第153話 金剛火針と不審者 その2
短距離走から一転、今度は障害物競走だ。
入り組んだ細道。ゴミ箱や金網や塀などの障害物をパーカー女子は身軽に突破していく。
「紙袋で片手が埋まっている人間の動きかよ……!」
障害物で多少差が開くも、また直線の道で差を戻す。それを繰り返している内にあたし達は公園に辿り着いた。
パーカー女子はこっちに背を向けている。
「ようやく観念したか? さぁ、正体を明かしてもらおうか」
って、なんであたし、怪盗を追い詰めた刑事みたいになってんだ?
「……」
「どうした? もう逃げ場はないぞ。公園の出口はあたしの後ろだからな」
――ザァー! と、パーカー女子の影から、水が噴き上がった。
3m程勢いよく打ち上がった噴水。そうか、あいつの影にあるのは……!
「水飲み栓……!!」
パーカー女子はこっちを振り返ると同時に、体を逸らして水飲み栓を見せる。
「……ごめんなさい」
パーカー女子は水飲み栓に親指を押し付け、その噴出方向を限定。あたしの顔面に、勢いのついた水流をぶつける。水は眉間で弾け左右に散り、水しぶきがあたしの両目を捉える。
(コイツ……! ピンポイントで両目を!!)
言うなれば、水の跳弾。
反射的に瞼が落ちる。
――暗闇。
人間の防衛本能が、自然と他の感覚を尖らせる。あたしの耳はいつもは拾えない微かな音を、紙袋のガサという音を右後ろから拾った。
(こっち――)
右後ろに意識を向ける。
いや、待て。
この相手が無防備に紙袋を鳴らすか? ここで詰みを誤る人間じゃない。仮に相手が古式梓羽なら絶対にしないミス。
確信があったわけじゃない。あたしは咄嗟に、大きく左に踏み込んで左手を振った。
もしも今の音が囮なら、相手は右後ろにあたしを向かせようとしたということ。ならばその逆、左方向に居ると考えたわけだ。
ただの山勘。苦し紛れの一手。しかし、あたしの左手は布の感触をキャッチした。
(ラッキー!)
あたしは布を引っ張り、自分の方に引き寄せ、瞼を開く。
「うそぉ!?」
「やっりー!」
後ろから抱き着くように拘束する。
ガサと音がした方を向くと、空の紙袋が転がっていた。フード女子はエアガンの箱を素の状態で持っている。
(水で目つぶしした後、中身を抜いて紙袋を転がしたのか。なんて奴だ……)
なにはともあれ、ようやく捕まえることができた。
「さてと、そんじゃお顔を拝見」
もうなんとなく梓羽じゃないことはわかっているが、とりあえず何者かはハッキリさせないとな。
マスクを取り、サングラスを取る。すると、
「え……?」
マスクとサングラスを剥ぎ取った先には――涙目の、梓羽に似た女子がいた。でも梓羽と違って前髪が長い。
「ごめんなさいぃ~……」
この人……そうだ、夏祭りの日に会った――
「梓羽の……お姉さん!?」
あたしは慌てて拘束を解き、距離を取る。
「うぅ……やっぱり、梓羽ちゃんのお友達ですよね……」
「あ、えっと、すみません。梓羽のお姉さんとは知らず。いやでも、なんであたしを見るなり逃げたんですか?」
「そのぉ……梓羽ちゃんのお姉ちゃんである僕が、エアガン買ってたなんて知られたら……梓羽ちゃんの評判に影響するかなぁと……」
あぁ、そういうこと。
「ぜーんぜん気にしないですよ。つーか、アイツに比べたらマジ全然マシですよ。梓羽のやつはヌンチャク買ったり鞭買ったりしてるんスから」
「え!? 梓羽ちゃん……僕に内緒で、ズルい」
姉妹揃って武器オタクか。
梓羽のお姉さん……確か名前は古式レイ。
梓羽は口癖で『お姉ちゃんに比べたら私なんて』と良く言う。あの怪物が、敵わないと諦めている化物――のはず。
実際目にしてみるとなんて覇気の無い。背中を丸めて、あたしに怯えている姿はまるで小動物のよう。
夏祭りの時も思ったけど、梓羽が語る人物と同一人物とは思えないな……只者ではないとは思うけどさ。
(なんか、梓羽に似た顔でビクビクしてるの面白いな……)
アイツはクールで滅多に動じないからな~。可愛げがないよな。うん。
「あの、お姉さん」
「は、はぁい!!」
声の音量が調節できてないっ……。
自分でもそのことに気づているのか、顔が真っ赤だ。
