第95話 夏祭り②
月上さんが呼んだ黒塗りの車に乗り、僕が連れて来られたのは高層マンション。真っ黒で、僕の住んでいるマンションの倍以上の高さはありそうだ……。
マンションを出入りする人もオーラのある人ばかり。
「ここが月上さんのお家ですか……」
「そう。私の母親が管理しているマンション。最上階は全部、私の家」
「へぇ……えぇ!? 最上階全部!?」
や、やっぱり住む次元が違う……二重の意味で。
「驚いている時間は無い。もたもたしてたら、祭りが終わっちゃう」
「……はい」
未だに乗り気ではない。
浴衣を着たら、月上さんと同じ恰好をしたら、もっと差がハッキリ見えてしまう気がする。
でもこれだけやる気になってるんだし、止めることはしない。僕の浴衣姿を見たら、月上さんはもう僕に過度な期待はしなくなるだろう。それでいい。
僕は月上さんの後ろについて、マンションに入る。
中に入るだけでカードをかざしたり、番号を入力したり、瞳孔をスキャンしたりと三重のセキュリティがあった。瞳孔スキャンとかスパイ映画でしか見たことないぞ……。
最上階に到着。
大理石の床と壁だ(多分)。床にはカーペットが敷いてある。最上階も通常のマンションと同じく〇〇〇号室といった感じに分かれている。
月上さん曰く、それぞれの部屋に役割があって、例えば映画などの動画を見るためだけの部屋や、筋肉トレーニングをするための部屋、完全防音でカラオケや楽器の演奏ができる部屋等々があるそう。
「星架様」
メイド服を着た女性が一室から出てきた。
わ、若い。僕と同じくらいじゃないかな……高校生程に見える。
「氷室。この子に浴衣を着せてあげて。あとヘアメイクもお願い」
「承知しました」
「え? え?? あの……」
「ではこちらへ」
「私はエレベーターの前で待ってるから」
氷室さん? に連れられ、僕は大量に服のある部屋にきた。
部屋の中央に座らされる。
「ひ、氷室さん……その……」
氷室さんは絶え間なく動く。それはもう、分身が見えるぐらいの速度で色々と準備する。前世は忍者かなにか?
鏡、ヘアメイクセット等々があっという間に僕の正面にある机に揃えられる。
「浴衣は……これがいいですかね」
氷室さんは可愛らしい、花柄でオレンジの浴衣を持ってくる。
「違うな氷室。お前は優秀なメイドだが、ファッションセンスだけはいまいちだ」
部屋に女性が入ってくる。
氷室さんはその方を見ると、一歩下がって会釈をした。
僕はその女性を見て、つい見惚れてしまった。
(き、綺麗な人……)
月上さんに似た銀色の髪、ミディアムショートの女性。背は大きくて170cmぐらいはあるかな。足が長くて、スラっとしていて、それでいて胸は大きい。
肩の出た白い服を着ていて、下は足の長さを強調するワイドパンツ。カッコいい……。
つ、月上さんのお姉さん、かな。
「乱月様。こちらは星架様のご友人の――」
「古式レイだろ。知っているさ。よろしくねレイちゃん。私は月上乱月だ。星架の母親だよ」
「は、母親!?」
あのファッションデザイナーって噂のお母さん!?
わ、若い……ウチのお母さんも若作りだけど、それ以上だ。
「ああ、えっと、その……古式レイです。よろしくお願いします!」
立ち上がって挨拶すると、月上さんのお母さんは軽く右手を振り、
「かしこまらなくていいよ」
そのまま月上さんのお母さんは僕の肩に手を置く。
「この子は花ってタイプじゃないだろ。和金(金魚の一種)柄のやつがあったはずだ。アレを着せてあげな。金魚の持つ静謐な美こそ、この子に相応しい」
月上さんのお母さんは僕の肩を押して椅子に座らせ、メイクセットを手に取る。
「私がメイクアップしてあげる。1流のファッションデザイナーのメイクなんて、本来なら数万はかかるよ」
「あ、ありがとうございます!」
前髪を上げられ、人生で初めてに近いメイクを受ける。
「肌ツヤいいね。メイクが良く乗る。顔も小さいし、目もぱっちりだ。これはやりがいがある。君、キッチリ身だしなみ整えたらモテモテになれるよ」
「あ、えっと、はい……」
か、顔がくすぐったい……。
「おでこ出すと子供っぽいから、横に流して目にかからないように……っと、OK。できたよ」
「あ、ありがとうございます」
「いいよ。これからも星架と仲良くしてやってくれ。アレは自意識過剰の権化でね。自分以外の誰も自分に到達し得ないと思っている。君の狙撃で、あの阿呆の胸に風穴を空けてやってくれ――シキ」
「はい! って、あれ?」
振り返るけど、月上さんのお母さんの姿はもう無かった。
(僕のプレイヤーネーム、なんで知ってるんだろう? 月上さんに聞いたのかな)
「レイ様。着付けに移ってもよろしいでしょうか?」
「あ、はい!」
成されるがまま、浴衣を着せてもらう。
姿見の鑑の前に行き、自分を見る。
――驚いた。
見飽きた自分のはずなのに、知らない人がそこに立っていた。
レイなのに、どっちかって言うと『シキ』のアバターに似ている。じ、自分にこんなこと言うのもアレだけど……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、可愛いかも……。
月上さんのお母さん、それに氷室さんが凄いんだ。あんなに地味だった僕を、見事に人並みの外見までもっていった。
『メイクは魔法』だなんて誰かが言っていたけど、まさにその通りだ。世の女性がメイク道具を手放さない訳がわかった。
「私の役目はここまでです。どうぞ、星架様に見せてあげてください」
「は、はい! ありがとうございます、氷室さん」
頭を下げ、部屋を出る。
エレベーター前。こちらに背を向けている月上さんに近づく。4歩の距離まで近づくと月上さんは僕に気づき、こちらを振り返る。
そして――
「可愛い」
一言、ただそう言ってくれた。無表情のままだけど。
「……うぅ……! その……えと……ありがとう、ございます」
顔が赤くなっているのがわかる。
月上さんはお世辞でそういうことを言わない人だから、嬉しいし、照れくさいよ……!
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改めて車で祭り会場の近くまで送ってもらい、祭りの開かれている大通りに足を運ぶ。
人混みの中に突っ込んでいくつもりだったけど、なぜか、みんなこっちを見ると勝手に道を開けた。まるで大名の前に道を作る武士のように。
「……肌白い……」
「……モデルさん? それとも女優とか?」
や、やっぱり月上さん凄いな。そりゃそうだよ。こんな美人が前から歩いてきたら僕だって道を空け――
「……すっごく可愛いね。2人とも」
え……?
(2人……? いま、2人って言った? 月上さんと……誰?)
周囲を見渡すも、月上さん以外に存在感を放っている人はいない。
「……銀髪の子はハーフかな。洋風の美人だよね」
「……黒髪の方は大和撫子って感じだね~」
えっと……もしかしてだけど、まさかだけど、2人って……月上さんと、僕のことなのかな。
「焼きそば」
「え?」
「焼きそば。食べたい」
月上さんは焼きそばの屋台を指さす。
なんか――馬鹿らしくなってきたな。
『月上さんの横を歩ける人間じゃない』だとか、『上手く祭りを周れるか』とか、そんなのどうだっていいじゃないか。
ただ、この可愛い人と、楽しく祭りを周れればそれでいいじゃないか。
「――はい! 食べましょう。焼きそば!」
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