第237話 神狼乱舞②
シキの左眼に『∞』のマークが浮かぶ。
――∞バースト発動。
シキの全てのスペックが底上げされる。
異変を感じ取ったペテルはシキを観察する。
(明らかに空気が変わった。なにかやばい)
シキはアステリズム12基を展開する。
ペテルはすぐさまグレネードを撒き、チャフを辺りに散布させる。シキのアステリズムはチャフの中を突っ切る。
「これで、脳波は妨害され――」
否。アステリズムは止まらない。
「なっ!?」
通常通り――いや、通常時よりも更に速く動いている。
アステリズムはチャフの結界の中を自分の庭の如く自由に高速で飛び回る。
「まさか、脳波妨害を貫通する程の脳波を発しているのですか……!? あ、あり得ない。そんなことがあるはずが……!」
∞バーストを発動すると脳波数値が飛躍的に上昇する。シキの場合は脳波強度・脳波感度を共に2.5倍まで押し上げる。
脳波強度2225と脳波感度2250。平均値(100)の約22倍。
脳波の伝達を妨害するグレネード『ブレインジャミング』は高い脳波にも対応できるように設定してある。脳波数値は明確に個体差があるため、低い脳波のみを妨害するのでは不公平だからだ。
しかしその妨害可能上限は脳波強度1300。規格外の数値を持つシキの脳波は『高めに設定された妨害システム』すら容易く貫く。
自由を得たアステリズムは12基全てニコに向けられた。
「上等!!」
ニコはアステリズムの弾幕を突っ切る姿勢を見せる。
ニコがシキに向け、大きく加速した瞬間。アステリズムの速度が2段階上昇した。
「!?」
チェンジオブペース。速度に差をつけることで隙をつく。アステリズムはニコの動体視力を超える。
ニコはあっという間にアステリズムに囲まれてしまった。
「こんのぉ!」
アステリズムによる一斉射撃。息つく間も無い連打。
覚醒したシキの脳波強度でピースを動かした場合、市販のバレットピースですらロゼッタの動体視力を置き去りにした。レアアイテムのアステリズムならば、もはや影すら追えない。
「はっやすぎでしょバカかコレ!!」
被弾、被弾、被弾。次々とニコの全身にアステリズムのレーザーが当たる。
アステリズムは1度の射出で6度の射撃が可能。1発撃ってもシキのもとへは帰らずに動き回り、射撃を繰り返す。
現在シキは武装へのEN供給を制限されているため、アステリズムは自機ENを使い尽くした場合使用不可になってしまう。なので、シキは射撃速度と移動速度を調整し、ENを使い尽くさないように気を遣っている。これでも『スローペース』である。
ニコは追い詰められているものの、野生の勘でなんとか致命傷は避けている。だが、アステリズムの対処のみで手が一杯だ。シキを詰める余裕は無い。
(理解ができない……射撃の精度がまるで落ちていない。むしろ精度が増している。まったく見えていないはずなのにどうして……!!)
ペテルは目の前の狙撃手に驚きを隠せない。
現在シキはターゲットの全てを見透かす瞳、神狼眼を使用していない。神狼眼の発動条件はターゲットを目に映し、瞬きをすること。だが、現在のシキは視界を封じられている。神狼眼の発動条件を満たせない。
なのになぜシキはニコやペテルの動きを見切れているのか。シキはいま、己の才能をフル稼働させて暗闇の世界を照らしていた。
シキは生きているMAP・レーダーと耳・鼻を使い、敵の位置、地形、オブジェクトの形・大きさ・位置を正確に把握。天性の危機察知能力で相手の攻撃のタイミングや攻撃方法、危険な位置を察知している。残った死角は持ち前の洞察力&演算力で排除していた。
神眼よりも広く、自身の周囲の景色を脳内で構築する。
加えてシキはすでにニコとペテルの『観察』を終えているため、2人の動きは高い精度で予測できる。
ニコとはこれまで幾度も行動を共にしたため、ペテルとはすでに10分以上戦い続けているため、両者の思考の癖は看破していた。
無論、通常時のシキではこの状況に対応はできなかっただろう。∞バーストが発動し、全ての感覚が研ぎ澄まされたいまだからこそ成せる超技だ。
ペテルは鞭を連続で繰り出す。
