第75話 ジョリー・ロジャーの夜
戦いは終わった。ナドラさんは監獄送りとなり、制圧したナドラ研究所は軍警に引き渡した。研究所からはイヴさんの件だけでなく、多くの犯罪の形跡が見つかったそうだ。
研究所の物品はそれらの犯罪の証拠として軍警に差し押さえられた。本来なら制圧した僕らの戦利品だけど、軍警は対価として1億チップくれたので文句はない。
ナドラさんがドロップした3億チップ+軍警から頂いた1億チップ+ナドラさんの部下がドロップした2千万チップ、合計4億2千万チップが僕らの手元に残った。
今回使用したメカの材料費に2億1000万チップ。
余った2億1千万を参加メンバーで6等分にした。6分の1、3500万チップが僕の手元には残った。高すぎる報酬だね。
「なっはっは! グロウメタルに3500万チップ! 思いがけず良い報酬を貰ったもんじゃ」
「まったくだな」
「思いがけず?」
レンさんとクレナイさんの帰り際の会話に僕は違和感を抱く。
「あの、すみません。グロウメタルが目的で今回の作戦に参加したのではないのですか?」
「違うのう。ワシらの目的は先にやった四つ巴戦じゃ」
クレナイさんは僕を指さす。
「ツバサを倒したお前のデータが欲しかった。お前はまだまだデータが少ないからな」
「えぇ!?」
そういえばこの人達、あの戦いを録画していた。適当に許可したけど、目的は僕の戦闘データだったのか!
「40戦もやったからな。十分なデータが取れたぜ」
「次やる時は負けんぞ」
2人は満足げに笑い、イヴさんの工房を去っていく。
「アンタが思っている以上に、アンタは色んな奴にマークされてんのよ」
ニコさんは僕の肩を叩いて言う。
「もちろん、私にもね」
「まさか、ニコさんの目的も……!」
「私は『レイ』探しが本命よ。残念ながら、オケアノスにも目当ての奴は居なかったわ」
「え!? この数日でオケアノス全体を探したんですか!?」
「さすがに全部は無理。けれどオケアノスで名の売れたプレイヤーの名前は全部見た。けど当たりは無し。先は長いわね」
ニコさんは手を振りながら「まったね~」と去っていく。
「恋する乙女は大変だにゃ~」
チャチャさんは何やら近未来感溢れるバイクに跨っている。
「チャチャさん、なんですかソレ」
「報酬のチップ使って作ったバイクだよーん。超スピードが出るのさ。ブレーキは調整中」
チャチャさんはバイクを走らせ、出口に向かう。
「……ブレーキ調整中なら走らせない方がいいんじゃ……」
案の定、工房を飛び出たチャチャさんはニコさんを撥ねた。ニコさんは5m程飛び上り、落下する。
「……チャ~~~~~チャ!!!!! なにしてくれてんのよ!!」
「めんご~! まだブレーキの調整が終わってないんだよね~。待ってて、いまUターンしてそっち戻るから……」
「ばっ!? ターンするな馬鹿ぁ!!」
「いやでも撥ねたらちゃんと謝らないと……」
「いい! 謝罪はいいから戻ってくんなアホォ!!!」
あれだけの戦いの後でも2人は元気だなぁ。
「改めて礼を言うよ、シキ」
イヴさんは僕の横に立ち、笑みを浮かべる。
「おかげ様で万事OK。言うことなしの大団円だ」
「それは良かったです。僕もやりたいこと出来て満足です」
ビックリするぐらい丸く収まった。
これで盗賊の妨害は無いから運送屋としてイヴさんは復帰できる。不評はまだついて回るだろうけど、イヴさんのドライブテクニックならそんな不評すぐに振り払えるだろう。
「よーし! そうと決まれば宴だ!!」
イヴさんは勢いよく肩を組んでくる。背が低いからわざわざ背伸びして。
「う、宴!?」
「ああ。金も入ったしな。バッド・ジョークでお前さんの歓迎パーティーを開いてやるよ」
バッド・ジョーク!? 悪い冗談!?
「パーティー!? あああ、あの僕、ぱ、パーティーとか経験なくてですね!? 立ち回りとかよくわからなくてですねっ!?」
「立ち回りだぁ? そんなの食って飲んで暴れりゃいいんだよ。10km強の狙撃に比べりゃ楽ちんだろうがよ」
「ひゃ、100kmの狙撃の方がまだ楽ちんですよぉ!!」
僕はイヴさんに連れられ(というか引っ張られ)、街の酒場――バッド・ジョークに足を運んだ。
古風というか、西部劇とかに出てくるような酒場だ。僕はイヴさんと共にカウンター席に座る。
「ようマスター! 街の新入りを連れて来たぜ」
「あらあら~、ツバサちゃんを倒したスナイパーじゃないの~」
マスターは金髪で、シスターのような聖なるオーラを纏った女性。
「し、シキです。よろしくお願いします……」
「私はビヤンカ。よろしくね~」
「マスターの入れる酒は最高だぞ」
お、おっぱい大きい。すっごく美人。母性半端ない!
「あれ? あの軍服の人って」
僕は知っている顔がいたので指をさす。
「ああ、軍警のフーリン。何もやらない『やっとくさん』。よく仕事サボってここで飲んでるよ」
フーリンさんは店員らしき女性を侍らせてゲラゲラ笑っている。とんだ汚職警察だ。
「マスター。こいつには甘いやつを、あたしにはビールをくれ」
「はいはい」
ジョッキが2つ運ばれてくる。
僕には果肉の浮かんだ赤い炭酸が、イヴさんには青い飲み物が運ばれてくる。
「これがビール? 黄色じゃなくて青色……」
「ジョリー・ロジャー限定、アクアマリンビールだ」
さらに骨つきの肉の塊や魚の刺身、なぜか角のあるマグロの兜焼きが運ばれてくる。
「あれ? お嬢ちゃん、例のスナイパーじゃないか!?」
「ホントだ! ツバサを倒した奴!」
やばい。よくわからないけどドンドン人が集まってくる。
「よぉーしお前ら! 今日はあたしの奢りだ! 盛り上がっていくぞぉ!!」
イヴさんが拳を上げると、酒場の人たちは一斉に拳を上げた。
(か、海賊だ。海賊のノリだ……陽キャの更に先、更に上! ぼ、僕はいま、推奨コミュニケーションレベル120の場所にいま、レベル1のまま挑んでいる……!!)
体がかっちこっちに固まってしまった。
「あらこの子、石みたいになっちゃったわよ?」
「バトルの時は大胆なのに、コミュニケーションは消極的なのか? つくづく面白いやつだ」
イヴさんは僕と肩を組み、僕のジョッキを持った右手を掴んで持ち上げる。
「そんじゃま皆さん! 最高のスナイパー・シキの来航を祝して――かんぱーい!!!!」
「「「「かんぱーい!!!!!」」」」
こうして、僕はジョリー・ロジャーの街の1部となった。
「聞いてくれよ皆! 砂漠でさ、あたしのトラックが囲まれた時、コイツなにしたと思う? そん時の積み荷のさガトリング使ってよ――」
慣れない喧騒、慣れない輝き、慣れない人達に囲まれて食事をする。
それでも不思議と、悲しくも虚しくも退屈でもなく、むしろ温かいなにかに満たされる感覚があった。きっと、この人達の心に一切悪意が無かったからだろう。
海辺の街。荒くれ者が集う場所。
ジョリー・ロジャーの夜は今日も騒がしい。




