ならないナリ」


「違う……俺は、そんな……」


「では、これならどうナリ?」


今度はルカが立ち上がる。


「……事件当夜、御影俊彦は、犯行後にタオルで妻の首を拭っていた。近隣住民の証言です」


御影の目が見開かれる。


「お前は、血痕や指紋が残らないよう、傷口を覆い隠そうとした……違いますか?」


「違う! 俺は……俺は……!」


「何を隠していたのですか?」


ルカの目が、狂気に濡れていた。


「御影俊彦……貴様は、妻の不貞を疑っていたナリ」


ユイが淡々と畳みかける。


「事件の2週間前、貴様は探偵事務所に浮気調査を依頼していたナリ。事実、妻の行動を執拗に記録したメモが、被告人の部屋から発見されたナリ」


「俺は……ただ、確かめたかっただけだ……!」


御影は顔を覆った。


「“確かめたかっただけ”の人間が、妻のスマートフォンを破壊するかナリ?」


ユイの声が低く響いた。


「違う……違うんだ……」


御影は自らの髪を掻きむしる。


「貴様が不貞の証拠を見つけ、感情を抑えきれずに妻を手にかけた──それが、ワガハイの結論ナリ」


ユイの声は、無慈悲なまでに冷たかった。


「違う……違う……」


御影が呟く。


「貴様は、妻の部屋に残されていた離婚届を見つけていたナリ」


「……っ!!」


御影の顔色が蒼白に変わった。


「証拠として提出します」


ルカが封筒を持ち上げる。


「その離婚届には、奥様の署名がありました。そして……被告人の署名は、血で滲んでいた」


「血……?」


弁護人の声が震える。


「そうナリ」


ユイは証拠書類を手に取り、裁判官に差し出した。


「司法解剖の結果、妻の指には皮下出血が認められていたナリ。何者かが、彼女の指を無理やり引きずり、印鑑を押させた痕跡ナリ」


「その“何者か”とは──」


「御影俊彦ナリ」


ユイの声が静かに法廷に響いた。


「違う……違う、違うんだ……」


御影の声は涙に濡れ、掠れていた。


「ルカ、やりすぎナリ」

ユイが声を低く抑えた。


「ワガハイは、事実だけを積み上げたいナリ。感情や演出で揺さぶるのは、検察官の本分ではないナリ」


「……ユイ様」


ルカの声が甘く滲んだ。


「ユイ様は、甘いですね」


「……」


「彼は、今も何かを隠しています。嘘をつく人間の目を、ユイ様が見逃すはずがない」


ルカの声は、異様な高揚感に満ちていた。


「……人の闇はね、引きずり出してやると、綺麗に暴れ出すんです」


御影の震えが止まらない。


「やめろ……」


「さあ、御影さん」


ルカがゆっくりと笑った。


「……もう隠すものなんて、ないでしょう?」


「やめろ……やめてくれ……」


「なにが“違う”んです?」


「やめろ!!」


御影が絶叫した。


「俺は……俺は、殺してないんだ!!」


法廷が一瞬、静まり返った。


御影は、肩を震わせながら泣いていた。


「じゃあ、何をしたナリ……?」


ユイの声が低く響く。


「俺は……俺は……」


御影は、顔を覆った手の隙間から、掠れた声を漏らした。 


「俺は……止めたかっただけだ……」


「“止めたかった”とは、どういう意味ですか?」


ユイが静かに尋ねる。


御影は震えながら、言葉を搾り出した。


「……あいつ、誰かと電話してたんだ……知らない男と……。『もうすぐ終わるからね』って……あいつ、笑ってた……」


御影の肩が震えた。


「……それで、俺は……あいつに“どういうことだ”って詰め寄ったんだ……。そしたら、笑いながら……『好きにすれば?』って……」


御影は顔を覆ったまま、泣きじゃくるように言った。


「それで、俺は……ロープを掴んで……でも、殺すつもりなんかなかった……ただ、止めたかっただけなんだ……」


「……狂気に堕ちたのは、妻のほうだと?」


ルカが笑った。


「お前が狂っていたナリ」


ユイの声が鋭く響いた。


「……誰が狂っていたかなんて、もうわからないナリ」


ユイの声は、冷え切った氷のように響いた。



法廷の空気は、どこまでも重苦しく沈んでいた。


人の正義も、狂気も、曖昧な影の中に溶け合っていた。


「……この裁判が、“真実”になるナリか?」


ユイは小さく呟いた。


その言葉は、誰にも聞こえなかった。


だが、隣のルカだけが、薄く笑った。


ルカは、ユイの横顔をじっと見つめ、ふっと微笑んだ。


「……正義なんて、誰かの“都合”で形を変えるものよ」


ユイは、わずかに目を細めた。


「正義が勝つんじゃない。勝ったほうが正義になるの」


ルカの声は、まるで甘い毒のように法廷の空気に溶け込んだ。


「人ってね、善人のふりをしてるときが一番醜いの。


その仮面が剥がれて、必死に正義にすがる姿……あれが一番、綺麗なのよ」


ユイは、わずかに顔を背けた。


「人はね、狂うときが一番正直なの。だから……」


ルカはユイの耳元で、囁くように言った。


「ワタクシは、人が“壊れる音”が好きなの」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