第182話 月に願えば
お父さんの遺産……?
「私の父さんは、インフェニティ・スペースをリリースすると同時に亡くなった」
それは知っている。
ついこの前、僕は月上さんのお父さんについて調べた。特に理由があったわけじゃない。ロゼッタさんに月上白星という名前を聞いたから、興味本位で調べたんだ。
月上さんのお父さん、月上白星さんはなんと仮想空間AR開発局の局長だったのだ。
現代において、仮想空間は社会に不可欠となっている。ARがこの世界に与えた影響は大きい。これまで多くの科学者が仮想空間を研究していたため、下地は多くあったものの、最後のひと押しを成した月上さんのお父さんの功績は計り知れないものだ。
しかし3年前――月上白星さんはインフェニティ・スペースの発売と共に過労で亡くなった。
きっと凄すぎたんだと思う。誰も代役ができない程に。
事実、月上白星さんの部下はインタビューでこう言っていた。『彼にしかできない仕事が多く、仕事を割り振ることができなかった』――と。
そのインタビュー記事を見て、僕は月上さんが心配になった。いつか、彼女も同じ道を辿るのではないかと。天才ゆえの孤独に、殺されてしまうのではないかと。
「父は言っていた、インフェニティ・スペースは私のために作ったゲームだと。私に……愛を教えるために作ったゲームだと」
月上さんは誰かを好きになったことが無いらしい。
恋愛も、友愛も、家族愛も、なにひとつ抱いたことが無い。
「『蒼い月に照らされる巨大な星に、鍵はある』。そう父は言っていた。私は……その鍵が欲しい」
「それなら、月上さんが惑星に行けば……」
「私は月に居ないとならない。あそこには扉があるから」
扉……もしかして、ロゼッタさんが言っていたやつかな。
「だからレイ……勝手なお願いだけど、あなたに鍵を取ってきてほしい」
「月上さん……」
「あなた以外には頼めない。なぜなら、父さんはきっと……私でないと突破できないような、強力な門番を用意しているから。私かあなた以外では鍵を手に入れることはできない。きっと」
僕は月上さんから目を逸らし、正面を向く。
「わ、わかりました! 僕が、その鍵を取ってきます! なので! 代わりに!」
僕は意を決して、欲望を口にする。
「一緒にお風呂に、入って頂けないでしょうか……!」
「お風呂?」
「そうです!」
「2人で?」
「2人……2人!? ちちち、違います! こ、これ!」
僕は財布に挟ませていたクーポン券を出す。
「新オープン……」
「は、はい。よろしければ、ですけど……そ、それで、あの、eスポーツ部に勝利した報酬のやつも……その時に使わせて貰いたくて……」
「なにをしてほしいの?」
月上さんは優しい声色で聞いてくる。
「お、おぉ、おおぉお背中を……流させてもらっても、よろしいでしょうかぁ……!」
「背中? そんなのでいいの?」
「は、はい!」
月上さんは僅かに口角を上げる。
「……いいよ。流して。でも」
月上さんは僕の顔をジっと見つめて、
「私も流したい」
「流したい……? な、なにをですかぁ!?」
「あなたの体を」
か、か、か、
「から、体……!? 体って……僕の背中を……!?」
月上さんは首を横に振る。
「前」
と、月上さんが言った所で、授業5分前を知らせるチャイムが鳴った。
「授業、遅れちゃダメだよ」
月上さんは綺麗な足運びで階段を下っていった。
僕は暫く、その場を動けなかった。
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夜。
僕がログインすると、甲板に六仙さんが座っていた。
「あ、ようやく来たね」
六仙さんは立ち上がり、バツの悪そうな顔で、
「そのぉ、1度断られているのにしつこいとは思うんだけど、どうしても代理戦争にシキ君の力を貸して欲しくてね。また交渉に来たわけで」
「蒼い月はありますか?」
「まず優勝した際の報酬なんだ……けど。え?」
呆気に取られる六仙さんに、再び問う。
「新しく発見した惑星、その近くに蒼い月はありますか?」
「あ……ああ。月かどうかは知らないけど……サファイアみたいな蒼い衛星はあるよ」
「代理戦争のルールを教えてください」
僕は、目をかっぴらく。
「やるからには全部勝ちます。代理戦争に関する資料を、全部ください」
「お……おぉ! もちろんさ! し、しかし、やる気になってくれたのは嬉しいけど……目が怖いよ。シキ君」
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