ep2: 審判の狂宴
「検察官、ユイ、および月影ルカ、入廷願います」
法廷が静まり返った。
ユイの小さな靴音と、ルカの静かな足音が並んで響くと、傍聴席の空気が緊張に満ちた。
ユイは検察席の中央に、ルカはその隣に座った。
ユイは前を向いたまま、ふとルカに目をやる。
(こいつの目……)
ルカの瞳は、どこか熱に浮かされたような光を宿していた。
「……ワガハイが検察官ユイナリ」
ユイの声は冷静だった。可憐な容姿とは裏腹に、その声音には感情の一片もなかった。
「本件の被告人、御影俊彦は、妻である御影詩織を計画的に殺害したナリ」
「異議あり!」
弁護人・大原が立ち上がった。
「証拠は状況証拠ばかりです。事件は過失致死の可能性も否定できません。検察側の主張は、ただの推測に過ぎない!」
ユイは冷笑を浮かべた。
「ワガハイが推測で断罪するなどと思うナリか?」
ユイは手元の資料を広げる。
「まず、被告人は事件の3日前、ホームセンターでビニールロープを購入していたナリ。そして、その繊維片が遺体の爪の間から検出されているナリ」
「それだけでは、偶然の可能性もあるでしょう!」
弁護人が声を荒げる。
「それについては、次の証拠がございます」
静かにルカが立ち上がった。
「被告人が事件前に妻へ送ったメッセージです」
ルカはスマートフォンの画面を掲げた。
「……死ねばいいのに」
御影俊彦のスマートフォンから妻へ送られた、短くも鋭い言葉が法廷に響いた。
「そ、そんなのただの冗談だ……!」
御影の声が震えた。
「冗談?」
ルカの声が低く響いた。
「被告人は、事件当日の夜、妻のスマートフォンを故意に破壊しようとしていたのではありませんか?」
「……違う! 俺は……」
「さらに、遺体発見当日、御影俊彦は焦った様子でタオルを握りしめ、妻の首を何度も拭っていた──近隣住民の証言がございます」
「そんな……俺はただ……」
「“証拠を消そうとした”と考えるのが自然では?」
ルカの声は静かなままだったが、異様に熱を帯びていた。
「やめろ……」
「ロープを使い、首を絞め……その後、苦しむ妻をさらに突き飛ばし、壁に頭を打ちつけさせた……」
「違う! 俺はそんなことしてない!」
御影の叫びに、法廷がざわめいた。
「ルカ、下がるナリ」
ユイの冷たい声が響いた。
「……まだ終わってません」
ルカが静かに応じたが、その瞳は抑えきれない興奮で光っていた。
「ルカ」
ユイの声が、氷の刃のように鋭くなった。
「下がれ」
ルカは不服そうに唇を噛みしめながら、一歩下がった。
休廷中、ユイは弁護士控室にいた。
「……ルカ」
声をかけると、ルカはまるで幽霊のようにふわりと振り返った。
「なんでしょう、ユイ様」
その顔には、異様な高揚感が張りついていた。
「貴様、さっきの……やりすぎナリ」
「……やりすぎ?」
ルカはゆっくりと笑った。
「“追い詰められた人間の顔”……見たでしょう? あの表情が、ワタクシはたまらなく好きなんです」
「……」
「ユイ様は、人の善性を信じすぎなのです。」
ルカの目が爛々と光る。「誰の心にも闇がある。御影の“罪”を暴き出すには、もっと深く、もっと……」
「……ルカ」
ユイは睨みつけるようにルカを見据えた。
「人間の闇を暴くのが、検察官の仕事ではないナリ」
「……いいえ」
ルカの笑みが、さらに深く歪んだ。
「闇を暴くのが、ユイ様の“正義”でしょう?」
その声には、異様な興奮が滲んでいた。
「……勘違いするナリ。ワガハイは、正義のために闇を暴くナリ。貴様のように“楽しむ”ためじゃないナリ」
ルカは微笑みながら、ユイの顔をじっと見つめた。
「ユイ様……」
ルカの声は、まるで恋人に囁くような甘やかさを帯びていた。
「ユイ様が、“本当に知りたいもの”は……ワタクシが誰よりも知っています」
ユイは何も答えず、ただ冷たい視線を落とした。
「裁判で、それを証明するナリ」
その声は、どこか震えていた。
法廷に戻ると、御影は肩を落とし、顔色を失っていた。
「俺は……俺は……」
掠れた声が、微かに震えていた。
ユイは静かに御影を見つめた。
(……あの男は、本当に罪人ナリか?)
彼の声は、どこか違和感があった。
──あの声は、「やってしまった者」の声ではない。
──あれは、追い詰められた者の声だ。
「……声なき声に、耳を傾けるナリ」
ユイは、胸の奥に小さく芽吹いた不安を押し殺しながら、ルカを横目で見た。
その横顔は、微かに紅潮していた。
まるで、人の心が壊れる瞬間を待ち望むかのように──。