第181話 あの月の下に
「きょ、今日はコンビニ弁当じゃないんですね」
初めて月上さんに会ったあの時、月上さんはコンビニ弁当を食べていた。けれど、今日の月上さんは布の包みを持っている。
「あの日は……甘えた」
「甘え?」
「普通の物を食べてみたかった」
月上さんは僕の横に座ると、包みを解き、中の物を出した。布から出てきたのは黒い木製の弁当箱だ。
(や、やっぱり、キャビアとか、シャトーブリアンとか入ってるのかな……!)
ゴクリと唾を飲み込み、月上さんが弁当箱を開くのを待つ。
僕は弁当箱に入っていた予想外のモノを見て、驚いた。
まず、弁当箱の中は仕切りで9分割にされていた。その9区画の内、4区画に詰まっていたのはゼリーだ。ブロック状のゼリーが大量に入っている。リンゴの果肉のような鮮やかな白いゼリーもあれば、出汁を煮詰めたような渋い色のゼリーもある。他の区画にはベリー類、サプリメント(錠剤)、淡白なお肉(ささみ?)、きのこ類、ヨーグルトが入っている。
キャビアとかとは別ベクトルでお金が掛かってそうではある。
月上さんはスプーンで弁当を食べていく。
「慣れてる」
「え?」
月上さんはつまらなそうに弁当箱を眺める。
「私のお弁当、変なのは自覚ある。月1の健康診断に合わせて作られているの。美容や健康を最大限考え抜いたメニュー。おかげで、生まれてからずっと、風邪すら引いたことが無い」
アスリートみたいでカッコいい。
「す、凄いですね。3食、同じような感じなんですか?」
「朝と昼だけ。夜は多様な料理を食べる。味覚を鍛えることも大切だから」
お、お金持ちって凄いなぁ……。
「あなたのお弁当も栄養バランスを考えてある」
「あ、コレですか。えへへ……これは妹の梓羽ちゃんが作ってくれたんです」
でも栄養面に気を遣っているメニューとは知らなかった。
「この前、あなたの妹に会った」
「ええ!?」
街中で偶然会ったのかな。
月上さんと梓羽ちゃんって、どんな会話するんだろう。想像できない……似たタイプだからなぁ。向かい合って無言、なんてこともあり得る。
「なにか失礼なことしませんでした……?」
梓羽ちゃんに限って変なことはしないと思うけど。
月上さんは首を横に振り、
「あなたは機械のような精密性を持っているけど、あの子は逆……野生味に溢れた、不規則な動きをする。内に秘めた『狂暴性』は、侮りがたい」
「きょ、狂暴!?」
梓羽ちゃーん! 月上さんに一体なにをしたの!?
「それはなに?」
月上さんは僕が箸につまんだ花の形の人参を指さす。
「人参です」
「なんで花の形をしているの?」
「なんで……と問われると難しいですが」
「味が変わるの?」
「食感は変わりますが、味が変わるわけでは無いですね。単純に……き、綺麗だからです。見栄えが良くなります」
「そう」
月上さんはスプーンをまた動かし始めた。
今の質問なんだったんだろう? どうでもいい質問に見えて、なにか、月上さんの内面に関わる重要な質問だったような気もする。
「eスポーツ部を倒した報酬、もう決めた?」
そ、それは……いっぱい考えてはいるけど、
「まだ決まって無いです……」
コスプレ強要はハードルが高いしね。
「撮影会する?」
つい、箸を弁当箱に落としてしまった。
意外や意外、月上さんから提案してくるとは!
これは好機!
「さ、撮影会ですかぁ! どどど、どうしよっかなぁ……月上さんがそれがいいなら、いいですけど?」
と、自分は別に月上さんのコスプレに興味ない風を装う。
「なにを着て欲しい?」
「えっと、それは……それはぁ……!」
バニー、ナース服、それともアニメキャラのコスプレとか!
う~……無理だ。この場で決めるなんて無理だ!
「あなたが望むなら、服が無くてもいいよ」
……。
……………。
…………………………はひ?
「この食事メニューのおかげで……私、体には自信がある」
無表情で、淡々と告げる月上さん。こんな爆弾発言をしたのに、何事も無かったかのように食事に戻った。
多分、いける。押せば、本当に。この人は。しかし、
(僕に……)
僕にそんな勇気はない!!!
「ままままま、またまたぁ! 月上さんは冗談が上手いなぁ、まったく! 僕はそういうのには興味ないですよぉ。千尋ちゃんじゃないんですからぁ!」
「そう」
これほどまでに自分のコミュ障を呪ったことはない……! 僕のバカ!
「最近、ゲームの方はどう?」
あ、話が変わってしまった。
「この前、使っている狙撃銃が進化しまして……あと、新しい武装もちょこちょこ……あ、そうだ。月上さんは知っていますか? 代理戦争のこと」
「?」
知らないみたいだ。
「実はですね。六仙さんが新しい惑星を見つけたんですよ」
「新しい惑星……」
「すんごく大きい惑星で、オケアノスの倍はあるそうです。それで、その惑星の調査権を賭けてコロニー同士で戦うらしいんです。僕は断ったんですけど、僕のふぁ、ファンの子が……」
がっ! と、肩を掴まれた。
「え」
月上さんは僕の肩を引っ張って、僕の体の向きを月上さんに向けさせた。
「月上――」
月上さんの顔が、近づく。
「え、あの……」
鼻先が当たりそうだ。息は、当たってる。月上さんの冷たい息が当たる。
「もしもその惑星の近くに、蒼い月があるのなら……レイ、お願い」
月上さんは僕の首筋を指で撫で、僕の顎を人差し指で下からくいっとあげる。
「私の代わりに……回収して欲しい。父さんの、遺産を」
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