第56話 そして彼女はボッチに戻った
優勝した……ここに、この広大なフィールドに残っているのは僕1人だ。
空が金色に輝き、『∞VICTORY∞』の文字が天に浮かぶ。花吹雪が吹き荒れる。
「はぁ~~~~~~~~っ!!」
僕は膝から崩れ落ちる。
(久しぶりだ……この感覚、強敵を撃った時のこの感覚……!)
まだ手が震えている。
つい、唾液が口角から滴る。
顔が溶けそうなぐらい緩む。
頭からつま先まで、電流が走っている。快感で逝ってしまいそう。
「きっっっっもちいい~~~~~~~っ!!!」
少なくとも前のゲームでは味わえなかった感覚だ。ガンファトにも鬼畜なボス、理不尽なダンジョンとかあったけど、そのどれもが霞む程に高い難易度だった。
ツバサさん、あなたはそれだけ、良い獲物だった……!
「あ……」
気づいたら、景色が変わっていた。
カプセルベッドの中だ。オペレーター室だろう。僕はカプセルベッドを開き、立ち上がる。
「皆さん、何とか勝て――」
全身を柔い感触が包み込んだ。
シーナさん、ニコさん、チャチャさんが抱き着いてきた。
「わわわわっ!? どどど、どうししししし!?」
「よくやってくれましたシキさん。紅蓮の翼が参加するゲームで勝ったのは、これが初めてです!」
「感動したよシキっちょ! あのラストバトル! いやいや近年稀に見る名勝負だねぇ!!」
「いつからあの作戦考えてたのよ! なんも聞いてないわよ私! おかげで心臓飛び出るかと思ったじゃない! まぁどうでもいいわそんなこと! あのAランク相当って言われていた紅蓮の翼に勝った! 凄いってこれマジで!!」
そっか。
チーム戦だと、負けた時に悔しさがメンバーの数だけ増える。4人なら、4人分の悔しさを背負ってしまう。
でも勝った時の喜び……それもまた4倍になるんだ……。
(本当に、勝てて良かった……)
僕が抱きしめ返そうとした時、ピンポーン! と、チャイムの音が鳴った。チャイムの音を聞き、皆さんは僕から離れる。
「ん? なによこの音」
「来客を知らせる鐘だねぇ~。一体誰だろう」
「開けます」
シーナさんが扉を開ける。すると、
「どうもましゅまろスマイルの皆さん。今回は完敗だったぜ」
扉の先にいたのはクレナイさん。クレナイさんが先頭で、後ろにツバサさんとレンさんもいる。ツバサさんはなんか……ムスッとした感じだ。
「会いたかったぞ! 革ジャンスナイパー!」
「うわ!」
レンさんが近づいてきて、肩に手を置いてくる。
映像で見てた時から思ってたけど、ちっこい人だ。
「狙撃の技術はどこで磨いた!? 誰か師はおるのか!? スコープはどこのメーカーの物を使っておる!!」
「あああ、えっとぉ……」
「とりあえずフレコの交換じゃ!」
言われるがままフレンドコードを交換する。
「良いライフルの情報を得たら共有してやる。スナイパー同士、仲良くしようではないかっ!」
「は、はい。お願いします……」
にぱーっと笑うレンさん。コミュ強なタイプだ……。
一方クレナイさんはニコさんと話していた。
「あの隠し芸にはやられたよ。オレの負けだ」
「アンタを上回れたのは最後だけよ。基礎的な戦闘技術はこっちの負け。自分の技量の低さを痛感したわ」
「これからもライバルだけどよ、たまにはデュエルでもして互いの力を高めるってのはどうだい?」
「乗った! アンタから学べることは多いからね。マジで」
2人もまたフレンドコードを交換する。
そして――
「……」
「……」
シーナさんとツバサさんは目を合わせたまま喋らない。
静寂が30秒続いた後、ツバサさんが口を開く。
「シーナちゃんには負けてないから」
「そうですね。チーム戦においては負け越してますし、個人の戦いも結局できずじまいで終わりました」
「……ちょっとは勝ち誇ったらどうなの?」
「勝利は仲間と分かち合いました。それで十分です」
「中坊が悟っちゃってさ。ほんっと生意気」
「相変わらず、私のことが嫌いなようですね」
け、険悪だ。
(い、言うべきかな……僕が気づいたこと。言った方がいいよね? 言えばちょっとは仲良くなれるよね)
僕はツバサさんのある感情に気づいている。
いや、確信はないけど……なんとなくだけど、言ってみる価値はあると思う。よし、頑張れ僕!
