第185話 怪盗カウンセリング
映画館に到着。
千尋ちゃんが事前にモバイル予約をしていたので、チケットを買う手間は無かった。お金を払うと言ったけど、『奢らせてちょうだい』と押し切られてしまった。ポップコーンも飲み物も、千尋ちゃんがあっという間に揃えてしまった。それらの料金も奢られちゃった。
もしも千尋ちゃんを『彼氏』とするなら、これ程理想的な彼氏もいないだろう。ま、千尋ちゃんは女の子だから無意味な前提だけどさ。
千尋ちゃんが取ってくれた席は、センターの後ろの方だった。僕の1番好みの席だ。人の視線が当たらなくて、見やすい場所……。
「ちひ……桜坂くん。これ、どういう映画なの?」
「恋愛×デスゲーム! 恋愛で負けると死ぬの」
「え……」
なにそれ怖い。
映画が始まる。
舞台は高校。主人公は男子高校生。
始まりこそ青春ドラマっぽい感じだったけど、開始10分で様子が変わる。担任の先生があっさりと覆面男に殺されてしまった。覆面男が仕切り、恋愛を絡めたデスゲームが始まる。
千尋ちゃんは主人公の幼馴染の役。主人公のことを一途に想っている。だけど、主人公には別に憧れの人がいて……という設定。
(なんかこのメインヒロインの子……見覚えあるなぁ。どこでだろう? 映画に出るぐらいの人だし、CMか何かで見たかな)
最初は演出に特化したグロ系かと思ったけど、中盤に差し掛かると話の筋がしっかり見えて、面白くなってきた。スリルと甘酸っぱさが良い感じにブレンドしている。
終盤で千尋ちゃんの役は主人公とヒロインのために命を投げ出し、黒幕の隙を作った。その時の千尋ちゃんの演技は圧倒的で、主役コンビを食ってしまう程だ。
僕の隣にいるこの人は、本当に……別次元の人なのだと、思い知った。
ちらっと千尋ちゃんを見ると、千尋ちゃんは涙を流していた。
「……百桜千尋……良い演技だなぁ……!」
自画自賛してる!?
---
映画を見終えた僕らはフードコートでハンバーガーを食べていた。
「かーっ! 面白かったねぇ。特にあの百桜千尋って女優、名演技だったねぇ!」
まだ自画自賛してる……。
「桜坂くんは……やっぱり凄いね」
「でしょでしょ!」
「うん……僕とは違う世界の人だなぁって、そう思ったよ」
「レイちゃんさぁ」
千尋ちゃんはポテトを咥えて、上下に動かす。
「やっぱりなにかあったでしょ」
ぎくっ。と背中が揺れる。
「教えてよ。茶化さないからさ」
「……あのね」
僕は話した。昨日、ミフネって人に迫られて、なにも言えなかったことを。
すると千尋ちゃんは胸を張って、
「私が脱獄して懲らしめてあげるよ! ――って言いたいとこだけど」
「……」
「レイちゃんは、自分で何とかしたいんだ?」
「う、うん。でも……」
言葉に詰まる。声が震える。
千尋ちゃんは優しい目のまま、僕の言葉を待っている。
「勇気が……足りないんだ……僕、僕はさ……1番、怖いことがあって……」
「うん。話してみて」
「……僕が頑張ることで、誰かに責められるのが、嫌なんだ」
「うんうん。でもさ、これまでだってレイちゃんはランクマッチとかオケアノスの一件で色んな人を打ち負かしたわけじゃん。それは含まれないの?」
「アレは……相手の人もみんな、『負けることも覚悟している』人だったから。負けたからって、僕を責めることはしないから。あのね、僕は別に、相手に悪いから……こんなことを言っているわけじゃなくて、ただ単に、僕が責められるのが嫌なだけで……だから、これまではずっと、僕が僕であると認識される前に撃ち抜いてきた。誰に倒されたかわからなければ、責められることもない。そういう意味でも狙撃手は好都合で……」
「あはは……なるほどねぇ」
「でもこれは、勇気があれば乗り越えられることなんだ。『責められてもいい』って勇気が……でも、でも……」
僕は紙ナプキンで両目を隠す。瞳に溜まった涙を隠すために。
