第66話 プライド
食事と歯磨きとトイレを終え、僕はまたインフェニティ・スペースの世界に戻ってきた。
「おはよう。準備はいいかい?」
カプセルベッドから起きると、すぐさまイヴさんがそう尋ねてきた。
「はい。元気満々ですっ!」
「そりゃ結構。準備は整ってる。行こうぜ」
イヴさんは新しいタバコを手に取り、また咥える。イヴさんの席にある灰皿は吸殻で埋まっており、如何に彼女が落ち着かなかったかわかる。
そりゃそうか。もう瀬戸際だもんね。今回の運搬は絶対に成功させないとならない。
「ほれ」
イヴさんは成長する狙撃銃――スタークを僕に投げる。僕はスタークをキャッチする。
「先払いだ。使ってくれ」
「いいんですか?」
「少しでもお前さんには強い状態で居て欲しいからな。まだ未熟な銃とはいえ、お前さんが持ってるライフルよかは性能いいだろ?」
数値を見た感じ、射程は今使っている方が上だけど、威力はこっちが上だ。使い勝手も。
「はい」
「なら使ってくれ」
「あ、ありがとうございます!」
僕とイヴさんは表に出てトラックに乗り込む。
「一応共有しておくけど、荷物はTW式ガトリング砲にTW式対物ライフル、他銃火器21点と鉱石200kgだ」
(やっぱりあのガトリング砲は積み荷だったんだなぁ)
「目的地はここから16km先にあるナドラ研究所だ。この研究所のオーナーのナドラさんがお得意さんでな、どれだけ失敗してもあたしを見限らず依頼をくれる」
イヴさんはエンジンを掛け、トラックを走らせる。現実のトラックに比べ倍以上に速い。
「盗賊についても聞いていいですか?」
「すまん。盗賊についてはよくわかっていない。わかっているのは常に20人規模で動き、全員が頭のてっぺんからひざ下まである砂色のマントを装備している」
砂色のマント?
「もしかして、ダストミラージュですか」
「その通り。砂に溶け込み姿を消し、奇襲を仕掛けてくる。盗賊団の名前も、そのメンバーの顔も名前も何一つわからない」
「了解です。イヴさん、フレンドコードを交換しておきましょう」
「おう」
僕らは手早く互いをフレンド登録する。
「では僕は荷台の上に居ます。会話はフレンド通話でしましょう」
「いいのか? 結構揺れるぞ」
「構いません。助手席だと身動きが取りづらくて敵襲に備えにくいですし、それに視野も狭い。荷台の上の方が色々と都合がいいのです」
あと……情けない話、イヴさんが近くに居ると緊張で本気を出せない。
「そりゃ確かにな。わかった」
僕は扉を開け、外に飛び出し、スラスターを使って荷台の上に上がる。
(街の外。ここが、オケアノスの砂漠)
ジョリーロジャーを出て、大砂漠に出る。
「うわぁ……!」
照り輝く太陽。空を覆う青空! 雲1つない。
砂原ではあるが、まったく砂しかないわけではない。山もあるし、遠くには樹海のような緑の地も見える。結構遠いけどピラミッドもある。
景色に見惚れそうになるけど、気を抜いちゃいけない。
荷台の上から周囲を注意深く観察する。
(ダストミラージュを使ってるならレーダーは頼りにならないな)
砂上ではステルス性が2.5倍になり、更に砂の上で3秒いると砂に溶け込み姿を消す。
1度砂の惑星でダストミラージュの透明化機能を試したけど、完全に姿が透明になっていた。けれど、見分け方もある。姿も影も無いけど足跡はきっちり残っているし、砂が風に乗っているこういう場所だとスペースガールが居るその部分だけ砂が綺麗に避けていて違和感がある。注視すればわかる。
(なんか僕、砂漠にばかりいる気がするなぁ……)
別にいいけどね。暑くないし。
『シキ、聞こえるか?』
イヴさんからのフレンド通話だ。
「はい。大丈夫です」
『いま取引先のナドラさんから通話が来てる。会話に参加する必要はないが一応お前さんも話を耳に入れておいてくれ』
