第152話 金剛火針と不審者 その1
『もしもし』
「よう梓羽! 元気にしてるかぁ?」
『火針……声が反響してるんだけど、まさか』
「風呂だよ。湯船に浸かって足の疲れを取ってるんだ。今日はめちゃくちゃ走ったからな」
『なにかあったの?』
「ああ。実はな――」
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夏休み某日。
あたし金剛火針は駄菓子屋で駄菓子を買い、本屋で漫画を買った後、フーセンガムを膨らませながら道路沿いを歩いていた。
古式梓羽率いる生徒会の副会長。それがあたしの肩書き。
しかし夏休みの今、生徒会の仕事はあまりない。あっても梓羽が片付けてしまう。
暇だ。夏休み終盤となると、もう遊び尽くしてしまって……日課のトレーニングと勉強を終わらせてしまうとやることがない。
フラフラと小遣いを浪費する日々。なにか面白いこと起きないかな~と思っていた矢先、数メートル先にあるエアガンショップから誰かが出て来た。
こんなバカ暑いのにパーカー、マスク、サングラス。しかもパーカーのフードを深く被っていやがる。胸の膨らみは僅かで、それだけじゃ性別の判別はできないが、短パンの下の脚……あのすべ肌を見るに女子だろう。
パーカー女子は紙袋からエアガンの入った箱を出し眺めると、ニタ~とマスク越しでもわかるぐらいに笑った。
(怖っ!)
しかし、体格とか見るにあたしとそんな変わらないぐらいの歳だよな……。
女子中学生か女子高生で、エアガンで喜ぶ人物……梓羽ぐらいしか思い浮かばない。アイツは決してあんな気色悪い表情はしないが、誰も見てない場所ならそういう面を出しても不思議じゃない。
髪の色とか、横顔、後ろ姿。よくよく見ると梓羽にそっくりだ。というか、梓羽だろアレ。
「おい」
「!?」
背後から声を掛けると、梓羽らしきパーカー女子は背中をビクゥとさせた。
「梓羽だよな? あたしだよ。火針だ」
「……」
パーカー女子は少し黙った後、唐突に――走り出した。
「はぁ!?」
数秒呆気に取られたけど、すぐに気を取り直して後を追う。
「なんだぁ? 鬼ごっこでもしたいのかよ!!」
梓羽の足はあたしよりも速い。けど、パーカー女子とは徐々に距離が詰まっていく。
走り方が梓羽と違う。短距離走者の走り方じゃない。全身を効率よく連動させて、スタミナを温存する走り方……長距離を走る人間の走り方だ。
速い。走り方さえ習えば陸上で良い線いけるバネを持っている。
だけど現状負ける気はしない。50m走で学年トップ3に入るあたしの方が速い。問題なし。すぐに捕まえ――
「なに……!?」
距離10mでパーカー女子は急に体を反転。バック走で逃げ始めた。
(バック走!? なんで!? つーか速っ! そこらの女子中学生のダッシュより全然速いぞ!!)
だが距離は詰まる。結果は変わらない。
なのになぜバック走を?
「……」
サングラスの先の瞳が、あたしを観察しているのが気配でわかる。
(なんだ、この感覚……!)
凄まじいプレッシャー。さっきまで子犬のような雰囲気だったのに、今はまるで――狼だ。
体の隅から隅まで、眼球の動きから指先の動きまで観られている。
「まさか……!」
バック走に切り替えたのは、あたしを観察するため。
観察し、一瞬の隙を狙うため。つまり逃げるのではなく、コイツはあたしを抜こうとしている!
(ならあたしがすることは簡単! 意識を一瞬たりとも緩めず、隙を作らない!!)
パン!!!
と、あたしの鼻先で手拍子が鳴った。
猫だまし――張り詰めた意識を無理やり一瞬、空白に染め上げる技。
まだ距離はあったはずなのに、いきなり目の前に来た。バック走から正面ダッシュに切り替え、急激に距離を詰めたんだ。切り替えがあまりに滑らかで反応できなかった。
跳ね飛んだ意識が再び脳に着地した時にはすでにパーカー女子は後方に居た。
「しまった!!」
パーカー女子は狭い路地に入っていく。
「ははっ! 面白い! 梓羽だろうがそうじゃなかろうが関係ない……絶対逃がすか!!」
あたしは遅れながらも細道に入る。
予期せず面白い遊び相手を見つけた……!
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