プロローグ:氷と炎の肖像
法廷には、様々な人間がいる。
怒りに震える者、涙に崩れ落ちる者、真実を語る者、嘘を重ねる者──。
その誰もが、人間の弱さや醜さ、時には希望すら抱えて、裁かれるのを待っている。
だが、ひとつだけ変わらない存在がある。
それが、八雲ユイと月影ルカという二人の検察官だった。
麗央那は、検察官としては異質な存在だった。
身長は150センチにも満たない小柄な体躯。
まるで人形のように整った顔立ちに、雪のように白い肌。
目元には柔らかく丸みがあり、その瞳は宝石のように澄んでいる。
彼女が微笑めば、まるで幼い子供のように無垢で可愛らしい印象さえ与えた。
けれど──。
「……ワガハイが、検察官ユイナリ」
一度、言葉を発せば、その可憐な容姿は一瞬で氷の仮面に変わる。
その声は低く、静かで、冷ややかだった。
幼さを思わせる顔立ちとは裏腹に、その言葉は鋭く、迷いがない。
ユイの瞳に映るのは、善と悪の境界ではない。
彼女の世界には、ただ「裁かれるべき者」と「そうでない者」だけが存在していた。
「正しさ」の名のもとに、ユイは冷酷に事実を突きつける。
彼女はその小さな体で、何人もの罪人を法の下に沈めてきた。
彼女の信念に情や慈悲はない。
罪は罪、悪は悪。
法廷の場に立つユイにとって、そこに迷いはないのだ。
その隣に立つのが、もう一人の検察官──月影ルカだった。
ユイとは対照的に、ルカは背が高く、どこか気品さえ漂わせる美しい女だった。
肩まで流れる艶やかな黒髪は、漆のように深く、その瞳は夜の闇を思わせる冷たさを秘めていた。
静かに微笑むその顔は、何かを悟り尽くした者のような落ち着きを見せていた。
「……ユイ様、素晴らしいです」
その言葉に宿る声は、まるで信仰の告白のようだった。
彼女の視線が捉えているのは、事件でも証拠でもなく、ただ一人──ユイ。
ルカはユイに心酔していた。
ただの尊敬ではない。
それは“崇拝”とも呼べる感情だった。
ユイの言葉を疑うことは決してない。
ユイの判断を否定することも決してない。
たとえユイが冷たく突き放そうと、
冷酷に誰かを裁こうと、
ルカにとって、その姿は「美しい」以外の何物でもなかった。
ユイを支え、ユイに従い、ユイを守る。
それが、ルカにとっての「正義」だった。
──いや。
「……ユイ様に救われるのは、ワタクシだけでいい」
その言葉は、誰にも聞こえないほどの小さな声だった。
けれど、その声音には、静かな狂気が滲んでいた。
ユイが誰かに心を許すことがあるなら──
ユイが誰かを信じることがあるなら──
その相手は、自分以外であってはならない。
ルカの中には、そんな歪んだ愛情が渦巻いていた。
氷のように冷たく、人間の闇に容赦ないユイ。
そして、炎のように燃え盛る狂気を胸に秘めたルカ。
彼女たちは共に、法廷に立つ「検察官」だった。
ユイの冷酷さが、ルカの狂気に火を灯し、
ルカの執着が、ユイの孤独を支えていた。
歪で危うい二人の関係は、時に正義と狂気の境界すら溶かしてしまう。
だが、法廷において、彼女たちに隠し通せる嘘は、存在しない。