第4話 白い流星
インフェニティ・スペースを始めると、まず『スペース・ステーション』と呼ばれる施設に送られる。宇宙に独立して存在する球型施設だそうだ。ステーションは絶対安全領域であり、如何なる武装も使用できない。
そのステーションにはシミュレーターもあるし、宇宙船もあるし、ショップもある。なんでも揃えられるそう。初心者はまずこのステーションでインフェニティ・スペースについて知り、戦場に赴く……と、説明書には書いてあったのだが、
「どこ、ここ……?」
僕が転送されたのは……『月面』だった。
周囲には無数のスペースガール。全員武装しているし、試し撃ちのようなこともしている。ここがスペース・ステーションなわけがない。
他にも人間の下半身を模したような二足歩行の巨大ロボット、全長4mはある機械のボール、ドローンのような飛行小型メカが連なっている。
(え? なにこのラスボス前みたいな空気……)
何やら凄い緊張感だ。みんな武器を構えて、宇宙を見上げている。
「来たぞ!! 『白い流星』だ!!!」
誰かが言った。
そして、僕は確かに見た。
空を走る白い光を。
白い流れ星を。
「構えろぉ!!」
――白い光が、遥か前方に落ちた。距離にして1kmは離れている。
「来るぞ!! 狙撃班、撃てェ! 撃てェ!!!」
二足歩行の巨大ロボットの上から、スナイパーたちが狙撃を始める。
僕は月面でスナイパーライフルを抜き、スコープを覗く。
白い光……それは女の子、スペースガールだった。
白のブレザーに白のミニスカート、まるで女子高生のような恰好。目元はバイザーで隠しており、両肩からは白い機械の翼が生えている。片刃の機械の剣を2本持っているが、他に武装は見えない。
スナイパーから放たれるレーザー弾は彼女の残像を貫くばかり。そう、残像だ。彼女が動く度、残像が起きている。
「ダメです! 当たりません!」
「あの残像、消えるまで熱源持っているからタゲが取られる! 追尾機能はむしろ標的から遠ざかるぞ! 気を付けろ!!」
双剣使いが近づくにつれ、スナイパーだけでなくアサルトライフルやハンドガン、マシンガン、ミサイルランチャーを持ったスペースガールが攻撃に加わる。凄まじい弾幕だが、双剣使いに直撃する気配はない。
機械のボールは補給機だったようで、スペースガールに近づくと開き、大量の武装を展開する。地上の部隊は補給機を利用し、相手との距離で武装を変えている感じだ。
一瞬――弾幕が不意に途切れた瞬間、双剣使いは翼を発光させ、飛んできた。
その速さは常軌を逸しており、白い線でしか追えない。スペースガール達も近づけまいと弾幕を強化させる。
「なにこれ! チュートリアル!? 聞いてないって!!」
とりま敵前逃亡!
前線から下がる。
「どどど、どうしよう……! どうしよう!!」
「あなた、スナイパーですよね?」
「え!?」
ジト目の可愛らしいスペースガールが立ち塞がってきた。
(この展開、まさか『逃亡兵は死すべし。バン!!』ってやつ!?)
だけどこの子はこの子で武装を装備していないし、戦意が見えない。
「そそそ、そうです……一応……あの……そのぉ……こここ、殺さないでくださいぃぃ……!」
「殺しませんよ。なぜ地上にいるのですか。スナイパーは『ツインレッグ』の上で狙撃すると打ち合わせで言っていたでしょう。ここからでは視界が悪く、まともな狙撃ができませんよ」
ツインレッグ、というのはあの二足歩行のロボットのことかな。
やっぱりアレは狙撃手用の動く高台か。
「乗り方が……わからなくて……」
目を逸らしつつ言う。
「ふざけているのですか? わからないはずないでしょう。初心者じゃあるまい……し」
ジト目少女はシステム画面を開き、眉をひそめた。
「レベル1……? あなた本当に初心者なのですか?」
「ご……ごめんなさぃ……」
「初心者がどうやって月面に――危ないっ!」
少女は僕の腹を蹴り飛ばす。
「え?」
僕が立っていた場所に、流れ弾のレーザー弾が飛んできた。どうやら僕を蹴り飛ばすことでレーザー弾の直撃を防いでくれたようだ。
「あ、ありがと――」
「よくわかりませんが、とりあえず役目を果たしてください」
「むぎゃぁ!?」
今度は特に流れ弾とか来てないのに、投げ飛ばされた(背負い投げで)。
「あなたが真にスナイパーならば、ここにいるのが偶然で無いのなら、当ててみなさい。あの流星に」
僕はツインレッグの足と足の間に転がる。すると、ツインレッグの股から光が落ちてきて、僕を包み込んできた。
気が付くと、僕はツインレッグの上に居た。
「そっか。ツインレッグの下に行くと上にワープされるんだ……ていうか、ここじゃ逆に逃げ場なくない!?」
もうなるようになれだ!