シキはスラスターを使えないながらも、無駄なく動き、時にオブジェクトを盾にし、鞭を全て躱す。スラスターが使えた時に避けられなかった攻撃を、今はスラスター抜きで躱している。
「――――」
ペテルは、目の前の宝石の如き輝きを放つ才能に、つい見惚れそうになる。
「……いいなぁ」
『エースになりたい』という欲は封印した。
今のプレイスタイルに不満は無い。
それでも、滲み出てしまった。
最初に憧れたのはどんな苦境も1人で覆す絶対的エースだった。
シキの動きを見て、自分の原初の理想を思い出してしまった。
おかげで、不必要な言葉が心から滲み出てしまった。
「……」
武装の中に1つ、攻撃力のあるものがある。
スナイパーライフル『ライジング・スター』。
最初期から愛用しているライフルだ。唯一の『相手を倒せる』武器。
このライフルを使って、目の前の絶対的エースを倒したい。
この弾を当てたい。自分の『攻撃』が通用するか試したい。
ペテルはライフルを展開するかどうか、1秒にも満たない時間迷った。
(でも、それはもう捨てた理想だ)
あくまで『原初』の理想。
今の自分が目指すのは、チームのために犠牲になれる『捨て駒』。
(単独で苦境を覆すエースはカッコいいよ。誰だって憧れる。だけど、チームの道を切り拓くために死地であろうが踏み込める『勇敢なる捨て駒』。それはそれで、最高にカッコいいと思うから……)
――貫き通す。
ペテルは滲み出た微量の欲を捨て去る。
ペテルは空振りした鞭で地面を転がる瓦礫を弾き、シキの右足に瓦礫をぶつけた。
全ての感覚が冴えているシキに、瓦礫を当てたのだ。
「……!」
シキの体勢が崩れる。
ペテルは体勢を崩したシキに鞭を差し向ける。シキは回避のモーションを取れていない。
当たった。
確信した刹那。
シキの姿がブレ、気付いた時には鞭を回避し、地に足をつけていた。
「ノーモーションで、回避……」
『転身』――現在のシキは予備動作なく攻撃を回避することができる。
シキはスラスター無しの回避術の手本にラビリンスとカムイを採用していた。地に足をつけた回避においては、この2人以上の手本は居なかった。今のノーモーション回避はカムイの動きからヒントを得て編み出したモノ。
「いい加減にしろっての!!」
ニコはシールドピースを使って強引にシキとの距離を詰める。
シキはスタークの銃身を持ち、スタークを剣に見立てて近接戦を繰り広げる。
ニコの右手の振り。シキはスタークでニコの右手を弾き妨害。
ニコは左手のサーベルを振ろうとするが、モーションに入る前にシキのスタークに顎をかち上げられた。
「――――ッ!!!?」
まるで、未来を予知しているかの如く先手を取る。サーベルを使わずして、シキはニコを近接で封殺した。
アステリズムが戻ってくる。アステリズムが射撃する素振りを見せると、ニコは高速で後ろに引いた。
しかし、すでにアステリズムは充電切れ。最早弾を撃つENは残っていない。シキのハッタリである。
(まずい! そろそろ接続不良が切れる!)
複合バグ『停電』は3つのバグが起きている時にのみ発動する。接続不良が切れれば当然、シキの視界は戻る。
焦ったペテルは鞭でシキを狙うも、シキはノーモーションで躱す。
「自分が長い時間を掛けて極めた鞭捌きを……スラスターすら使わずに……!」
シキはペテルの方を向きもせず、右手に持ったスタークを連射してペテルを牽制する。ペテルはシキの射撃を回避するため、後ろに飛び退いた。
「ダメか……!」
ペテルの脳内で、とあるカウントが終わる。
「ようやく戻りましたね」
接続不良解除。同時に停電も解除され、シキの瞳に光が戻る。
「「!!?」」
ニコとペテルは同時に、雷に打たれたようなプレッシャーを受けた。
シキはニコを瞳に映し、瞬きをする。
神狼眼発動。ターゲット→ニコ。
さらにスラスターを規定時間使用しなかったことで軸受麻痺も解除され、漏電も時間経過により解除される。
アステリズム充電完了。
神経伝達万全。
スラスター解放。ライトウィング展開。
EN量は少ないが、問題なし。
視界良好。
目が見えずとも戦えるが、当然、目が見えた方が高いパフォーマンスを発揮できる。
ここからが本番――
「ニコさん。もうあなたは、どこに居ようと僕の目の前だ」
神狼が牙を剥く。