「……あの人はきっと、代理戦争で活躍したいんだ。だけどきっと、僕が出張ったら、あの人の活躍の場を奪ってしまう。そうすれば、きっと責められる……強烈に責められる。名前も顔も知られているし、同じオケアノスに住んでいるからきっと逃げられない。だから怖いんだ」
「わかった。まとめるとさ。レイちゃんは他人を蹴落とすことも、それで責められることも別に悪いこととは思ってない。悪いのはそれを許容できない自分だって言いたいんでしょ」
その通りだ。僕は別に善人じゃない。
この社会において、他人を制し上に行くことを否定しない。もちろん、卑怯な手を使うのは良くないけど、正々堂々と他の人を倒し、上に行く事を悪いことだとは決して思わない。
僕が嫌なのは……恨まれる覚悟を持てない自分なんだ。自分の力や功績を、妬まれる覚悟を持たない、自分なんだ。
「気持ちはわかるよ。私ってほら、こんな可愛くてなんでもできるから、そりゃ人に妬まれてさぁ~。心無い言葉を浴びたことも2桁じゃ収まらない。折れそうになったこともある」
「そうなんだ……ど、どうやって、乗り切ったの?」
「自信だよ。自信さえあればどんな責めにも耐えられる。私の自信を支えたのはこれまで関わってきた凄い人達の評価さ。名俳優さん、大御所監督、名司会者さんとかの言葉が背中を支えた。『こんな凄い人達に評価される私は、ちゃんと凄い』って思えたんだ」
「そうなんだ……いいな。僕にはそういう人、いないから」
千尋ちゃんは頬杖をつき、
「レイちゃんはさ、私や星架ちゃんのこと凄いって思う?」
「お、思うよ! 凄いし、かっこいいって思う……」
「だったら、そんな凄い私達に認められているレイちゃんも、凄いって思わない?」
「あ……」
「改めて言うけど自信ってやつはさ、自分1人で支える必要は無いんだよ。私達以外にも、君のことを評価している人はいっぱい居るはずだよ?」
そっか。
千尋ちゃんや月上さんだけじゃない。シーナさんやツバサさん、六仙さんのようなインフェニティ・スペースの凄い人達だって僕を評価してくれたんだ。
少しぐらい……思ってもいいのかもしれない。僕は、活躍してもいい人間なんだって。
「もし自信が無い時は、私や星架ちゃんのことを思い出してよ。レイちゃんが『凄い』って、『かっこいい』って思っている私達が、君を『凄い』、『かっこいい』って思ってるってこと、思い出して。君が私達を信じている程、君の自信の支えになるはずだよ」
自分を信じる力。
それは必ずしも、自分だけで作るわけじゃない。
他の人に手伝ってもらってもいいんだ。自信を作る手伝いを、してもらっていいんだ。
「千尋ちゃん……ありがとね。こんな僕のために、色々してくれて。今日はさ、落ち込んでいる僕のためにここまでしてくれたんでしょ。わざわざ変装までしてくれて……」
「そりゃするよ、これぐらい」
千尋ちゃんは僕の目を真っすぐ見据える。
「だって私はレイちゃんのこと、本気で好きだもん」
一瞬、ドキッとしてしまった。
けれどすぐに、僕はさっきの映画のことを思い出した。主人公に告白する千尋ちゃんも同じような顔だった。つまり、演技だということだ。
「も~、どうせ色んな人に言ってるくせにさ」
と軽く流し、僕は置きっぱなしだったハンバーガーに手を伸ばした。
ハンバーガーを一口食べて、また千尋ちゃんの顔を見ると、千尋ちゃんは目を細めて、口元を小さく笑わせて、テーブルの上のストローの殻を見つめていた。
その時の千尋ちゃんの表情は、あの映画中、見せたことの無いものだった。
【読者の皆様へ】
この小説を読んで、わずかでも
「面白い!」
「続きが気になる!」
「もっと頑張ってほしい!」
と思われましたらブックマークとページ下部の【★★★★★】を押して応援してくださるとうれしいです! ポイント一つ一つが執筆モチベーションに繋がります!
よろしくお願いしますっ!!