「あ、あの!」
シーナさんもツバサさんもきょとんとした顔で僕を見る。
「つ、ツバサさんはシーナさんが嫌いなわけじゃないと思います!」
「え、ちょっとシキちゃん。なにを言って――」
「き、聞きました! ツバサさんは今のチームではアイドルにこだわってないって!」
金の惑星で確かにツバサさんは言っていた、『今はチームのアイドル化は目指していない』と。
「で、でも、シーナさんと同じチームに居た時は、チームをアイドルグループにしたかった……ってことはですね、その、ツバサさんがシーナさんに怒っているのは、自分をリーダーに推薦してくれなかったことに対してではなく、自分と一緒にアイドルをやってくれなかったことに対してだと……思うんです」
適当に言っているわけじゃない。根拠はある。
「ちょ~っとシキっちょ、その話一旦やめた方が――」
「つ、ツバサさんの性格を分析するために、色々とツバサさんの記事を見ました。ちょうど4か月程前のインタビューで、ツバサさんは記者に『もし誰かとユニットを組めるなら、誰がいいですか?』と聞かれて『芸能人じゃないですけど、組んでみたい小生意気な中学生はいます』って答えてました」
ツバサさんとシーナさんが「え!?」と声を揃える。僕は構わず続ける。
「きっとそれってシーナさんのことだと思うんです。ツバサさんはシーナさんのこと嫌いどころか、むしろ一緒にアイドルやりたいぐらい大好きで、でも素直になれなくてつらく当たってしまうだけで……本心では絶対大好きなんです。そう考えると色々とツバサさんの言動に納得がいくというか。だから、お二人はもっと仲良くできるはずなんですっ!!」
やった! 言いたいこと全部言えた!
ツバサさんはシーナさんが好き。シーナさんはツバサさんをちゃんと評価しているし、悪感情を抱いている様子はない。誤解さえ解ければ2人は仲良くできるはずなんだ。これは僕、かなりのファインプレーなのでは!?
「――あれ?」
おかしい。空気が固まっている。
ツバサさんもシーナさんも顔が真っ赤だ。特にツバサさんは酷く動揺している。
レンさんがポンと僕の肩に手を置いてくる。
「おぬしはあれじゃな。人の心は読めるようじゃが……そう、空気が読めぬのじゃ!」
「ハッキリ言ってやるな。傷つくだろうが」
「単に無神経なだけでしょ」
「そんなシキっちょでも、チャチャさんは愛そう!」
え? え!? なにこの感じ。僕、なんかやっちゃった……?
「そ――そんなわけないでしょ!!!」
ツバサさんの怒号が飛んでくる。
「ば、バカじゃないのシキちゃん! インタビューなんていつも適当にライブ感で答えてるし、ツバサがシーナちゃんのことす――好きなわけないじゃん!! こんな無愛想で貧乳でコミュ障な子!!!」
シーナさんの顔色が赤から白に変わっていく。
「無愛想とコミュ障は受け止めましょう。だけど身体的特徴を侮蔑することは許せませんね。そもそも私の現実の体も胸が小さいとは限らないでしょ」
「声でわかるよ声で! 超貧乳声じゃんか!!」
「どんな声ですか!」
「じゃあなに、現実は巨乳だって言うの?」
「それは……少しは大きいかと」
「『少し』じゃたかが知れてるじゃない。わかってると思うけど、ツバサは現実でも巨乳だからね! 何なら現実の方がおっきいけどねっ!」
ツバサさんは胸をプルンと揺らす。シーナさんはツバサさんの胸を不機嫌そうに目を細めて見る。
(あっれぇ!? 僕が想像していた展開と全然違うっ!!)
