第77話 猛暑日
8月14日。天気は晴れ。日差しが痛いほどに晴れ。
早朝、僕は半そで短パンで公園の芝生の上を走っていた。
「梓羽ちゃ~ん……! もう無理、限界。お姉ちゃん、ゲロ吐いちゃうかも~!」
何度額を拭っても汗で視界が濁る。暑さで喉が砂漠状態だ。10秒でいいから北極に飛びたい……。
芝生の広がる大型公園をグルグルともう何週したことやら。
「まだたったの10kmでしょ。1日10時間以上ゲームしたら私の運動に付き合う。そう約束したじゃん」
起床4時。運動開始4時半。
それから5時半までずっとランニングしている。死んでしまう……。
前を走る梓羽ちゃんは汗こそ流しているけど涼しい顔だ。
迂闊だった。昨日はレベル上げに夢中になって、10時間のリミットをすっかり忘れていた。このリミットを破ると罰ゲームというか、運動不足解消のために梓羽ちゃんに鍛えられてしまうのだ……!
「限界~! 死んじゃう……!」
「わかった。ちょっと休憩。今日は暑いしね」
「飲み物~! コーラ~!」
「はいはい。買ってくるからベンチに座ってて」
フルダイブ中に体は一切動いてないからね。確かに運動は必要だ。高いけど『オートエクササイズ』買おうかな。全身にパット貼って、電気ショックで体を刺激して運動効果を発揮するやつ。アレがあれば寝たきりでも体は鈍らない。
「……それにしても梓羽ちゃん、まさか毎日こんなことしてないよね。もうサイボーグの域だよそれは」
まだ公園には運動着を来たおじいちゃんやOLらしき人しかいない。人が少ない公園は結構好きだ。空気が澄んでる。
「はい」
梓羽ちゃんがペットボトルのコーラを差し出してくる。僕は蓋を開け、一気に飲む。
「ぷっはぁ~! 最高。炭酸が脳を溶かすよ!」
一方で梓羽ちゃんは水筒(天然水)を飲む。
「お姉ちゃんさ、別に運動センスは悪くないんだから何か運動部入れば?」
「体育会系のノリに僕がついていけるとでも?」
「それは……無理だね」
まったく、僕のボッチ力を舐めないで欲しいな。
「あ、懐かしいなぁ。アレ」
僕は公園の真ん中のアスレチックを指さす。
「昔よくやったよね~」
「お姉ちゃん、アスレチック上手いよね」
「友達と一緒に訓練したんだよ。と言ってもゲームの中でだけどね。『泥棒たる者、障害物をものともしてはならない!』って言われてさ~」
「友達……そっか。妄想の中の――」
「イマジナリーフレンドじゃないよ! 本当の友達だよ!」
「お姉ちゃんに……友達? あ~、あの銃持ったクマの――」
「ぬいぐるみじゃないよ! 人間だよっ!」
と言っても、ちっちゃい頃に少しの時間一緒に居ただけ。それもゲームの中でしか会ってない。
友達……と言えるのか、正直微妙だね。すでに縁は切れているし。
「ねぇねぇ梓羽ちゃん、もう走るの飽きたしさ、あのアスレチックで競争しない?」
「しない」
梓羽ちゃんはキッパリと断る。
「……私、お姉ちゃんとは『勝負しない』って決めてるから」
梓羽ちゃんは水筒を振って水が無くなったことがわかると、水道に水を汲みに行ってしまった。
「勝負しない……か。相手にならないから、だよね」
そりゃそうさ。梓羽ちゃんと勝負して僕が勝てっこないんだから。
情けない姉具合に落ち込んでしまう僕。
「お姉ちゃん」
給水を終えた梓羽ちゃんは早く来いと言わんばかりに手招きし、
「あと10km、行くよ」
あなたに慈悲の心は無いのですか。
---
昼食を食べた後、僕は再びインフェニティ・スペースにダイブした。
戦艦の中、ハンモックの上で起きる。カプセルベッドで無くともセーブポイントの役割を持つベッドは多種存在し、このハンモックもその内の1つだ。自衛の面を考えればカプセルベッドの方が安全だけど、微々たる差だ。なら寝心地の良いこっちを選ぶ。
甲板に出て、大きく背伸びする。今日も晴天なり。海に陽光が反射する。
なにをやろうか。レベリングもいいし、成長するライフル・スタークを鍛えてもいい。
このコロニーにも機世獣が発生する場所、狩り場はある。しかもレベル1~130ぐらいまでの機世獣を網羅している。そこで狩りをするのも悪くない。
行き先を決めるため、地図を開こうとシステムメニューを出す。
「ん?」
メッセージボックスに新着が入っていた。
「なんだろう」
メッセージボックスを開く。
新着メッセージは1つ。王様の補佐官であるネスさんからのメッセージだ。
『頼みたいことがございます。時間のある時に連絡をください』
うっ……嫌な予感。
フレンドリストを開く。ネスさんはログイン中になっている。メッセージを見た旨を伝える返信をすると、すぐさまネスさんからの返信が来た。
『ちょうどジョリー・ロジャーの近くにいるので、ジョリー・ロジャーの警察署で待ち合わせしましょう。もし何か別に用事があるのなら言ってください』
大丈夫です。と返す。
「行くか」
戦艦から降りて桟橋→廃材置き場→廃屋街と通り、街道に出る。
警察署への道を歩ていると、
「おーい」
軽トラックが僕の横に止まった。
窓が開き、タバコを咥えた白髪ポニテのロリっ子が顔を出す。
「こ、こんにちはです! イヴさん」
「ちっす。なにしてんだ?」
「実はネスさんに警察署に呼ばれてまして、いま向かっている所です」
「そうか。今日の配達は終わったし、乗れよ。送ってくぜ」
「いいんですか?」
「ああ。遠慮すんなって」
では。と僕は助手席にお邪魔する。
「ネスさんに呼ばれたのはアレだろ? あたしの件で作った借りのやつだろ?」
「は、はい。多分そうです」
「そんならあたしも付き合うぜ。種を蒔いたのはあたしだからな。それに補佐官自ら直接ここまで来てする頼み事ってのも気になる」
確かに。少なくともメッセージではできない頼み事ってことだ。
不安と緊張が渦巻くけど、僅かな好奇心はある。
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