第233話 無欲の強さ
軸受麻痺、接続不良。
これによりスラスター性能が20%減、精密性が30%減となった。
「軸受麻痺は一定時間飛ばなければ治ります。接続不良は時間経過で治ります。もっとも、またこの鞭に当たれば接続不良の時間は伸びますがね」
ペテルさんは鞭を振り回してくる。
鞭の軌道は読みづらく、それでいて長く、素早い。
(体が、ぎこちない……!)
僕はなんとか間合いの外に逃げようとするけど、スラスター制限のせいで距離を取れない。どうしても追いつかれてしまう。
「くっ!」
また鞭を肩に当ててしまった。
あの鞭……射程と操作性が飛び抜けている。
「この鞭の名は『ハームレススネーク』。意味は『無害な蛇』です。攻撃力は皆無で、当たったところで阻害されるのは精密性のみ」
ペテルさんは鞭を振りながら説明する。
僕を後ろへ飛びながら体をペテルさんに向け、鞭を躱し続ける。
「精密性は他のステータスと比べ、軽視される傾向にある。当然と言えば当然。高くなったところで、多少神経伝達が速くなるだけですから。下手な人間の場合、抑制された方が動きやすいなんてこともある。けれど」
パチン! と、また鞭を頬に掠らせてしまう。
「……!!」
ダメだ。1度高い精密性に慣れてしまうと、このレベルの精密性じゃ満足に動けない……!
「上級者にはコレが効く。1フレームのズレが、あなた達『持っている側』にとってはどうしようもない違和感になる。スラスターも神経伝達も抑制されてしまった。もう完璧な動きはできないですね。――あなたには」
「……丁寧にご説明ありがとうございます。でも、スラスターの制限にしても精密性の制限にしても、影響を受けるのは僕だけですよね?」
僕は12基のアステリズムを展開する。
「脳波で動くピースには関係ない」
「その通りです」
ペテルさんは頭上高く、グレネードを投げた。
(なにがしたいのかわかりませんが、隙だらけです!)
グレネードがペテルさんの頭上10m程で弾ける。グレネードの内から飛び出したのは、大量の銀色の紙。
銀の紙吹雪が、ペテルさんの周囲で舞い踊る。
「アレは……まさか、攪乱片!?」
アステリズムの包囲が終わった。
「撃て!」
僕はアステリズムに射撃を命じるも、アステリズムは動かない。
「弾が出ない……?」
「これはただのチャフではありません。脳波伝達を阻害するチャフです」
遅れて、アステリズムは射撃を開始する。
タイミングはバラバラで、狙いも甘く、簡単に見切られ躱されてしまう。
(チャフが邪魔になっているのなら、あのチャフの結界から逃がせば……!)
僕はアステリズムに脳波で撤退を命ずる。
アステリズムは鈍い動きで撤退を始める。
「逃がしません」
ペテルさんは鞭を手に取り、アステリズム12基を数秒の内に全て攻撃した。
アステリズムは無傷だけど、その動きはチャフの領域から離れても遅いままだった。アステリズムは僕のもとへ帰ってくる。
「ハームレススネークで攻撃されたピースは暫く脳波伝達系に異常をきたします。チャフから離れても、チャフの中にいる時と同様に脳波伝達を阻害される」
これまで丁寧に能力を説明してきたのは、僕にピースを、アステリズムを使わせるためだったんだ。まんまと誘われた……!
こんなこと、思っちゃいけないけど、でも……!
(この戦闘スタイルは、う、鬱陶しい……!)
今までに戦ったことのないタイプだ。
「そろそろG-AGEに頼り出す頃ですかね?」
僕は次の動きを読まれ、肩を震わせてしまう。
「射程も弾速も効果も把握していますよ。全部シーナさんに聞きました」
そういえばシーナさんにはG-AGEの情報を全て伝えてしまっていた。他にも色々と、シーナさんから聞いているんだろうね……。
手は読まれた。けれど、ガードナー相手にG-AGEは有効だ。プランは崩さない。
アステリズムは脳波を通しやすいように自分の近くから動かさず射撃させる。スタークとアステリズムで崩してG-AGEで仕留める。
「それでも押し通りますか」
(これまでの感触的に反応が良いタイプでも特殊な技能があるタイプでも無い! ここはスキルで押し切る!!)