僕は他のスナイパーと同じく、ツインレッグから白い流星を狙う。
他のスナイパーの撃ち方を見て、それに倣い、構えて撃つ。
最初の何発かは虚空を穿つが、段々とコツが掴めてきた。
「いける」
流星ちゃんの動きを予測し、構えて撃つ。今度は確実に当たる軌道だ。
「え」
弾丸は本体に当たった。と思ったら、なぜか残像を貫いていた。
僕はさらに2、3発流星ちゃんに弾丸を当てるが弾は残像を貫く。
(嘘……まさか当たった後で回避している!?)
攻撃が本体に当たると同時に残像と入れ替わっている。
残像は1秒で消えるが、流星ちゃんは高速で常に動いていて、1秒前に残した残像との距離は10メートルを超える。広範囲の爆撃でもない限り残像ごと攻撃するのは不可能。もう何度か狙撃するも、やはり残像にダメージを押し付けられる。
(やっぱり残像と入れ替わってる。けれど残像と入れ替わった瞬間、1度すべての残像が消える)
残像を作る→実体を攻撃される→残像で変わり身→残像全消費。
つまり、入れ替わりを起こした直後の流星ちゃんなら攻撃を当てられる……?
しかしそうなるとほぼ同時に2発撃たないと……。
「うぎゃ!?」
隣のスペースガールが流れ弾に頭を貫かれた。スペースガールはポリゴンになって散りゆく。スペースガールが持っていたスナイパーライフルだけがその場に残った。
(ラッキー)
右手に自分のスナイパーライフルを、左手に落ちてたスナイパーライフルを構える。さっきまでは座って撃っていたが、今回は立って、腰でタメを作って撃つ形にする。
(左の銃で残像を抑えて、右の銃で実体を撃つ)
問題はどの残像を狙うか。相手はどの残像とも入れ替われる。その瞬間の残像の数は10はある。その10の選択肢の内、どれを選ぶか。
ここはもう心理戦だ。相手が選ぶ入れ替わり先を読んで、そこにぶつけるしかない。
チャンスは唐突に訪れた。
爆撃。誰かのミサイルが流星ちゃんの近くに着弾し、黒煙を生んだ。その黒煙が残像の大多数を包み込んだ。
(ここ!)
両手のスナイパーライフルを同時に発砲。
右のスナイパーライフルで実体を撃つ。すると実体は残像に代わり、レーザー弾は残像を貫く。
本命の左。左のスナイパーライフルで黒煙に包まれていない唯一の残像を狙った。視界の潰れる黒煙内の残像と入れ替わるはずがない、という予測の元だ。
ドン!!
流星ちゃんの右肩に弾丸がヒットする。
「あ、当たった……当たったぁ!!」
しかし、ダメージは服がちょっと焦げた程度。致命傷には程遠い。
「嘘、それだけ……?」
タン。
と、大根を包丁で切ったような呆気ない音が響いた。
僕は――気づいたら首を斬られていた。
「え」
空中を漂う首から、自分の背後に回っていた流星ちゃんを見る。
速い。なんてもんじゃない。まるで見えなかった。
流星ちゃんの足もとに、僕の首が転がる。
流星ちゃんは僕の頭に右足を乗せる。目に映る全てのゲージがみるみる減っているから、もう数秒の命だろう。
「あなた、名前は?」
首になった僕に流星ちゃんは聞いてくる。
「シキ……です」
「……記憶した。シキ」
流星ちゃんは柔らかい声で、
「また、遊びに来て」
さっきまでの優しい声は何だったのか。一切容赦なく踏み抜かれた。
まさか美少女に踏み砕かれ、最初の死を刻むとは思わなかった。
デリートされたスペースガールの武装は1分ほどその場に留まります(装備していた武装のみ)。
白い流星に弾がヒットした瞬間は多くのスペースガールが見ましたが、シキが2つのスナイパーライフルを使って当てた所を見たのは3機のみです。ちなみにスナイパーライフルは片手撃ちすると命中補正が0になるので素人は真似しちゃダメ。