第55話 寸分狂いなし
跳弾に被弾したと同時に、僕は右手に持ったスナイパーライフルでツバサさんの左手のサブマシンガンを、飛ばしておいたバレットピースで頭部を狙う。ツバサさんは頭部への攻撃に気を取られ、狙撃がサブマシンガンに刺さる。
サブマシンガン破壊。
「流石だねぇ! ただじゃやられないよねぇキミは!!」
跳弾に使われたアイギス2枚は遠い。もう無視でいい。
残る障壁はアイギス1枚とシールドピース22枚、そしてウエポンプラスで増やしたもう1つの武装。
「もういっちょ!」
ツバサさんはさらにサブマシンガンを一丁実体化させる。
(やっぱり、当初は二丁同時に使う予定だったんだ)
二丁のサブマシンガンによる同時射撃、それをアイギスで乱反射させて仕留める。これが本来やりたかったことだろう。
だけど今、ツバサさんは左手しかないから一丁ずつしか扱えない。前の衝突で右手を削っておいて良かった。
ツバサさんはサブマシンガンで僕に攻撃を仕掛ける。遥か後方で弾が跳ねるが、それも僕は回避する。
「跳弾を完璧に……!」
跳弾の精度はまずまずといったところ。点数を付けるなら70点。
狙いは正確だけど、弾がまとまり過ぎている。もっと広範囲にばら撒いた方がいい。これじゃ簡単に避けられる。
「ダストミラージュ」
特殊外套を実体化させる。
現時点でステルス性を上げる意味は皆無。狙いは別にある。
(秘匿射撃)
僕はマントでライフルの銃口を隠す。
「それはまずいねっ!!」
ツバサさんは表情に焦りを見せる。
(この距離で、銃口と引き金を見ずにライフルの1撃を躱すことは不可能。かと言って、アイギスで正面を固めれば僕が見えなくなる。そうなれば僕がM1911を手に取った際に対応できない。取れる選択肢は1つ)
ツバサさんは急所2か所をシールドピースで固め、サブマシンガンで僕を狙う。僕は狙撃銃でサブマシンガンを狙う。
相討ち。僕は狙撃銃をサブマシンガンの攻撃で破壊され、サブマシンガンは僕の狙撃に破壊された。
「これで……」
「残る武装は……!」
僕はM1911を手に取る。
セーフティエリアはもう100mを切った。もたもたしていてはドローで終わる。
――引き分けはいらない。狙った獲物を撃ち抜かず狙撃手を名乗れるか!!
「ツバサの勝ちだよ」
ツバサさんは残った1枚のアイギスを左手に持った。
僕はM1911でツバサさんを狙う。しかし1発、2発と避けられる。
(速い!)
この速さ、ガードナーのそれじゃない。
ツバサさんはまるで盾に引っ張られるようにして移動している。
「アイギスのスラスターも使って加速してる……!」
本機のスラスター+アイギスのスラスターで移動してるんだ。それなら通常以上の速度を出すことが可能だし、進行方向にも幅ができる。
「そのとーり! このやり方はENの消費が激しいんだけどねぇ! でももう出し惜しみする必要もない!!」
捉えきれない。3発、4発と外す。
(今がタイミングかな)
実はダストミラージュを発動させた後、僕はこっそりバレットピースをマントの陰に隠しながら足元の湖に隠した。
バレットピースは湖の中を進み、そして今、ツバサさんの足もと左右に潜伏している。距離80cm。反射で避けるのは無理な距離だ。
(バレットピース!!)
