第166話 スコアスクランブル その1
僕、千尋ちゃん、月上さんは市街地に転送される。東京の街並みによく似た街だ。
1試合30分。5分経過時と20分経過時に大怪獣、25分経過時に極大怪獣というのが出現する。この3体が勝負の鍵を握る。
「まずは別行動。大怪獣出現までにレベルは10に、武器はレア度5以上の物を最低1つ」
「了解です!」
「はいな~」
僕らは別れて行動する。
僕の初期装備はレア度1のハンドガン。道を歩く3m級の怪獣を撃ち倒し、レベルを上げ、武器を拾って更新。序盤はひたすらこれを繰り返す。
開始4分で僕はレア度5のハンドガンとブレード、バズーカを手に入れた。
(バズーカは大怪獣戦で使える。ハンドガンとブレードも良いのを手に入れた。とりあえず最低限の装備は揃った)
スナイパーライフルは拾えなかったけどレアだから仕方ない。
レベルも10に上がった。月上さんは簡単に言っていたけど、大怪獣出現までにレべルを10にするのはプロでも難しいことだ。ギリギリ、間に合ってよかった……。
『そろそろ大怪獣が出る。集合しよう』
通信機から月上さんの指示が聞こえる。
「わかりました!」
僕らは道路の上に集合し、互いの武器を確認する。
月上さんはブレード2本、千尋ちゃんはハンドガンとナイフ、それぞれ高ランクの物を手に入れていた。
「誰か敵チームに会った人いる~?」
「私は会ってない」
「僕も会ってないよ。戦闘音はたまに聞こえたけど」
最初の5分はお互い戦闘を避ける。武器を揃える前に戦い出すと泥仕合になりがちだからだ。だけど相手チームの姿を1度も見ないなんてまずない。少し違和感がある。
「だよね。やっぱり、意図して隠れてる感じかな」
ピー! と街中で警報が鳴る。この音は大怪獣が現れる合図だ。
空から、大怪獣が落下してくる。翼の生えたティラノサウルス、『Wレックス』だ。
距離は400m。僕らはWレックスのいる場所に向けて走る。
「来たね大怪獣! これは譲れないよ」
ラビちゃんが我先にと飛び出す。
大怪獣はスコアが高いだけでなく、経験値を多く落とす。しかも個人ではなく、大怪獣を倒したチーム全員に経験値が入る。ここで大怪獣を取ったチームは相手に大きくレベル差を付けられるわけだ。
序盤のターニングポイント。絶対に落とせない所。
「私が先行する。2人は援護射撃と敵チームの警戒をお願い」
大怪獣のいるポイントに着くと、月上さんは前に出て大怪獣の体を双剣で削りながら駆け上っていった。その姿はまるで独楽のよう。
このゲームはスラスターのような加速装置が無い代わりに素の身体能力が高めに設定されている。だから壁のような怪獣の体を駆け上ることも可能……ではあるけど、あの速度で簡単にやってのけるのは月上さんぐらいだ。
二丁拳銃スタイルで月上さんを援護する。千尋ちゃんもハンドガンとナイフで相手を削る。
ここはスピードが重要だ。相手チームが到着する前に大怪獣を削り切――
(おかしい)
相手はこのゲームをやり込んだゲーマー。
すでに大怪獣との戦闘開始から20秒経過している。姿すら見せないのはおかしい。戦闘音も聞こえない。
これは恐らく、
「月上さんストップ!!」
大怪獣のHPが8分の1まで減るとやばい! そこまで減るとチーム全員の最大火力攻撃で飛ぶ!
「ダメだ! 怪獣の咆哮で声が聞こえてない!」
千尋ちゃんが言う。どうやら千尋ちゃんも相手チームの狙いに気づいたようだ。
だけど月上さんは止まらない。大怪獣を攻撃し続ける。
いつもより、冷静じゃない……?
「月上さん……?」
ドオォン! と、大怪獣の足下にあるマンホールの蓋が飛んだ。マンホールから、eスポーツ部の3人が飛び出し、手に持ったバズーカで大怪獣を下から狙う。
「もらったぁ!!!」
バズーカの集中砲火を喰らい、大怪獣は倒される。大量の経験値が相手チームに入る。
(月上さんにしては迂闊な……なんで……!)
