第49話 スナイパー・イズ・ボッチ
造船所に到着。
敵機反応なし。
「工場と船、どちらがいいですか?」
「あ、えっとぉ……僕としては……船が思っていた以上に高いので、船で張りたいですね。工場の屋根上は見晴らしはいいですけど、障害物が一切ないので見つかりやすくもある。それに東西と北に造船所への出入り口があるので囲まれるリスクがあります」
「わかりました。では船に行きましょう」
3つの工場、それに隣接する形である港。港には大型船が3隻。僕とシーナさんは車を工場の陰に停めた後、3つ並んだ内の中央の大型船、豪華客船の最上階に上がる。
僕は最上階の港側の窓を開け、狙撃銃のスコープを覗く。
「よし、最高に良い位置です」
見晴らしがよく、僕のことは見つけづらい場所だ。
シーナさんは僕の背後を警戒している。おかげで僕は見張りに集中できる。暫くはここに籠っていていい。位置的にかなり有利だ。
5回目のエリア縮小が終わる。
そして次、6回目の縮小範囲が出される。造船所と樹海はどちらも範囲内だ。というか、もうその2か所と両方を繋ぐ1km程の道しか安全地帯ではない。
スペースガールの数は残り16。さて、どうなるか……。
(きた!)
――ピコン。とマップに敵機アイコンが映る。
「レーダーに反応です! 数、3!」
「来ましたか。3人なら狙撃で――」
「ま、待ってください!」
レーダーにさらに3つ、いや、6つ!
「9人! 9人が造船所に同時に入ってきました!! 別々のルートからこの大型船に向かってきています!! それぞれ3人で固まっているので、3チームだと思われます!」
「ここは待ちましょう。狙撃すれば集中砲火に遭います。その3チームで食い合ってくれれば儲けものです」
『ダメ! 2人とも離れて!!』
チャチャさんが指示を出してくる。
「なぜですか、チャチャさん」
シーナさんが聞く。
『1チーム工場の屋根上に登っている! 体の向きが船の方に向いてるからきっと――』
狙撃? いや違う。まさか!?
「いけないっ!!」
僕は叫び、奥の工場の方を見る。
大量のロケットが空に撃ち上がっていた。数9。ロケットは3発ずつに分かれ、3隻の大型船をそれぞれ狙う。
(3隻の豪華客船はどれも拠点としてかなり優秀。あのチームは、その優秀な場所を取ることは諦め破壊することにしたんだ! 敵機がいようがいまいが関係ない。この船をマップから消し、工場での戦いを強制するために……有利不利を消すために……!)
撃つか? いや、どのロケットも弾道から察するに僕らに直撃はしない。狙撃して位置バレする方が危険かな!?
(なんて考えている内に真上にいっちゃった!? 迎撃不可能!!)
僕らが居るこの大型船にロケットが着弾。ブリッジに2発、この最上階の天井に1発着弾する。
「うわ!? わわっ!!?」
船が激しく揺れる。後方20m先で天井が崩れ、落ちてくる。僕とシーナさんはスラスターで勢いをつけ、壁を破り外に脱出する。
「狙撃来ます!!」
待ってましたと言わんばかりに、狙撃が2発飛んでくる。空中で体を捻って躱し、甲板に着地する。
(足場が悪い!!)
スラスターで着地したばかり。しかも揺れる足下。続く狙撃を避けきれず、仕方なくシールドピースを並べて受けるも8枚を破壊される。さらに追加の爆撃――シーナさんがハンドガンでロケットを撃墜するけど、何個かは船に着弾し、さらに足場を揺らしてくる。
(反応が更に1つ増えてる。これで僕ら含めて合計12機が造船所にいることになる!)
このままじゃ船が沈む! 早く脱出しないと……!
(!?)
港に向かって飛び出そうとした僕の背中に、視線が刺さる。
(この視線はシーナさんじゃない!)
僕が後ろを振り返るより先に、シーナさんが僕の背中を押した。
「そのまま行ってください」
後ろを見ると、シーナさんが全身に風穴を作っていた。
シーナさんの更に背後、そこにアサルトライフルを持った2機のスペースガールがいる。
忍者のような恰好、レーダーに映らないステルス性――
(令和くの一……!)
体が濡れている。まさか、海から船に上がり、僕らの背後を取ったのか!!
「シーナさん……!」
「後は任せます」
シーナさんがデリートされる。僕はスラスターで加速し、船から脱出。すぐに正面の工場に入った。
「……また、また僕は……!」
足を引っ張ってしまった。きっとシーナさんは僕より早く令和くの一に気づいていた。1人なら避けられたはずなんだ……!
『シキさん』
通信機からシーナさんの声が届く。
『1人にしてしまい申し訳ございません。ですが、これであなたを縛るものは何もありません』
「縛る……?」
『チャチャさんにあなたの戦闘データを解析してもらいました。結果として、あなたは味方が少ないほど強くなるということがわかりました。私やニコさんが居ない方があなたは強い』
それはそう。緊張が無くなるから、強くはなる。でも……そんな言い方はしないでほしい。
「そ、そんなことないです! きっと、シーナさんとニコさんが居なければ、僕はここまで残っていない!」
『そうですね。あなた単独より、チーム3人の方が強いのは明白です。だけど、あくまであなた個人の力は1人の方が強い。それだけの話です。チーム戦では十全な力を発揮できず、ソロでは全開で戦えるというプレイヤーは別に珍しくはない。つまり私が言いたいのは……』
『勝負はまだまだこれからってことよ!』
ニコさんがカットインしてくる。
『せっかくシキっちょが全力全開で戦える状況なんだからさ~、変な責任感とかでデバフ掛けないでよ』
『チームの勝ち負けとか、助けてもらったとか何とか、私達に見られていることとかぜーんぶ忘れて!』
『あなたの全力を、我々に見せてください』
体の震えが止まる。
雑念が、頭から消える。
「……はい……ありがとうございます。皆さん」
通信が切れる。
僕は工場の壁に背を預け、無骨な天井を見上げる。
(見なくとも、聞かずとも、周囲の景色が頭に浮かぶ。指先の感覚が尖り、口角に僅かに涎が溜まる。体が瞬きを忘れて、遥か先が目の前に見える)
いつかの月上さんの言葉が頭に浮かぶ。
――『もしも次のランクマッチで、あなたの心が躍るタイミングがあったのなら、我慢しないで欲しい。その鼓動に、躍動に、身を投じて。他人の目など気にせず、ただ快楽に身を委ねて。そうすればきっと、無限大の万能感があなたを包み込む』
今がその時、か。
(月上さん……あなたの言う通りにしてもいいですか? 全部忘れて、目の前の快感に身を委ねてもいいですか?)
シーナさんもニコさんもいない。このマップ内に味方はいない。
スナイパーイズボッチ。
「……いつも通り、遊べばいいだけ」
玩具ならほら、そこら中にいっぱいある。