「胸の大小が何だと言うんです? 万人が大きな胸が好きなわけではないでしょう。わ、私のような胸が好きな方も少なからず……」
「少なからず大きい方が好きな人多いと思うけど? ねぇシキちゃん、君も大きな方がいいよね?」
こ、ここで僕に振るの!?
何が正解かわからない。せめて心に正直に答えよう。
「ま、まぁ……どちらかと言えば……大きい方が好き、ですけど……」
「シキさん……」
「ほらね! 巨乳の方が偉いってことよ!」
「とんだ暴論ですね。やはり、あなたとは分かり合えない……」
あれ? あれぇ!? バチバチが強くなってるよ!?
な、なんでこんなことに……僕はただ、仲良くしてほしかっただけなのに。
「用が無いなら失せてください。目障りです」
「言われないでももう行くよ。ほら! 君たちも!」
「へいへい」
「ワシらのリーダーは素直じゃないのう」
紅蓮の翼の3人が部屋を去る。
さっきまでと打って変わって部屋が静かになる。
「……試合の振り返りはまた今度にして、今日はここで解散としますか。疲れました」
シーナさんはげっそりしている。
な、なんか悪いことしたかも……。
「そうね。私は早めに落ちたから何ともないけど、最後まで残ってたシキなんかは相当な疲労でしょ?」
「そうですね……ちょっと疲れました」
「今日はゆっくり休んでね。シキっちょ!」
「は、はい。それでは皆さん、これまでありがとうございました!」
僕が深々と頭を下げ、顔を上げると、3人は頭にハテナを浮かべていた。
「ええと、皆さんと共に戦ったこのランクマッチ、決して忘れません。チームを抜けた後も、この経験を糧に精進していきたいと思います」
「「「え?」」」
僕はまた深々と頭を下げる。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってよ! え、なにアンタ抜けるの?」
「はい。紅蓮の翼に仕返しもできたし、シーナさんとの契約は前のランクマッチで果たしましたし」
前回敗北した時、僕は『あと1回だけ一緒に戦ってほしい』と頼んだ。その1回はもう終わった。
「確かに、1度もチームを組むとは言ってませんね……」
シーナさんは納得したような表情をする。
「あの、その……ランクマッチ、本当に楽しかったです。ここまでグッときたのは久々でした。誘ってくれて嬉しかったです……その、僕……またランクマッチはやりたいと思ってます」
3人の表情にまた疑問の色が浮かぶ。
「じゃあなんで抜けるのよ?」
「そ、それは……えっとぉ……シーナさんやニコさん、チャチャさんと行動を共にし、その結果……なんというか僕は、お三方とその……」
頬を掻き、深呼吸をし、目をしっかり開いて、僕は宣言する。
「僕、ましゅまろスマイルも撃ち抜きたくなっちゃいました。皆さんと戦いたいんです」
静寂3秒。そして、
「あっそ。それなら納得」
ニコさんは僕のおでこを指で弾き、
「実を言うと私も、アンタと戦いたくなってたとこ」
「シキさんを失うことは大きな損失ですが、あなたと戦う機会を得られることもまた大きな利益ですね」
「シキっちょってやっぱバトルジャンキーな気質あるよねぇ~。そういうところが強さに繋がってるのかな」
ニコさんの四刀流、シーナさんのレールガンや六花、あれらを攻略してみたい。しかも2人にはチャチャさんという優秀なサポーターが付いている。間違いなく強敵。この人達を倒せれば、今日のような快感をまた得られるに違いない。
「じゃあシキっちょは1からチームを作るってこと?」
「は、はい。いつかは……そうですね」
チーム作り、か。自分の好きに戦力を整えるのは楽しそうだ。だけど、チーム作りには相当なコミュ力が求められる。
僕にできるだろうか? いいや、やるんだ。僕だってわかっている。いつまでも苦手なことから逃げていても仕方ないってことは。苦手なことから逃げていたら今日という日には出会えなかった。作ろう。僕の最強のチームを……僕の手で。
ま、まぁ。今すぐには無理なので、ゆっくり、のんびりと、『いつか』ね……。
「とりあえず、ひとまずは……」
僕は笑顔で言う。
「ソロに戻ろうと思います」
C級ランクマッチ編――終幕。
第一章 終幕
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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