第88話 狙撃手vs大怪盗
8月17日、ゲーム内時間44時。
ラビリンスがトライアドを盗みに来る日。
場所は再びエレクトラのイリスタワーだ。
「すみませんイヴさん。また付き合ってもらって」
「別に構わないけどよ。こんな所でなにやってるんだ?」
トラックの荷台に座り、瓶に液体を詰めていく。
布で瓶に封をし、それをアイテムポーチにしまう作業を繰り返す。
「くっせ! 灯油の匂い……火炎瓶かそりゃ! 嗅覚感度下げよう……」
火炎瓶は市販されているけど、手作りで1本ずつ作っていく。全ての材料をこだわる。燃料の種類も、瓶の種類も、噛ませる布も。
小さなこだわりの積み重ねが、確実な勝利を運んでくれる。
「あんな動き回る奴に火炎瓶なんて効くか?」
「どうですかね。これはジョーカーでもエースでも無く、言うなればスペードの3。相手がジョーカーを出さない限り出番はないし、打つタイミングが悪ければ不発で終わる手です」
「ふーん」
「今回もイヴさんは、僕をラビちゃんの近くまで運んだら撤退してください。援護とかは結構ですので」
「頼まれてもできないよ。最後にトリガー引いたのはもう3か月以上前だ。つーかよ、中で張ってなくていいのか? 今回はオークションがあるわけでもないし、軍警で保管庫を守ってるんだろ。その警備に加えてもらえばいいじゃないか」
トライアドはイリスタワーの保管庫にしまってあるそうだ。当然、保管庫には大量のセキュリティが掛けてあり、護衛の数も3桁らしい。
「無理です……無理無理! 知らない人がいっぱい周りに居たら狙い狂いまくります! 僕が動くのは彼女がタワーの外に出てからです」
普通に考えたら盗むなんて無理だけど、ラビちゃんならやるだろうね。
それから暫く待ち――45時。
「時間だな」
軽トラの荷台には前と同じバイクがある。
僕らはバイクに跨る。
「来たか」
「はい」
タワーの上、月を背景に彼女は現れた。
すでにその手にはトライアドがある。
(現時刻45時1分。あれだけの数の護衛とセキュリティを1分足らずで……さすがラビちゃんだ)
ラビちゃんの口が動く。声は届いていないけど、なんて言ってるかはわかった。
――『やろうか』。
「……うん。やろう。ラビちゃん」
ラビちゃんはタワーの陰から何かを取り出し、背負う。
「なんだありゃ」
「僕には……ロケットに見えますね」
そう、ロケットだ。背丈の倍ぐらいの大きさのロケットをリュックのように背負っている。
「そりゃ、ワイバーンは使わないと思ってたさ。あの速度じゃお前さんに撃ち落とされるのは明白だからな」
「とは言え……」
「ありゃはえぇぞ!!」
イヴさんはバイクのエンジンを掛け、荷台を飛び出し、駐車場をグルグルと回り始める。
「イヴさん!? なにを……」
「エンジンあっためて、ついでに助走をつけてんだ! あんなの相手に重い腰を上げている時間はねぇ!」
ラビちゃんのロケットが点火し、飛び立つ。
「うぉら!!」
イヴさんもバイクを走らせ、後を追う。速度はあっちが上だ。だけど、
「あのロケット、徐々に速度を落としてる。そこまで距離は伸ばせないはずだ!」
「恐らく街までの片道切符ですね!」
距離2.5km、これ以上離れたらまずい。
射程ギリギリ。射線は通ってる。
あの速度域じゃ逆に身動きは取りづらいはず。
(ここ!)
橋の上、先に街に入ったラビちゃんに向けてトリガーを引く。
ラビちゃんは着弾の寸前でロケットを背から切り離した。僕の弾丸は分離したラビちゃんとロケットの間を抜ける。
「さすがに一筋縄ではいかないな」
ラビちゃんは自身のスラスターでホテルの上に行く。
僕らも街に入り、道路を走って追跡する。
「上がるぞ!」
「はい!」
バイクは電柱を駆け上がり建物の上に。前回と同じだ。建物の上を互いに飛び移っていく。
その鬼ごっこは1分続き、大型ショッピングモールの平らな屋根の上でようやく距離150mまで近づいた。
「後は好きにやりな」
「ありがとうございます!」
僕はバイクを足場に飛び、ラビちゃんを追いかける。
(ビル街……!)
ビルとビルの間をラビちゃんは優雅に駆けていく
ビルの窓にワイヤーを引っかけ、スラスターを節約しつつワイヤーの伸縮を使って逃げる。相変わらずのワイヤー機動だ。鮮やかでカッコいい飛行だよ。
普通に追いかけっこしてたら距離を離される。僕もスラスターを回復させる消費アイテム(TH瓶)とスラスターの消費量を減らす消費アイテム(セービングガム)を併用して何とか食い下がってるけど、限界がある。早めに仕掛けよう。
(バレットピース!)
バレットピース6基とアサルトライフルでラビちゃんの背後を狙う。
ワイヤーをアサルトライフルの弾丸で断ち切り、バレットピースのレーザー弾で進行方向を塞ぐ。ラビちゃんの速度が緩み、距離が詰まっていく。
「んもうっ! 簡単にワイヤーを撃ってくれちゃって!」
高層ビルの傍。4車線道路の上空50m。
距離20m――G-AGEの射程圏内!
「落とす!」
「無理だよ」
ラビちゃんはRed-Lieを構える。僕はG-AGEを右手に握る。
互いに発砲。G-AGEの弾丸は避けられ、Red-Lieの弾丸はシールドピースで防いだ。
「やっぱり、20mが反応できるギリギリ……!」
ラビちゃん、G-AGEの性能については知らないはずだけど、シールドピースで受けようとはしない。
常に回避を選択することに特別な理由はない。きっと『防御より回避の方が怪盗らしい』とかそういう理由だ。合理的な思考じゃないからこそ厄介!
「これ以上は近づけないでしょ、シキちゃん」
「それは、どうかな!」
僕は新たな武装を展開する。
「ちょっ……!? シキちゃん、それ……」
僕が展開した武装の名はFL-13――灼熱のルプスを倒して手に入れた、火炎放射器だ!
「スマートじゃないよぉ!!」
「僕は怪盗じゃなくて追跡者! スマートさは……いらないよ!!」
火炎の灯りが夜の街を照らす。
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