バレットピースの射撃。レーザー弾がツバサさんの腰部に伸びていく。
「――気づいていたよ。シキちゃん」
「!?」
バレットピースの攻撃は、シールドピースに防がれた。
「あの距離の射撃に……反応できるはずが……!?」
「読んでたんだよ。君がバレットピースを湖に隠すのをね。だからずっと、湖の中は警戒していた。水面の僅かな揺らぎ、僅かな音、見逃さなかったよ」
ツバサさんはアイギスの刃でバレットピースを斬り裂く。
「っ!!」
僕は諦めず、5発、6発とM1911を放つ。
「無駄な足掻きだ」
ツバサさんは容易く躱す。
「……ガード不可の弾丸。だけどそれ単体じゃ、スペースガールは捉えられない。バレットピースも他の銃も無しに、それを当てるのは不可能だよ」
僕は7発目をツバサさんの顔面に向けて放つ。けどツバサさんは軽く頭を振って躱す。
「無駄だってば」
「そ、そんな……」
「あのさぁシキちゃん、あまり無様なマネはしないでくれる? フィナーレは華々しく飾りたいんだ」
僕はM1911の最後の1撃を放つ。けれど、ツバサさんは軽く身を捻って弾を躱した。
「あ、あぁ……」
弾切れ。
引き金に指を掛けても、弾はもう出ない。
「ほらね。やっぱり全部、ツバサの思い通りに動く」
僕はリロードしようとマガジンを落とす。だがその瞬間に背後から2枚のアイギスが突進してきた。なんとか回避するも、右手を弾かれ、M1911を湖に落としてしまう。
「しまった!?」
「リロードの瞬間、待っていたよ。――これで終幕だ」
ツバサさんは手に持ったアイギスを前にし、スラスターで加速。突進攻撃を仕掛けてくる。僕はアイギスの砲撃の射線に入らないよう、中腰になって片膝をつく。
(アイギス2枚がツバサさんを追随している。僕がこの突進を避けても、あの2枚のアイギスの追撃は躱せない)
ツバサさん……あなたは頭が良い。だから僕がまだ、武装を1つ使っていないことはわかっているはずだ。
それでも、G-AGEさえ潰せば、その突進を防げないとそう考えたのでしょう。
事実そうだ。もし僕がアサルトライフルを隠し持っていても、スナイパーライフルを隠し持っていても、あるいはバズーカを隠し持っていても、その突進を防ぐことはできない。一瞬で盾の耐久値を削り切ることはできない。
スラスターで後ろに下がればセーフティエリア外に行き敗北必至。左右、もしくは上に飛べば追随する2枚のアイギスで追撃してジ・エンド。本機のスラスター加速も絡めたその突進を躱すには大きく体勢を崩す必要があり、追撃を躱す余裕はない。
完璧だよツバサさん。最後にその盾による突進を選んだのは完璧な判断だ。
――もしも僕が、G-AGEを撃ち尽くしていればね。
(ありがとうツバサさん、あなたは最後まで)
僕はベルトに差していたもう1つの拳銃を取り出す。
それは、ダストミラージュと共に実体化させたもの。背中側のベルトに挟み、ダストミラージュで真に隠したかった切り札。
「僕の思い通りだった」
僕は手に持った拳銃で、弾を放つ。
その弾丸はツバサさんの盾を貫き、胸の中心を貫いた。
「はっ……!?」
アイギスが割れ散る。
急所ごとスラスターを破壊されたツバサさんの勢いは減衰し、あらぬ方向へ飛んでいき、湖を転がる。
「ま、さか……ガード不可の拳銃を、二丁持ってたって言うの……!?」
跪き、最後の力を振り絞ってツバサさんは聞いてくる。
「違います。G-AGEは一丁しかない」
ツバサさんは湖に浮かぶ拳銃と、その拳銃にそっくりな僕の手元の銃を交互に見る。
「じゃあ、なんで……!?」
「ここに来てから今に至るまで、僕が使っていた拳銃はG-AGEと同じカラーリングにしたただのM1911」
「!?」
僕はこの湖に来てからずっと、チャチャさんに作ってもらった偽物のG-AGEを使っていたのだ。ただのM1911、何の特殊能力も持たないM1911を。
G-AGEをツバサさんに避けられた場合、あるいはクレナイさんやレンさんに先に使って、ツバサさんに使う前にG-AGEの存在が割れた場合に備えて仕込んだ次善の策、模倣銃。
ツバサさんはアイドルらしからぬ、歪んだ顔で僕を見上げる。
察したんだと思う。ここに至るまでの全ての策に。
「あなたが必死になって避けていたのは、あなたの装甲で簡単に弾ける豆鉄砲だったのです」
ツバサさんの全身にヒビが走る。
「なんて奴……っ!!」
バレットピースを看破されたのもわざと。あれが僕の最後の一手と思わせるためのね。そもそもバレットピースの攻撃では致命傷足りえない。
これまでM1911の弾丸を全て外したのもわざと。盾やツバサさんに弾丸が掠りでもすればそれが偽物だとバレてしまうから。
弾切れも当然わざと。無様に引き金を引いたのもわざと。アレで僕の無策を演出した。
M1911を落としたのもわざと。わざとアイギスに引っ掛けて落とした。
リロードを狙わせたのもわざとだ。その前に1度リロードを見せて、M1911のリロードを一瞬で出来ないことを教えた。実際にはもっと素早くできるけど、僅かに、気づかない程度に遅くして、隙であることを演出した。加えて僕は片手だったから、リロードは最高級の隙に見えたはず。
幾多の演技と演出を重ねた。
全てはあなたの警戒を解き、幸運でも才能でも避けきれない位置まで引きつけるために。
全ては、この1撃を当てるために。
「寸分狂いなし」
ツバサさんがデリートされ、ましゅまろスマイルの優勝が決定した。