月上さんはバラバラに弾け飛んだ怪獣の肉片を足場に高速で下降する。
(は、速い!)
月上さんが狙うのはもちろん敵チームだ。
空を舞う月上さんがふと僕の方を見た。何かを訴える眼差し……。
――『チャンスだよ』
月上さんの声、幻聴が、聞こえた。
(そっか。月上さんの狙いは!)
「隙ありぃ!!」
と、僕から離れた位置で千尋ちゃんが叫んだ。別に、千尋ちゃんは相手チームの隙を狙っているわけじゃない。ただ言ってるだけだ。それでも、『隙あり』と言われれば自然と意識は引っ張られてしまう。しかも千尋ちゃんの叫び声は良く通っていて、それでいて感情が乗っていて、否応でも脳に響くものだった。
(2人が気を引いている……これなら!)
空から迫る月上星架、地上で叫ぶ百桜千尋。ただでさえ存在感のある2人がさらにその光を強めている。元々影の薄い僕は、完全にeスポーツ部の意識から外れた。
僕は3人の死角に入り、二丁のハンドガンでeスポーツ部の3人、その武器を狙う。
ブレードやナイフは無視。撃つべきは火器だ。
「……視線誘導を切る、そのために」
銃を向ける前に、両の瞳を閉じる。
これで視線は切れ、厄介な誘導が無くなる。
(音、肌感、直前の相手の体勢・重心、周囲の状況、環境。全ての情報を処理し、見えない世界を頭の中に構築する……!!)
引き金を引く。合計で12発連射する。
双銃から放たれたエネルギー弾はターゲットを撃ち抜いた……はず。頭の中では完璧に相手チーム3人の持つ遠距離武器を全て撃ち抜いた。
僕は瞼を開き、現実を見る。
「……寸分狂いなし」
頭の中のイメージと、目に映った現実の光景は、寸分狂いなく一致していた。
「武器が!?」
「古式さん……!?」
「なっ!? いま、なにが起こって――」
eスポーツ部の人達は飛び道具を失った。つまり、迫りくる月上さんをeスポーツ部の3人は接近戦で迎え撃たないといけない。
接近戦で、あの人と戦うのだ。
あの月上さんと。あの白い流星と。
月上さんは元々大怪獣は横取りされても良いという考えだったんだと思う。
このゲームでは相手プレイヤーを倒しても経験値が入る。相手のレベルが高い程経験値も増える。3人まとめて倒せれば、得られる経験値は大怪獣1.5体分に匹敵し、しかも1分間マップを自チームで占領できる。圧倒的アドバンテージが得られる。
大怪獣を横取りした後の、刹那の油断を狙ったんだ。
しかもこのゲームはレベルアップした時、視界に『レベル〇〇→レベル○○!!』といった感じにウィンドウが映る。レベルアップの音で僅かに耳も埋まる。ここを狙うのは凄く理にかなった判断。
奇襲を受けてもeスポーツ部の人達は一切退こうとはしなかった。それはレベルで相手を大きく上回っていたから。大怪獣を取らせたのは、相手を逃げさせないためでもあったのかもしれない。
(やっぱり、常人とは戦術の考え方が違う……!)
月上さんの双剣が、3人を斬り裂く。5レベル差ある相手を一方的に蹂躙する。このゲームで5レベル差はかなり大きい。HPで言えば1.5倍差はつく。なのに圧倒。一切寄せ付けない。
相手チームは全員レベル15。僕と千尋ちゃんはレベル10。そして月上さんはレベル20。勝敗は決したと言っていい。ただでさえ無敵の月上さんがステータスにおいても最上位になったのだから。
「レイ。ナイスアシスト」
「月上さんも、ナイスキルです……!」
月上さんがいれば、誰にだって……!
「あの~、私もいるんだけどにゃ~?」
実はこの場面、星架はそこまで深いことは考えてません。
星架「大怪獣倒す。横取りされたら敵チーム倒す。このチームの場合、無理に攻めても問題ない。殲滅殲滅……」
ってな感じです。