僕は戦術を使い、技術を使い、ペテルさんを崩しにかかる。
まずスタークとアステリズムで総攻撃を仕掛けるが、盾とシールドピースで綺麗に対処されてしまった。G-AGEによる射撃も挟むけど、弾丸は避けられるか、レーザー質の鞭で弾かれてしまう。
足場を狙撃で崩し、隙を作ろうとするも、ペテルさんは冷静に対処する。すぐさまスラスターで後ろへ飛び、盾に身を隠しながら転倒した。スタークとアステリズムは盾に弾かれるし、後ろへ飛んだ際にG-AGEの射程の外に出られた。転んだ隙を狙えない。手出しができない。
あらゆる戦術を試した。だけど、どれだけ攻めてもペテルさんは崩せなかった。
申し訳ないけど反応は微妙。特別なモノは感じない。けれど読みが鋭い。性質としては神狼眼に近い。あの人は『こっちの視点』を持っている。
どんな手を使っても、崩せない……!
「なんて人だ……!」
攻めたら引き、引いたら攻めてくる。
僕が大きな隙を見せても、一切食いついてこない。一定の距離を保ち続ける。
軸受麻痺を直そうとスラスターを使うのをやめた時だけ、スナイパーライフルで狙ってくる。スラスターを使わざるを得ない状況に追い込んでくる。
攻撃力のある武器はライフルだけ。そのライフルだって撃墜を目的として使っていない。ただの『邪魔』だ。
全力で、邪魔だけをしてくる。
「……!」
これが、ツバサさんの言っていた『無欲の強さ』。
この人、僕に全然勝つ気がないっ!
「あなたは天才です。それも極上だ。一方で、自分は雑魚です。最弱です。あなたのような人に勝てるはずもない」
僕とペテルさんは倒れたマンションの上を飛行する。僕が逃げると、ペテルさんは追ってくる。無害の鞭で状態異常の延長だけを狙ってくる。
「ですが……こんな能無しの自分でも、全身全霊をかければ、あなたが相手でも負け方ぐらいは選べる」
僕が逃げるのをやめ、ペテルさんに最高速で接近すると、ペテルさんは後ろに飛び、鞭を振ってきた。
僕の足に鞭が絡まる。
「むうぅ……!」
僕は鞭に足を取られ、バランスを崩し、倒れたマンションの窓に落下する。窓を突き破り、オフィスに落ちる。
資料の束に埋もれる僕を、ペテルさんは窓の外から見下ろす。
狭い場所で倒れた相手。しかも状態異常塗れの相手だ。またとない撃墜のチャンス。
なのにこの人は一切近づいてこない。仕掛けてこない。鞭の有効射程ギリギリで待機する。
「あなたに、『最低の勝利』をプレゼントしますよ」
驚いた。
こんな人がいるのか……!
「8分経過。あと7分……」
精密性は普通のテレビゲームで表すなら『ボタンを入力してから実際にキャラクターが行動するまでの時間』を決めるステータスです。余計わかりにくいかな? あと手先の器用さにも多少影響します。
そもそもデフォで十分な感度なのですが、精密性を上げるとちょっとだけ伝達が速くなります。ほんとちょっとだけ。能力の低い人間が精密性を上げ過ぎると感度が高すぎて逆にやりにくくなります。上の例えで言うならちょっとボタンを押し込んだだけでキャラクターが反応してしまう……みたいな。
シキの悪い癖(?)の1つが攻撃を最小限の動きで躱してしまうことで、ギリギリで躱すから多少伝達が遅れるだけで当たっちゃうんですよね。しかも速度が抑制されているから余計にジャスト回避を狙ってしまう。もう反射の領域だから中々修正も難しい。やれやれです。