思わず笑ってしまいそうになる。
こ、この人……可愛い。年上だけど、頭撫でたい。梓羽顔で気が強くないってのが、なんか……めっちゃ刺さるな。
(いつも梓羽のやつにはこき使われているからな。この溜まった鬱憤、お姉さんに責任とってもらうか)
ちょうど暇してたし。
「ねぇねぇお姉さん。これから時間あります?」
「え!? あ、あるようで、無いようで~……」
「良かったら映画見に行きません?」
「映画ぁ!? む、無理です! ――じゃなくて! す、すみません! 予定が、予定があるので!!」
帰ろうとするお姉さん。
まずいな。このままじゃ……、
「ん?」
お姉さんが抱えている箱、そのパッケージには狙撃銃タイプのエアガンが描かれている。
好きなのかな、狙撃銃。それならダメもとで、
「そうですか~。残念ですねぇ~。ある狙撃手の一生を描いた邦画を見ようと思ってたんですけど……」
お姉さんは帰ろうと踏み出した足を止める。
「狙撃手……」
「映画館って1人じゃ入りにくいですよねぇ。どうです? 行きます? 奢りますよ」
「奢り……」
よし、こっちを向いた。あとひと押し。
「ついでに、学校での梓羽の様子とか教えますよ」
「……学校の梓羽ちゃん……!」
お姉さんはコクりと頷いた。
(ちょろい……)
お姉さんは人差し指を合わせ、
「そ、そのぉ……映画館、あまり行ったこと無くて……ご迷惑をお掛けするかと思いますが……」
「任せてください。バッチリ、エスコートしますよ」
---
「――ってことがあってさぁ」
湯船に浸かりながら今日の出来事を全て梓羽に語り聞かせた。
「お前のお姉さん可愛いな~。席に着くまでずっとオドオドしてたのにさ、映画が始まったら子供みたいに目ん玉輝かしてな~」
『……』
「梓羽?」
梓羽が黙っている時は危ない。コイツは怒る時、助走として黙るのだ。
『暇そうだね火針。ちょうど生徒会の業務で手つかずのやつがあるからあなたにあげる』
「え……!? ちょ、ちょっと待て! え、なに、怒ってるのかお前」
『別に。一応言っておくけど、鬼ごっこでお姉ちゃんに勝ったと思わないでね。お姉ちゃんが本気だったらエアガンで眼球撃ち抜いてたから』
「怖すぎだろ! お前、まさかお姉さんの代わりに負け惜しみ言ってんのか?」
『……そんなことないけど』
「その間は図星だな。お前、もしかしてシスコンか?」
さっき軽くキレてたのは大好きな姉があたしに捕まったからか。
それとも自分を差し置いてあたしとお姉さんが遊んだことが気に喰わなかったのか。もしくはその両方か。
いかんせん、コイツのお姉さんに対する感情が見えないんだよな。尊敬や羨望、嫉妬や劣等感、好意――忌避感。色んなものが混じっている気がする。
ただ1つ言えるのは『神格化し過ぎ』ってことだな。今日付き合った感想、お姉さんは梓羽が思っているほど強大な存在じゃない。もしかしたら、あたしに見せていないだけで奥底に何か秘めている可能性はあるけどさ。
『シスコンかどうかはわからないけど、私の中でお姉ちゃんの存在が大きいことは事実だよ』
感情の無い声――というよりは、感情を必死に抑え込んでいる声だ。
『……無視できない程にね』
通話が切れる。
古式梓羽という人間は表面こそクールだが、中身はかなり感情的だとあたしは思っている。不快な相手には容赦がなく、親しい相手はかなり大切にする。だからこそ、そのボーダーラインに立っている相手とは慎重に接している。
もしかしたら、梓羽にとってお姉さんは――
「触れちゃいけないとこに触れちゃったかもな。謝っとくか」
謝罪メッセージを送ろうと梓羽とのメッセージ画面に飛んだ瞬間、梓羽から連続してメッセージが送られてきた。メッセージの内容は……仕事だ。
恐らく梓羽が抱え込んでいた生徒会案件の数々。それが立て続けに送られてくる。
「……一歩遅かったか」
このメッセージが来る前に謝れていれば、数を半分にはできたかもな。
まぁいいか。これで自然とアイツの負担を肩代わりできる。
「……まったく、めんどくさい女だよ……」
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