第83話 真っ赤な唇
わ、ワルサーP38“Red-Lie”……!
(か、カッコいい!!)
つい目が輝いてしまう。見惚れてしまう。
いけない……集中しないと。
「……怪盗らしい銃をお持ちですね」
「敬語は辞めてよ。私と君の仲じゃない」
「?」
この人、僕のことを知っているのか……?
なんか……変だ。この人と対面しても一切緊張しない。
イヴさんもあまり緊張しない相手だけど、それよりもさらにだ。普通の人が100緊張して、イヴさんが30ぐらい。でもこの人は……0。梓羽ちゃんと同じレベルで緊張しない。
「もうっ! ちょっとおこだよ私!!」
「え!?」
「なんで私が気づいているのに君は気づかないのさっ!」
ラビリンスは子供っぽく怒る。ぷんすかという効果音が聞こえんばかりに。
「……えっと、どちら様ですか……?」
「む~。本当にわからないの? 昔から、感は良いのに勘は鈍いよねぇ――レイちゃん」
記憶が、蘇る。
僕を『レイちゃん』と呼ぶ怪盗。そんなの……1人しかいない。
「千尋ちゃん……?」
バン! と銃声が鳴った。ラビリンスがワルサーを撃ったんだ。
無意識に、反射的に、僕は頭を左に振った。直撃は免れたものの、弾丸は右の頬を掠めた。
(しまった……!?)
完全に油断した。意識の緩みを的確に衝かれた!
「相変わらずの反射神経だね。でも、さすがに私と再会できた喜びで警戒が緩んだね」
(通常のワルサーより速い! 弾速で言えばレーザー式のハンドガンより上だ!)
でも掠っただけ。しかも実弾だ。耐久は100の内の2しか減ってないし、見た目的にも頬に1本線が入った程度。いくら受けても問題は無い。
「掠っただけ……だから大丈夫って思ったでしょ?」
「!?」
なんだ……?
赤い稲妻が、ノイズと共に視界に走る。稲妻が走る度、ラビリンスの姿が消えていく。
「これがRed-Lieの力。傷を付けた機械にナノマシンを埋め込み、視界をハッキングする」
プツン。という音と共に、ラビリンスの姿は完全に消失した。
「嘘塗れの世界へようこそ」
姿も、気配も、まるで感じない……!
(僕のG-AGEと同じ……特殊効果を持ったハンドガン!!)
レーダーもおかしくなった。プレイヤーアイコンが半径50m以内に100もある。もちろん、そんな数のプレイヤーは確実にこの付近にはいない。Red-Lieのナノマシンはカメラだけでなく、レーダーも侵すのか。
(耳はどうだ……)
耳を澄ます。
音は聞こえる。足音、呼吸音、衣擦れの音。
僕はアサルトライフルを実体化させ、音を追って連射する。しかし弾丸は虚空を貫くだけ。
「あはは! 無駄無駄。普通の人間ならともかく、私を音だけで追跡するのは不可能だよ」
声は聞こえるのに、場所を特定できない。声の位置が、激しく変わっている。
「私なら上手く声を反響させて別の角度から声を聞かせることも」「スピーカーを死角に仕込んで同時にあらゆる場所から声を響かせることも」
「どっちも併用して声を乱反射させることもできる」「声や呼吸の音から追跡することは不可能」
「足音も消すことができるし」「足音を声で再現することもできる」「大体の音は声で再現できる。布が擦れる音、心臓の音までもね」
「スラスターの音だけはさすがに消すことも声で再現もできないけど」「そもそもスラスターなんて使わなきゃ音でないしね」
四方八方、至る所から声が聞こえる。
足音も消えたり、あるいは大量に増えたりする。
三半規管を指で撫でられているような感覚。気持ち悪い……音に酔いそうだ。
音じゃ追えない。少なくとも僕には無理だ。きっと、ツバサさんレベルの音感が無いと不可能。
(だったらボッチセンサーで……あれ?)
視線を、感じない……。
「レイちゃんって、他人の視線に敏感だったよねぇ」「昔は強い敵意を向けられると感じ取れるレベルだったけど」
「今ならもっとそのセンサーが敏感になっていてもおかしくない」「だから、一切の敵意を、害意を、持たずに見る。虫と同じぐらいの無感情で君を見る」「君の感の良さを、無感情によって封殺する」
なんてことだ。
頭をフル回転させても、デタラメに銃を乱射する手しか思いつかない……屈辱だ。
「正直、怪盗としては今日は負け」「お宝を逃すなんて初めてだよ」
「相変わらずの射撃センスだね」「やっぱり君は凄いや」
ダメだ。位置がまったくわからない。Red-Lieの能力に、ラビリンスの――千尋ちゃんのプレイヤースキルが合わさると、完全にロストする。こんなの、1撃でも喰らったら詰みじゃないか!!
千尋ちゃんは反射神経も凄い。数種類の武装による集中砲火じゃないとまず弾は当たらない。デタラメに範囲攻撃しても躱されるのは目に見えている。打つ手がない――
「お宝を奪われた代わりに」「レイちゃんの大切な物、奪わせて貰うね」
大切な物……?
「一体、なにを――んぐっ!?」
開いた口を、塞がれる。
目の前に、女の子が現れる。その女の子は、僕の唇に――唇を重ねていた。
「~~~~~~~~~~っっっ!!!?」
キス、されてる。
キス……キス!?
(ぼ、僕の……初めての……!!?)
頭が沸騰する。
思考がとろける。
柔らかい、唇の感触が、僕から全てを奪う。力も、思考も、全て。
刹那、千尋ちゃんの僕を掴む力が緩んだ。
「ぷはっ!!」
僕はなんとか両手で千尋ちゃんを押しのけ、距離を取る。
千尋ちゃんの顔の前には『警告』のウィンドウが表示されていた。
「あちゃ~、舌入れようとするとさすがに警告入るかぁ~。ざーんねん――」
「わ――わあああああああああああああああああっっっ!!!?」
僕は手に持ったアサルトライフルを乱射する。
「ちょ、ちょっと危ないって!!」
千尋ちゃんはレーザーダガーを投げて、僕のアサルトライフルを切断する。
「ち、ちち、ちひろちゃん!? な、なんでぼく、ぼくに……!?」
「え? だって私、かわいい女の子好きだし。レイ……いや、シキちゃんは頬っぺたプニプニでむっちゃ可愛いからねぇ~。顔真っ赤にしちゃってまぁ、どうやらまだまだ初心みたいだね♪」
「~~~~~~~っ!!!」
「もしもこの先がしたいならリアルで会おうね~♪ た~っぷり愛してあげるから♡」
千尋ちゃん……こんな魔性な女に育ったのか。そりゃ、怪盗って言えば色気って面もあるけどさ。
(ダメだ……思考がグルグルして、何も考えられない……!)
いけない。へいじょうしん、ヘイジョーシン!
「……この借りは、必ず返すから!」
「待ってるよ。私、追うより追われたい派だからさ」
千尋ちゃんはまた赤い稲妻と共に、僕の視界から姿を消した。
追うことは不可能。僕は諦め、銃を収める。
怪盗ラビリンスとの初戦はこうして幕を閉じた。
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