「わかりました」
ピ。という効果音の後、知らない女性の声が耳に入ってきた。
『YA! イヴちゃん、今は荷物を運んでいる最中かな?』
軽快な大人の女性の声。
『はいナドラさん。滞りなく運搬中です。もう40分ほどで着くでしょう』
『そりゃ結構。こっちは安心して待っていていいんだね?』
『もちろんです。運搬屋のプライドにかけて、荷物は届けます』
『うんうん。私は君のそういう誇り高いところを信頼しているんだ。コーヒーを淹れて待っているよ。イヴちゃん』
『はい。すっ飛ばして行きます!』
通話が切れる。
「良い人そうですね」
『ついでに物好きさ。こんな失敗続きのボンクラドライバーを信じているんだからな。あの人の期待だけは裏切れない……絶対に、コイツらは届ける』
イヴさんの声からは強い意志を感じる。
「はい。届けましょう絶対。そのためにもまず――ハンドルを右に切ってください」
『なに?』
僕はスナイパーライフル『スターク』を構えて、正面500m地点に向かって撃つ。レーザー弾は伸びていき、虚空に見えるその場所を撃ち抜く。すると、レーザー弾が通った空間が歪み、胸に穴を空けたスペースガールが現れ、爆発した。
『うおっ!?』
イヴさんがハンドルを右に切り、トラックは右折する。
(風景に溶け込むと言っても完璧じゃない。どうしても僅かな歪みは出る)
砂漠のあちこちからスペースガールが現れた。スペースガールは全員ダストミラージュを被っており、しかも全員が右腕を銃に改造していた。
「それじゃスペースガールじゃなくて、スペースパイレーツですよ!」
どのスペースガールも距離がある。いくらスラスターをフル回転させても、このトラックの速度には追いつけまい。しかしここで予想外の展開が起きる。スペースガールの集団の近くにある砂山の1つが砕け散り、中から大量のバイクが飛び出してきたのだ。
(バイク!? しかも、ひとりでに動いている。自律型か!?)
スペースガール達はバイクに乗り込み、トラックを追ってくる。
僕はライフルでスペースガールを狙うが、上手く躱されてしまう。
(良い反応……だけどなんだ、違和感がある。全員、回避の動作が似ている気がする)
とにかく状況が悪い。
(足はバイクの方が上、このままじゃじきに……)
『ちくしょう……』
悔しそうな声が通信の先から聞こえる。
『またかよ……なんであたしばっかり……!』
「イヴさん……」
『リアルじゃ中古車も買えねぇ安月給、レンタカーもこの小さい体じゃ操りがたいモンばかり。大好きな運転を、思う存分できるのはここだけなんだよ。そんなあたしの……小さな幸せを……どうして奪うんだクソ野郎……!』
バン! とハンドルを叩いたような音が響く。
(僕と同じだ。ゲームの中でしかできないことを、ただ楽しみたいだけ。不自由な現実に耐えるために、自由なゲームで生きがいを積んでいるだけ。それを邪魔するなんて……許せない)
そう簡単に諦められるものか。
このライフル欲しさじゃない。ゲームを心から楽しんでいる、イヴさんのために……!
「イヴさん。あなたはそのまま目的地に向かってください」
『シキ……!?』
「運搬屋のプライドにかけて、ハンドルを動かしてください。僕も狙撃手のプライドにかけて、障害を狙い撃ちます」
通信の先から小さな笑い声が聞こえる。
『ああ、そうだな。そうするさ! だけどどうする! いくらお前さんでもあの数とスピードは――』
「あります。一手だけ、状況をひっくり返す手が」
『なに!?』
僕は荷台の中へ目を向ける。
「……最高に心躍る一手です」
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